第七話 報酬の分配


 貨幣価値。

 銅貨一枚:10円

 銀貨一枚:1000円

 金貨一枚:30000円


― ― ― ― ― ― ― ― ―





 あっさりと依頼を片付けて、オークの解体作業をしていた一行であるが、無傷で完全勝利したというのに、周囲には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。


「報酬の取り分なのですが……」

「あの、少し手加減していただけると助かりますわ……」

「報酬?」


 雰囲気の発生源はリリーアとルーシェだ。

 釣り出されたオークたちは戦う前から瀕死だったので、ライナーへの歩合も弾まなければならない。


 しかし、財政は厳しい状態にあるので――ライナーはいくら要求してくるのだろうと――不安と苦難が垣間見られた。


「事前に取り決めをしていたはずだが」


 帳簿の管理はベアトリーゼとして。いくら払うのかはまず二人が交渉するらしい。

 苦い顔をしているリリーアとルーシェに対し、ライナーは軽い声色で言う。


「銀貨20枚と、使った薬の実費で構わない」

「それだけでよろしいので?」

「いいも何も、そういう契約だ」


 気まずそうな顔で分け前の話を始めた二人を前に、ライナーはあっさりと追加報酬を断っていく。

 すると何故か、二人の顔が強張った。


「い、いえ、慣習として、いくらかお包みするべきかと」

「楽な依頼だった。それに事情もあるから、事前の取り決め通りで構わない」


 その言葉を聞いた二人は引き攣った笑みを浮かべた後、凄まじい速さで契約書を取り出した。


「嬉しいはずだろ? リリーアもルーシェも。どうしてそんな顔を」

「いえ、何と申しますか」

「新手の詐欺ではないかと」


 ルーシェの鞄に入っていたライナーの雇用契約書を、二人は穴が開くほど見つめている。


「用心深いな」

「騙されません……もう騙されませんことよ」

「甘い話には裏があるものです。どこかに落とし穴が……」

「……大丈夫なのか、君らのパーティ」


 過去に契約書の不備を突かれたり、詐欺に遭ったりしてきたのだろう。


 世間知らずのお坊ちゃんやお嬢様が、一度は通る道か。

 そう思いながら、ライナーは昼食の干し肉を頬張る。


 今日の食事当番はベアトリーゼだが、使っている食材も調理方法も一緒だ。

 別段昨日とは変わらない食事風景の中、ライナーは淡々と食事を済ませる。


 その一方、元気が有り余っているということで、魔物の解体はセリアとララの手で行われていた。


「よし、解体終わりっと。オークの肉って美味いんだけどな……これは食えんわ」

「……ん」

「ああ。素材をいくつかダメにしてしまうから、それも込みでの価格だよ」


 神経毒の通った豚肉を食べるなど、フグを丸かじりするのと大差は無い。

 特に内臓は駄目になっているので、薬の原料として売れるキモなども諦めざるを得ないのだ。


 だから、その分を差し引いた報酬が銀貨20枚だ――と、ライナーは考えている。


「よろしいのですね? 報酬は銀貨20枚だけでよろしいのですのね?」

「さり気なく道具代まで抜くな。実費も銀貨20枚で、俺への報酬は銀貨40枚だ。今回はお試しだから、素材の売却益もそちらで全部分配していい」


 そう聞いて、リリーアはほっとしたような表情をしてから微笑んだ。


 オークの巣を潰すというC級の依頼は、金貨6枚の報酬になっている。

 金貨1枚につき銀貨が30枚になるので、銀貨180枚の仕事だ。


 ライナーに銀貨40枚を支払ったとして、残るのは銀貨140枚。

 五人で分ければ基本報酬は一人当たり銀貨28枚になる。


「売却益までいただけるのでしたら、予定よりも稼げそうです。この分なら本当にお買い得でしたね」


 食費と雑費もパーティ持ちだが、各自の消耗品すら使っていない。

 この分なら黒字は確実だろう。


 ちなみに郵便配達を四時間やった報酬が銀貨3枚だ。

 今回の依頼では、丸三日拘束されて銀貨28枚。


 この時点では普通の仕事よりも、多少割りがいいくらいだろうか。

 ――だがそこに、魔物素材の売却益などが入ってくるとまた話が変わってくる。


「計算しましょう。肉は使えないとしても、魔石は取れました」

「12個だな。全部で銀貨130ってところか?」

「いえ、上位種の成りかけがいました。多分、150枚ほどですね」


 魔物の心臓から取れる魔石という赤黒い石は、燃料の代わりになる。

 もちろん他の用途もあり。大きい物ほど高値が付くので、これの売却益もバカにはできない。


 今回はありふれたオーク退治だったが。人類の生息圏には滅多に現れない希少種の魔物を狩れば、毛皮の売却益だけで屋敷が立つこともある。


 冒険者は一攫千金も夢ではないのだ。


 まあ大抵は夢で終わるのだが。

 と、ライナーは一人、遠い目をして干し肉をかじる。


「他には目ぼしい素材も無いので、締めて一人当たり58枚。端数の8枚を共有財産にして、銀貨50枚の報酬になりますね」

「ん? 睾丸こうがんはどうしたんだ? 毒抜きすれば使えるだろうし、そこが一番高値だろ」


 オークの睾丸は、他の薬草と混ぜることで薬の原料となる。

 レバーなどと違い、きちんと処理をすれば問題なく使用できる部位だ。


 貴族から一般市民まで。夜の生活に悩む男女の頼れる強壮薬になるが、需要が高いこともあり、二つにつき金貨1枚ほどで取引されている。


「早く処理しないと、そこもダメになるぞ」

「ええっと」


 つまり、オーク十二体×銀貨30枚で、銀貨360枚。

 ライナーを除いて分ければ、これだけで一人当たり銀貨72枚の計算だ。


 彼女たちの報酬は倍以上に跳ね上がるはずなのに、全員が渋い顔をしている。


「乙女として、それは……」

「豚のタマ・・なんて、触りたくないよな」

「いくら没落したとは言え、そこまで恥を捨てきれませんわ……」


 要するに、女性陣は睾丸に触りたくないとのことだった。


 確かに男でも普通に嫌がる仕事だ。

 元貴族のお嬢様たちならば、まあ無理もないだろうと理解したライナーは、手短に交渉した。


「内臓の処理とそう変わらないと思うが……そうだな。解体と毒抜きの手間賃、金貨3枚でどうだろう?」


 干し肉を咀嚼し終わってから、彼女たちに軽く聞いた。

 ごく僅かに明るい声であり、付き合いの長いお隣さんか、元のパーティメンバーなら軽口だと気付いただろう。


 もちろん手間賃としては高すぎるので、これは冗談だったのだが。


「捨てるよりは万倍マシですわね」

「異議なし」

「見てないところでやってよね」


 ライナーが吹っ掛けたところ、言い値で通ってしまった。

 どうやら彼の冗談は通じなかったようだ。


 オークを解体して薬液に漬けるだけなら、三十分ほどで終わる。

 この作業で金貨3枚9万円など法外な値段だ。


「次からは、もう少し手加減しないとな」


 しかし自分から値下げ交渉をするのも変だし、貰える物は貰っておこう。

 そう考えたライナーは解体用のナイフを片手に、オークの死体へ歩み寄っていく。


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