第十一話 結婚するつもりがあるなら
「世は並べて事もなし。世界は今日も平和……っと」
今日のライナーはオフだ。
冒険者としての仕事が無い日は適当に日雇いの仕事をこなしつつ、夕食はお隣の家で取るという日常を送っている。
「相変わらず枯れてるねぇ、ライナーは」
「その言葉は聞き飽きたよ」
「聞き飽きるほど言わせないでくれる?」
今日はお隣の父と母が居ないので、ご隠居と幼馴染と三人で食事をすることになったのだが。
ライナーがテーブルに着いてすぐのことだ。
彼の対面に座る幼馴染のマリスから、普段とは違う話題が飛んできた。
「ああ、そう言えば。最近ミーシャちゃんと何かあった?」
「ミーシャ? いや、別れてからは特に何も」
「ふーん。そっか」
「……ふむ」
マリスは何でもないような風でライナーへ聞いたが、そこは人生まだまだ枯れていないご隠居である。
これは、孫娘がライナーのことを恋愛的な意味で気にしていたが、彼女がいたから諦めざるを得なかった。
しかし別れてから数か月が経った頃だ。
そろそろ落ち着いただろうし、アタックしてみようか――という展開なのでは? と、彼は考えた。
すわ孫娘と、隣の家の男子が色恋か。
などと思い立ち、即座に可愛い孫の援護に回ることを決める。
「ライナー、お前も独り身になって長いよな」
「そうだね。成人と同時に結婚するのが目標なんだけど」
彼らの国では十五歳になる年の成人式で大人と認められる。
つまり彼が成人と同時に結婚しようと思えば、かなりの無茶が必要だ。
数か月以内に彼女を作って、結婚ができる相手か見定めて。
両者が意思を固めてから、相手にも急な結婚を承諾してもらう必要がある。
成人式は年末で、今は七月の半ば。猶予は半年ほどしかないのだ。
「今からだと相当厳しいだろうな」
「だろうね」
相当エクストリームな動きをしなければ達成できないと分かっているし、相手があることだ。
流石のライナーも難しいのは分かっている。
彼の瞳にそんな諦めの色があるのを、ご隠居は見逃さなかった。
「だったらうちのマリスはどうか。贔屓目ナシに別嬪だと思う……がっ!?」
「やめてよね、お爺ちゃん!」
身内が恋愛に口を出すほど恥ずかしいことはない。とでも言わんばかりに、マリスの右ストレートがご隠居の
普通の老人ならば、昇天してしまう可能性すらある勢いの拳だ。
しかしそこは若かりし頃、冒険者として相当鍛えていたご隠居である。
ドラゴンを相手に生き延びたこともある剛の者だ。
椅子から転げ落ちることも、ノックアウトされることもなく、ただただ痛がっているだけであった。
「老人虐待、絶対反対……!」
「韻を踏み切れていないよ。もう一歩かな」
「厳しいな……で、何じゃいマリス。ミーシャちゃんがどうかしたのか」
気を取り直してご隠居が聞けば、マリスはげんなりとした顔で答える。
「いやね。最近ライナーがB級冒険者パーティの……蒼い薔薇だっけ? あの子たちと行動してさ、普通にB級の依頼をこなしているじゃない」
話が早いこと街で一番を自負するライナーである。
ここから続く話の展開まで、彼には手に取るように分かった。
「なるほど、復縁に向けた足場固めか」
「話が早すぎるよ、ライナー」
別れた彼女が元彼の、最近の活躍を聞いた。そして元彼と近しい人間――それも普段はそれほど接点が無い相手に、何らかの話をした。
そこから導き出される結論など、
というのが、毎度の如く最高速で弾き出したライナーの結論だ。
「だが、もう遅い」
「ミーシャちゃんのこと、嫌いになっちゃったの?」
「違うよ。でも夫婦としてはやっていけない」
「……どういうこと?」
ピンと来ないマリスに向け、ライナーはつらつらと語り始める。
「ミーシャが職を失ったも同然の俺と結婚を考えられなくなった。これはまあ、いいだろう。家庭を持てば支出が増えるのだから当然だ」
「で?」
「俺はパーティを抜けてからすぐに別な仕事を始めたが、それでも彼女は別れを切り出した。それで最近になって稼ぎが上向いたからと、復縁の話を持ってきたわけだな」
「そう言われれば、そうかな」
状況としてはそうで、マリスの目にもそう見えた。
どこまで納得したかは分からないまでも、異論を挟まないのでライナーは続ける。
「つまり彼女と復縁したとしても、俺の稼ぎが減ればすぐに離婚するだろう。稼ぎが減ったと報告した次の瞬間に、離婚届が出てくるかもしれない」
「それは考えすぎなんじゃ……」
「いや、稼ぎや社会的なステータスを気にせず本気で結婚をするつもりがあるなら、別れたその日に復縁を申し込むくらいの速さが必要だ。少なくとも俺はそうする」
ライナーはこれを本気で言っている。
マリスは「別れたその日に復縁なんて、バカップルの痴話喧嘩じゃないの」と内心で思っていたし。
ご隠居はご隠居で「また面倒なことを考えているな」などと思っていたわけだが、その面倒な男のことも実の孫のように思っているのだ。
多少のことには目を瞑って、ご隠居は二人をくっ付けようと再挑戦する。
「全くその通りだ。だが、その点うちのマリスを見てみぃ! 家事はできんしズボラではあるが、馬力じゃあそんじょそこらの男に負けはせん。ライナーの稼ぎが減ったとしても立派に支え合って――」
「そのくだりは止めてって言ったでしょ!?」
「がっふぅ!?」
外見は大人しめで、貞淑そうなマリスではあるが、彼女も結構なじゃじゃ馬だ。
この爺がくっ付けてやらねば、と、ご隠居が謎の使命感を燃やすほど。浮いた話が無かったりもする。
孫は身内の恥を晒さないように必死で、祖父も孫の幸せのために全力だ。
そんな爺孫漫才が繰り広げられる中でも、ライナーはペースを乱さない。
いつの間にやら食事を終えて、こう話を締めくくる。
「もう終わったことだし、俺は過去を振り返らない。追想するよりは未来を見た方が効率がいい」
「ライナーはまた、そういうことを言う」
「今更変えようがないな。もう十年くらいこんな考えなんだから」
そう言ってテーブルを立ったライナーは、食器を流しに片付けてから、足早に玄関へ向かう。
「よし、ご馳走様でした。今日も美味かった」
そして最後、そう言い残して出て行った。
彼が出て行ってから、マリスは頬を膨らませて言う。
「何よもう、最速最速ってそればっかり」
「まあそう言うな。もう少し大人になれば変わるかもしれんし、な」
ご隠居は軽く頭を振ってから食事を再開して、マリスにも食事を促す。
「ほれ、冷めてしまうぞ。しかし、マリスもこれくらい作れるようになればな……」
「ライナーの胃袋を掴めって? お爺ちゃんもライナーも料理ができるんだから、私が覚えなくてもいいでしょ」
マリスは全く家事ができず、料理も食べることが専門だ。
今日はご隠居が夕食を作ったが、予定が無い時にはライナーが作ったりもしている。
当人たちに付き合う気があるかは別として、一応、手料理を振舞う仲ではあるのだ。
それを踏まえたご隠居の頭の中には、「そういえばこいつら、もう結婚しているようなものだよなぁ」などという考えが広がっていたが、春はまだ遠い。
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