第八話 夢でも見ていたのかしら?
「実費を抜いて、金貨4枚か。稼ぎは良かったな」
「うう……懐は全く痛んでいないはずですのに」
「何でしょうね、この敗北感は」
街で清算を済ませて、ライナーの取り分はきっかり金貨4枚になった。
それをすべて銀貨で受け取り、彼への分配は終わりだ。
魔石に少し高値が付き、蒼い薔薇の面々はそれぞれ金貨5枚の報酬を受け取ったのだが、終始いいように振り回されたリリーアとルーシェは、特に苦い顔をしていた。
「まあいいじゃん。今晩はステーキでも食うか!」
「いいわね。表通りに良さそうな店があったわ」
それとは対照的に、脳筋のセリアと少女のベアトリーゼは喜んでいる。思ったよりも懐が温かくなったので、美味しいご飯でも食べようかとはしゃいでいた。
「……」
ララは無言で佇むばかりなのだが、淡々と金貨を受領していたので、特に思うところは無いのだろう。
それを見届けて、ライナーは言う。
「さて、次の依頼は一日置いてからだったな。ベアトリーゼ以外は、一度鍛冶屋で武器を補修してこい」
ライナーとしては効率が最優先だ。
そこいくと、武器の破損などは非効率の極みとなる。
その時点で戦えなくなるし、メンテナンス費用よりも、買い直す値段の方が高くつく。
戦闘のことを考えても金銭のことを考えても非効率だ。
もちろん、今後もライナーの得意戦法を使うなら、武器や防具などそれほど重要ではない。
しかしそれを差し引いても、蒼い薔薇の面々は
「えー。磨いてもらったからいいじゃん」
「ダメだ。戦っている最中に武器が破損したら死ぬぞ」
節約をしようと思うばかりに、削ってはいけない資金まで削っている。
仮にこれがどこかの会社ならば、完全に末期だ。
武器や防具に出す金をケチる冒険者は、そのうち死ぬ。
これは間違いない。
「そもそもの話だが。持っている武器がボロボロだと、見栄えが悪くないか?」
だから彼は、整備を手抜きしようとするお嬢様たちに対して、彼は速攻で言いくるめる方法を考えた。
速攻で考えついた、一番効きそうな殺し文句がこれだ。
「……すぐに補修してきます」
「ちぇー、じゃあディナーのグレード、少し落とすか」
「そうしてくれ」
ライナーへの契約要綱にも「下品なマネをしないこと」と書いてある。
世間体を気にするであろう没落貴族たちに「見得が悪い」という説得を行えば、全員がすぐに納得した。
セリアは未だにぶーたれているが、命を失うよりはマシだろう。
そう締めくくって、ライナーは一行の輪から外れた。
「ではまた明後日。もし何か急ぎの用があれば、中央広場か俺の家に来てくれ」
「中央広場? 露店でも出してるのか?」
「いや、少し仕事が……と、まあいい。もしも家に居なければ、隣人に伝言を頼む。解散するなら俺はこれで」
異論も無いようなので、ライナーはさっさと家路に着いた。
仕事が終わったらすぐに帰宅する。
それが、四年前から変わらないライナーのルーティンでもあった。
◇
「中央広場、中央広場っと。お? こっちか?」
今日は休日なのだが、セリアはベアトリーゼを連れてライナーを訪ねようとしていた。
「ねぇセリア。何かライナーに用事でもあるの?」
「いや、特にはないけど。店を出してるなら冷やかしていきたいじゃん?」
「うーん……」
しかし、セリアが屋台でご飯を奢るからと付いてきたベアトリーゼは、冷やかしへのモチベーションは低かった。
「どうせ短期契約でしょ? 半年くらいで次の街に移動するんだから、そこまで仲良くならなくてもいいじゃない」
「どうかな。この稼ぎが続くなら、もう少し滞在が伸びるかもしれない」
蒼い薔薇は元々王都で結成されたチームではあるが、結成以降一度も王都で仕事をしたことはない。
王都の周辺は治安が良く、冒険者としての稼ぎは少ないからだ。
だから大抵の若者は辺境のギルドへ出稼ぎに行くのだが、冒険者不足の街で働けば補助金が出るし、万一の時には補償も手厚くなる。
蒼い薔薇の一行も、要は補助金目当てでこの街に流れてきたのだ。
周辺の治安が安定して補助金が打ち切られたら、また旅立つ予定でいた。
「確かに触媒も要らなくて、薬も使わないから結構稼げたけどさ……」
「ベアトの触媒は高いんだから、このペースが続くなら助かるだろ」
威力の高い魔法を使うなら、発動を補助するアイテムが必要になる。
モノによっては依頼料よりも高額な触媒を使うこともある。
しかし命が懸かっているので、贅沢は言っていられない。
いざとなればベアトリーゼが、最大火力の魔法で敵を薙ぎ払う。それが蒼い薔薇の戦闘スタイルだ。
しかし毒で瀕死になっている魔物が相手なら、高価な触媒など要らない。
「うん、まあ、ね。触媒の分は節約できそう」
「だろ?」
素材をダメにすると稼ぎが減るので、毒をメインで使う冒険者は少数派だ。
使うとすれば緊急の討伐対象を相手にする時か、売却できる素材が少ない魔物を相手にする時くらいだろう。
そこいくと、惜しげもなく毒薬をバラ撒いて敵を弱らせるライナーの戦い方は、魔法使いのベアトリーゼとしては、ビックリするほど安定して稼げる方法だった。
結果として収支は安定している。
「……でも男だしなぁ」
「まあそう言うなって。ライナーの格闘能力なら、夜這いを食らったって怖くないんだし」
「自己申告でしょ? 実はそこそこ鍛えていたりしたらどうするのよ」
「あはは、信用無いなぁライナーも。まあアイツが変な気を起こしたら叫べよ。アタシなら一発さ」
そんなことを話しつつ、二人は広場に到着した。
世間的にも休日なので、今日は親子連れやカップルでそれなりの賑わいを見せている。
「お? 思ったより屋台が多いな。それに、大道芸人とかいる」
「ふーん? まあ王都で一流の芸を見てきた、私たちを満足させるほどの芸人がいるとは思えないけど」
「
「それを言ったらおしまいよ」
などとぼやきつつ、二人は屋台でホットドックを購入した。
真ん中に切れ込みが入ったパンにソーセージを挟み。刻んだオニオンに、たっぷりのケチャップとマスタードがかかった定番の商品だ。
片手にホットドック、片手にジュースを持ちながら、彼女たちは広場を練り歩いて行く。
「さあて、ライナーはどこにいるのかなっと」
「意外と大きいわね。見つかるかしら?」
食べ歩きをしながら通りを歩いていったのだが、通りかかりには大道芸を見るための人だかりができている。
「さあ、お次はこの街で生まれ育った、新入りの出番だぁ! 本日二度目の登場となります!!」
特にそちらを見ることもなく、横を通り過ぎようとした時。
二人の耳に信じがたい言葉が飛び込んできて、仰天することになった。
「皆さん拍手でお出迎えください。軽業師の、ライナー・バレットです!」
「え?」
「え?」
「はーいどうもー! ライナーでーす!」
陽気な声に振り向けば、そこには満面の笑顔で声を張り上げるライナーがいた。
派手な舞台衣装を着ている彼の姿は、無駄を一切削ぎ落したような普段の仏頂面とは一切重ならない。
「あ、あれ。ライナーよね?」
「そ、そうだと思う。……多分」
二人の頭には「同姓同名の別人か」という考えも浮かんだのだが、顔はしっかりとライナーである。
混乱する二人をよそに、舞台は始まった。
「さぁ、まずは王道のジャグリングから! どこまでいけるかな? ほっ、ほっと。六つ、七つ。八つ! ……うん、これ以上増やすと落としそうだね」
コミカルな動きで玉をジャッグルする芸人の姿に、周囲からは笑いが溢れる。
ウケたことを確認してから、ライナーは玉を回収して、今度は舞台袖から椅子を引っ張り出した。
「さあ、お次は椅子をこう、斜めにしまして。もう地面に着いた足は一本だけ。この上で――こう!」
「うわ、すげぇ」
「椅子の上で逆立ちして……あっ、片手を離した!」
傾いた椅子の上で逆立ちをしつつ、彼は片手を離して、あろうことか空いた方の手でジャグリングを再開した。
玉の数は五つに減っているが、曲芸としては十分絵になっているな。
などど、セリアは感心する。
ベアトリーゼはハラハラしながら手に汗握り、先ほどまでの、「私を満足させる芸ができて?」などというお嬢様然とした姿は、とうに消え失せていた。
「さあ、まだまだここからですよー。次は足をこう! でもって、こう!」
「うわー、体柔らかいな」
「あわわわ! 逆立ちしたまま両足を頭の後ろから! 顔の前に! えっ、アレはどうなってるの!?」
段々と、人体には無理がありそうな姿勢へ変化していったのだが、その後も手を変え品を変え、ライナーは観客を沸かせていった。
「最後は目隠しをしながらジャグリングをしつつ、片足で綱渡りをしまーす!」
舞台上のライナーは神業を連発していたが、これには始まる前まで澄ました顔をしていたベアトリーゼも大興奮である。
セリアの袖を引っ張りながら、人差し指でライナーを指して叫んでいた。
「すごいすごい! ねぇセリア、サインを貰いに行きましょうよ! 彼はきっと一流になるわ!」
「……なぁベアト。アレがライナーだってこと忘れてない?」
大盛況のうちに閉幕したライナー劇場を見て、サインを貰おうと駆け寄っていくベアトリーゼの首根っこを引っ張り、ブーイングを飛ばす彼女を宥めるのに苦労しつつも、セリアは何とか帰路に着くことができた。
そしてその日の晩。宿で合流したメンバーに、
「悪い物でも食べた?」
「ベアト、貴女疲れているのよ」
「……休養、しよ?」
と、全く相手にされなかった上に、翌日冒険者ギルドに現れたライナーは、初対面の時と同じく淡々とした態度だったので。
「私、夢でも見ていたのかしら?」
と、自分で自分の記憶に自信を持てなくなった一幕があった。
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