第十話 酒を肴にくだを巻く



「グッド。今日も想定通りのタイムだ」

「冷静なのは良い事ですが……」

「女子供に戦わせて、自分は全力で逃げていくんだもんなぁ」


 今日もライナーは絶好調だ。

 朝起きてから、いつも通りの時間に、いつも通りの作業をこなしていた。


 一度作業のルーティンを作り上げてしまえば、日々の無駄な時間は削っていける。

 つまり最速の日々を過ごせる。


 そんな思いから、完璧な日々を生きている男なのだ。


 食事も睡眠も習慣も、全てが規則正しい彼は滅多に体調を崩すことが無く、今日も今日とていつも通りに、森の中を軽快に駆け抜けていた。


「そろそろ出撃するメンバー、交代制にします?」

「だな。五人もいらねぇよ」

「遭遇戦になった時が怖いですわ。……ああ、でも。毎回一人がお休みとかなら」


 雑談をしながら狩りをする余裕がある一行は、フルメンバーで戦うことが過剰戦力だということも自覚してきていた。


 本日は作物を荒らすビッグ・ボア――名前の通りに巨大な猪と、通行人を襲う狼たち――ダイアウルフ、レッサーウルフ、フォレストウルフなどを狩りに来ている。


 本来は、どれもこれも一筋縄では討伐できない。


 猪の魔物は屈強な戦士でもパワー負けする、軽戦車のようなC級の敵だ。

 狼の群れも数が多いため、B級の依頼となっていた。


「わー、あそこの狼、オス同士で交尾してるー」

「ベアトリーゼ。見てはいけませんわ」


 しかし幻覚を見てハッピーになっている狼の群れは、既に彼女たちの方を向いてすらいない。


 最年少のベアトリーゼなどは、もうピクニック気分だ。

 それか、多少ワイルドな動物園へ遊びに来ている感覚だった。


「ベアト。折角だから傷を付けないように氷漬けにしていこうぜ。アイツらは毛皮も売れたはずだ」

「りょーかーい」


 最初から最後まで楽勝ムードが漂っているのだから、十代前半の女子に、集中力を維持しろという方が難しいだろう。

 気の抜けた返事と共にベアトリーゼが放った氷魔法が狼を包んで、戦闘は終わりを告げた。





     ◇





「いけませんわ」

「何が?」

「このままでは私たち、ダメになってしまいます」


 冒険を終えるなり、ライナーは今日もさっさと帰っていった。


 だから蒼い薔薇の面々だけで食事を取っていたのだが、ふと、リリーアは真剣かつ深刻そうな顔でメンバーに告げた。


「ダメ、ねぇ。まあ確かに、気が抜けたところはあるよな」

「そうですね。私たち……最近は楽な戦いばかりですし」


 セリアとルーシェも、そんなことは分かっていると言わんばかりの表情だ。

 そして一番幼い。ある意味一番残酷なベアトリーゼは、リリーアに向けて言う。


「ライナーと契約を解除して、次の街に行く? 目標金額はもう溜まったよね?」

「うっ……」

「半年で稼ぐ予定の金額が、ものの見事に一ヵ月で溜まったよね?」


 ぬるま湯に浸かり、腕を錆びつかせることを危惧しているリリーアであるが。

 彼の言動や行動に振り回されて、気疲れしている彼女ではあるが。


 この街を離れられない――ライナーを解雇することができない事情があった。


 言ってしまえば、稼ぎがいい。

 そんなことは分かっている、と言いたいのはリリーアも同じだ。


「分かっています。分かっていますわよ! ライナーさんの力を借りた方が実入りがいいだなんてこと! そうですよ、私は金に目が眩んで楽な道を選んでいる浅ましい女ですわ! どうぞお笑いになって!」


 しかし酒が入っていたからか、泣きべそをかきながらテーブルに突っ伏して叫ぶ。


「何もそこまで思いつめなくても……」


 怪我もせず、支出も無く、それなりの難易度の依頼をポンポン消化できるのだ。

 B級依頼を二つ三つまとめて受注しても、一つ受けるのと大差が無いくらいの時間でこなせてしまう。


 素材の売却代金は目減りしたが、それを差し引いたとしても大幅な黒字だった。


 しかし最初の二週間ほどは「面白い」と思う気持ちもあったリリーアではあるが、彼女が冷静に現状を見た時、気づいた。


 今の働き方は冒険者ではなく、作業員だと気づいてしまった。


 ライナーというラインに乗って流れてくる魔物を、一刺し一刺し、ただ処理していくだけ。

 全く冒険・・していないのだから、これで冒険者を名乗るのはいかがなものか、と。


 お家の再興を誓い、名を挙げようと決意した日の。あの情熱はどこに行ってしまったのだろう。

 彼女にはもう、そう嘆くことしかできない。


「それもこれも、貧乏が悪いんですのよ!」

「身も蓋も無いこと言うねぇ」


 やけ酒と言わんばかりにワインをあおり。空のグラスをテーブルの上にドン! と置いてから、リリーアは言い放った。


「A級冒険者になって叙爵を目指すよりも、このまま堅実に稼ぎ続けて。三十代後半くらいで騎士か準男爵の身分を買った方が、ずっと安全に貴族に返り咲けますわ!」

「それを言ったらおしまいよ」


 下級貴族の世襲は三代まで。四代目以降は、何かしらの功績が無いと貴族籍から抜けることになってしまうのだが、彼女たちは全員がその四代目だった。


 貴族に戻る道は二つだ。


 何かしらの功績を上げる――A級冒険者として名を揚げて英雄になる――か、大金で身分を買うか。


 A級冒険者になったところで根回しの資金は必要となるし、爵位を買うにはもちろん大金が要る。

 いずれにせよ、彼女たちは稼がなくてはいけない立場に居た。


 かと言って、美貌を活かして高級娼婦になって稼いだとして、貴族になった後の評判は地に落ちていることだろう。


 ならば冒険者として身を立てて、栄光と共に返り咲いてやろうではないか――と、リリーアがそう決意をしてから、はや六年。


 彼女のメンタルは限界だった。

 トドメを刺したのはもちろん、ライナー・バレットという男の存在だ。


「色々と溜まっているんですよ。時にはこういう時間も必要です」

「ルーシェって、こういう時はすごい冷静だよな」

「コンビの時代から組んでいただけあるわ」


 セリアとベアトリーゼは、最古参の二人を見て呆れていた。


 ララも同じテーブルについているのだが、彼女は一言も発さずに肉を咀嚼し続けている。フルフェイスの兜から、顔の下半分を覆っているマスク部分だけを外しての食事となっていた。


 しかし一ヵ月も同じ酒場で夕食を取っていれば、フル武装のまま食事をする人間を見て騒ぎ立てる人間もいない。


 いや、ララの武装について騒ぐ人間はいないのだが、別な話題で騒いでいる人間ならば、奥の方のテーブルにいた。


「今更ライナーを呼び戻すなんて、みっともないことができるか! いまさライナーだよそんなもん! あーっはっはっは!」


 と、乱痴気らんちき騒ぎをしている青年が一人。

 そしてこのテーブルにも、大きな声で泣き言を言っているリーダーがいる。


「うわぁぁああん、どうせ私たちは没落貴族ですのよぉぉおお」

「どうせ俺は、ダメリーダーですよーっと。うぃー、ひっく」


 ここは冒険者ギルドの運営する酒場、戦士のとまり木。


 今日も色々な事情を抱えた冒険者たちが、酒を肴に・・・・くだを巻く。

 そんな場所だった。


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