第十二話 今月のテーマは挑戦



 リリーア飲んだくれ事件から二日後。

 冒険者ギルドへ着いたライナーを待っていたものは。


「今月のテーマは「挑戦」ですわ!」

「となるとA級依頼か。ドラゴンの撃退でいいか?」


 全くいつも通りの時間に冒険者ギルドへと到着したライナーに対して、B級冒険者パーティ「蒼い薔薇」のリーダー、リリーアは堂々たる宣言をした。


 そしてライナーも、間髪入れずにそれを受け入れた。


 了承するというステップを飛ばし、了承した前提で、反対に提案を返すという離れ業すら見せている。

 余計な単語の省略。無駄口を叩かないスタイルの究極形だ。


「わー、話まで早い」


 横でやり取りを見ていたベアトリーゼは、彼が言葉の意味を一秒足らずで理解したことに軽い感動すら覚えていた。


 現場・・も見ていないのに、よくそのワードだけで意味を理解できたなという意味と。

 この男にも、この女にも。もう何も言うまいという呆れ――または諦め――の気持ちを多分に含んではいたが。


 とにかく彼らはワンランク上の、A級依頼へ挑むことにしたのだ。


「アリスさん。話は聞いていましたね?」

「はい、依頼書よ。蒼い薔薇の皆さんは念のために、遺書も提出してください」

「流石はアリスさん、話が早い」


 ライナー・バレットという名物冒険者に付き合わされる名物受付嬢――この道五年の中堅であるアリスは、恐らく国内で一番話が早い受付嬢だ。


 流れからして、数秒後には話を振られるだろうなと思い、会話の途中から既に机の引き出しを漁って依頼書を引っ張りだし、受注の手続きを始めていた。


「え、ちょっと! 本当にドラゴン退治なんて受けるんですか!?」

「正しくは撃退だ。依頼はもう発行されたぞ、ほら」


 他のメンバーが無謀な依頼を止める間もなく、長期間塩漬けになっていたドラゴン撃退の依頼は、最速で受注された。


 一糸乱れぬ連携で依頼書を受け取ったライナーを見て、ルーシェにはもう笑うことしかできない。


「この街は魔窟まくつです」

「風評被害じゃないか? 皆が皆こう・・なわけはないと思うけど」

「……」


 セリアと、多分ララも、いかつい兜の下で苦笑いしていることだろう。

 だがそんなことは意に介さず、ライナーは依頼票に書かれたドラゴンの居場所を確認していた。


「よし、道具の買い出しに行くから、一時間後に門の前で待ち合わせだ」


 ともあれ。こうして彼らは、A級の撃退依頼を受けることになった。





     ◇





「その場の勢いで、とんでもないことをしてしまったかもしれません」

「今さらだよなぁ」


 街道を突き抜けて山道に入り、人里離れた道なき道を歩み続ける中で、リリーアのぼやきをセリアが拾う。


 今回の依頼は山脈で発見された赤龍の撃退という仕事なのだが、いざ出発してみればライナーを除く全員のテンションが急降下していた。


 ドラゴン。言うまでもなく最強の種族だ。


 ドラゴンスレイヤーの栄誉と一攫千金を目指して、儚く散った冒険者は数知れず。

 依頼の受注者に対する死亡者、又は行方不明者の割合が九割九部を超える。


 百人挑んでも百人が死ぬ。

 千人挑んでも一人か二人くらいしか生き残れない、最難関の依頼である。


「で、でも大丈夫。遺書はちゃんと冒険者ギルドに預けたのですから、来週には家族の元へ届くはずですわ!」

「大丈夫な要素が欠片も見当たらねぇ」

「ダメ元で命を賭けるのは嫌だなぁ」


 この山で、ドラゴンの目撃情報が出始めたのは二十年前だ。


 国から常時依頼――いつでもいいから、誰か何とかしてくれ――と発行されたものの、依然として達成はされていない。

 毎年同じ文面で更新され続けている塩漬け依頼である。


 蒼い薔薇が今までに受けた依頼の中では、もちろんぶっちぎりで一番難しい。

 失敗どころか全滅も想定されるため、重苦しい雰囲気が流れていた。


「よし、そろそろ大休憩を挟もう。昼食の時間だ」

「ライナーはいつも通りなんだよなぁ」


 しかし、いついかなる時も己のペースを崩さない男。ライナー・バレットだけは全くいつも通りの態度だった。


 歩いた時間と山道の険しさを考慮して、一番体力の少ないベアトリーゼに合わせた最適な休憩の間隔を維持している。


 何も強行軍ばかりが速さではない。


 最終的に目的を果たすまでの効率を考えれば、適度に休憩する方が理にかなっている――というのが彼の持論だ。

 荷物を降ろしてから、彼は早速フライパンと鍋を手に取った。


「さて、今日の食事当番は俺だな」

「やった! ライナーのご飯はおいしいのよね」


 使っている食材は同じなのだが、ライナーはいつも、仕上げにいくつかの調味料を投入していく。

 たかが味付け一つでも、それで仕上がりが結構違ってくるのだ。


「調味料を使わせてもらえば、アタシらでも作れそうなものだけどな」

「ダメだ。これは扱いが難しい」

「そうなの? まあいいや」


 毎日の食事を人生の楽しみにしている、ベアトリーゼとセリアは喜色満面だ。

 ライナーが食事当番の時は毎回ウキウキしているのだが、不安を感じる面もある。


「……あの粉、何なのでしょうね」

「知らない方が、幸せなのかも」


 リリーアとルーシェは、ライナー+謎の粉という組み合わせから考えつく可能性を考えた時、どうにも不穏な気配を感じていた。


 言ってしまえば不安は的中ビンゴなのだが、ライナーは二人の視線を受け流して、いつもの料理をさっと仕上げていく。


 一方でララは口より先に手を動かす――というか、口を動かすことがほぼない。


 ライナーの料理が完成間近と見るや、無言で食器を並べて配膳をサポートし、それは料理の提供速度にも繋がってくる。


 時折口を挟むものの主張が弱く、あっさり流されるリリーアとルーシェ。

 細かいことを考えず、話が早いセリア。

 色々と諦めて、これまた話が早いベアトリーゼ。

 無言で仕事をするので、話をする必要すらないララ。


 ライナーは意外とこのパーティを気に入っていたのだが、まあ、それはそれだ。

 配膳を終えて、皆が食べ始めたタイミングでライナーは言った。


「食べながら聞いてくれ。この先が目撃情報のあったエリアだから、まずは俺一人で偵察に行ってくる」

「ついて行かなくて大丈夫?」

「無論だ。俺一人なら、ドラゴンからだって逃げ切ってみせる」

「本当にできそうなんだよなぁ」


 普通に考えれば、人間が大空を翔る巨体から逃げ切れるはずはない。

 だがライナーならもしかして。という予感があるのも事実だった。


 本人も本気で言っているので、蒼い薔薇の面々は何も言うことはない。


「まあ、安心してくれ。秘密兵器もあるしな」


 そう言ってライナーは、街で買い出ししてきた備品が入った背負子しょいこを手で叩く。

 一度解散してから準備をしていたので、中身が何かを知っているのは彼だけだ。


「秘密兵器?」

「ああ、期待してくれ」


 昼食が終わり、休憩地に簡易なキャンプが設営されていくのを尻目に、ライナーは一人、ドラゴンが居るであろう山頂に向けて足を踏み出していった。


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