第九話 いまさライナー
「あー、納得がいかねぇ。くそっ」
ぶすくれた表情でテーブルに片肘を付いているマーシュは、今日五杯目となる麦酒を飲み干しながら、ひたすらに悪態を吐いていた。
「ねぇテッド。マーシュはどうしたの?」
「今月、思ったよりも稼げなかったからさ」
「ああ、ツケが払えないのね」
ある時払いでツケにする冒険者は多いのだが、待ってもらえて一ヵ月だ。
月末には飯屋で溜まったツケを清算しなければいけないのだが、マーシュの懐は既にすっからかんである。
思ったよりも稼げないというか、彼らの収入は三ヵ月ほど前から、急激に下落し続けていた。
「うーん。稼げなくなったのって、ライナーが抜けた辺りからだよねぇ。生活水準まだ落とせないの?」
「わっ、馬鹿! シトリー、それは禁句だ!」
「えっ?」
テッドが制止するが、もう遅い。
両手をわなわなと震わせたマーシュは、追加でやって来た麦酒を一気飲みしてから
「えーえーすいませんねぇ、ポンコツリーダーで! 斥候一人抜けただけでこのザマだもんな! 笑えよ。笑えばいいだろ!?」
「絡み酒、ウザっ」
「ちょっとジャネットも。火に油を注がないでよ!」
昼間から酔っぱらっている十六歳の青年ではあるが、飲酒は十二歳からOKな地域である。
法律的には問題無いが、絵面は酷かった。
マーシュは飲んだくれて
「だって、いっつもアイツが毒薬をバラ撒いて、ロクに剥ぎ取りができねぇじゃん?素材が売れたらもっと儲かるって、みんな言ってたじゃん? じゃあ、斥候変えようって話にもなるじゃん? そしたらこのザマじゃん!」
今までの依頼は、薬漬けにした相手にトドメを刺すだけの簡単なお仕事だった。
それでもC級の依頼なのだから、依頼料はそれなりだ。
ライナーの戦法が魔物の素材をダメにするのは事実だが、彼らの実力からすれば格上の魔物ばかりを相手にしてきたのだから、稼ぎは良かった。
もしも彼らが慢心せずに、魔物の生態やレベルをよく調べていれば。
「あれ? こいつを俺たちが倒せるのおかしくね?」
と、どこかで気づいたはずだ。
追放前に気づけなかったのが彼らの不運だろう。
いや。全員薄々気づいてはいたのだが、ライナーへ
ともあれ結果はこの通りだ。いざライナーを追放して、異常状態になっていない魔物と戦ってみたところ。彼らはまるで歯が立たなかった。
「
「僕もだよ。ホブ・ゴブリンってあんなに強かったんだ」
ライナーが在籍していた頃は、相手がただのゴブリンだろうと上位種だろうと関係が無かった。
幻覚を見てフラフラしている上に、呼吸困難でスタミナも無い。
しかも少し傷を付ければ勝手に腐り落ちていくので、一刺しするだけでよかった。
その上動きが鈍ければ命中率も低い――どころか、目の焦点が定まっていない敵が相手だ。
多少進化をしていようと、「少し皮が硬いかな?」くらいの違いでしかなかった。
そんな戦いをしていたのだから、彼らは「魔物にトドメを刺す」以外の経験に乏しく、本来の実力はD級下位かE級上位くらいに留まっている。
要するに。元気な状態で襲ってくるC級の魔物を相手にするには、彼らの力は足りていなかったのだ。
ではD級の魔物を狩ればいいではないか。
そう考えて依頼のランクを落としたのが一ヵ月前であるが、それでもあまり上手くいっていない。
いつも勝つか負けるかギリギリの戦いを強いられていたし、そんなことが続けば武器や防具の痛みも早くなる。
回復薬を始めとした消耗品の費用が
「ごめんパーシヴァル。君はちゃんとした斥候だし、マーシュも君のことを悪く言っているわけじゃないんだ。ただ……ライナーと同じこと、できたりしない?」
「いやいやいや! 無理無理!」
敵が密集しているところに突っ込み、毒薬を放り投げた後、敵の攻撃を
言うのは簡単だが、やるのは難しい。
逃げる途中で草木に足を取られて、転んでしまえば命は無い。
そもそも普通は巣に突っ込んだ時点で捕まって、袋叩きにされるのがオチだ。
パーシヴァルと呼ばれた軽装の少女は、全力で首を横に振ってからテッドに言う。
「無茶言わないで! 魔物の巣に斥候を単騎特攻させるなんて、正気じゃないよ!」
「……だよねぇ。僕らの戦い方がこんなに異質だったなんて知らなかった」
ライナーの戦術は足の速さと回避力はもちろんだが、そもそも頭のネジが二、三本飛んでいる人間でなければできない、クレイジーな戦法だ。
同じ戦法を使うなら、パーシヴァルが一人で魔物の群れに乱入する必要がある。
しかし、軽装備の斥候一人で戦えるわけがないので、どこかで一つミスをすれば命を失う綱渡りだ。
土壇場ならともかく、それを毎回求められては堪らない。
だから彼女は全力で拒否をしたのだが、これは極めて常識的な判断と言えた。
「でも、これ以上手の打ちようが無いよね……」
「そうね。今のメンバーだと、普通に戦うのが一番早いし」
もちろん彼らも、何もしていなかったわけではない。
ライナーが抜けてから一ヵ月が経つ頃には、いくつか違う戦法を試していた。
しかしどんな手を使っても、正面から戦えば勝ったり負けたりで傷だらけ。
配置を変えて前衛を増やしたり、後衛を増やしたりと迷走もしたが、一向に成果は上がらず。
毒を使った戦い方に戻す方が早いのでは。という意見が出たのが、つい先日だ。
しかし例えば、「風上からこっそりと毒を撒けばいい」という作戦を実行しても、大抵の魔物は鼻が良い。
最初の毒が回り切る前に気づかれてしまったり、興奮状態の敵と激戦をすることになったりと、散々だった。
そもそも複数の状態異常にしたいなら、敵の目の前にまで走って、顔面に毒の粉が入った袋を叩きつけてくるレベルの荒業が必要になる。
しかもライナーはそれプラス、挑発しながら逃げて、追ってくる敵に追加で毒薬を撒きながら。
自分は罠を避けつつ、敵を罠に嵌めてダメージを与えてくるという曲芸をしていたのだ。
今でこそ副業で軽業師をやっているが、元から大道芸じみた戦いをしていた。
それを軸に戦闘をしていたのだから、このパーティは
「パーシヴァルちゃんじゃなくて、私たちの問題なのよねぇ」
「私、弓も使えるから後衛になろうか? ライナーさんを呼び戻すのが一番だと思うんだけど……」
「うーん」
そもそもの話、彼らの必勝パターンである「毒撒き戦法」ができるような斥候は、この街にライナーしかいない。
というか国全体で見ても、そんな戦法を採っているパーティは他にない。
代わりがいないなら、ライナーを呼び戻すのが一番早いだろう。
そんなパーシヴァルの意見は正論過ぎて、マーシュを除いた全員が唸るしかなかった。
「それでB級の依頼を受けるようにしたら、報酬だって前より増えるんじゃない?」
「それもそうよね。メンバーが一人増えたってお釣りが来るわ」
「やっぱりそれしかないかぁ……」
マーシュは剣士、テッドは盾使い、シトリーは槍使い、ジャネットは魔法使いだ。
ライナーは戦力にカウントできないので、以前の陣形は前衛が二人に中衛が一人、後衛が一人という形だった。
今は斥候を終えたパーシヴァルが中衛として参加する形になっているが、彼女が弓使いとして後衛に移動しても、全体のバランスは別段おかしくもない。
それがベストではないかという雰囲気が流れた。
が、しかし。
「今更ライナーを呼び戻すなんて、みっともないことができるか! いまさライナーだよそんなもん! あーっはっはっは!」
マーシュは断固として拒否の構えだ。
彼もそうするしかないと分かってはいるのだが、完全に酒に逃げている。
酔っ払って全てを忘れたところで、飯屋のツケまで消えて無くなるわけでもないのだが、ともあれ彼は荒れていた。
「あのさ、この酔っ払いを捨ててくれば解決なんじゃない? それならアイツも戻って来るでしょ」
「それは…………ダメだよ。リーダーなんだから」
「テッド、今すっごい悩んだよねぇ」
マーシュは「ライナーが頭を下げるなら出戻りさせてやってもいい」という主張を曲げていないが、もうそんなことを言っていられないくらいに切羽詰まっていた。
こうなればできることを、確実にやっていくしかない。
そう考えたテッドは、やるべきことを指折り数えていく。
「ライナーを戻してもいいって言質をマーシュから取って。それからライナーに話をつけて……あれ? でもライナーが、どこかの臨時雇いになったって話もあったな。ああ、どうしよう」
「……頑張れー。テッドー」
酒で現実逃避をするリーダー。
頭を抱える副リーダー。
やる気が無さそうな槍使い。
そろそろリーダーを相手にプッツンしそうな魔法使い。
そんな面々の姿を見て、加入してから日が浅い
「
というパーシヴァルの呟きをよそに、混沌は続く。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
毒と麻痺と混乱と幻覚と出血のスリップダメージと回復不能と呼吸困難に、攻撃力、防御力、命中率の低下。
プラス罠に引っ掛かった分のダメージと、ライナーをエサにした強制全力疾走による疲労。
彼らはずっと、これだけデバフてんこ盛りの敵を相手に俺つえーーしていました。
正しい実力を把握できていなかったというオチです。
ついでにマーシュには色々と誤算がありましたが、まあそれは追い追い。
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