第十五話 冒険は終わった



「そうか、ライナーもドラゴンスレイヤーになったか」

「ご隠居から攻略法を聞いておいてよかったよ」

「普段は話を聞かないくせに、そういうところはちゃっかりしているなぁ。……本当に」


 依頼達成から数日後。

 四十年ぶりのドラゴンスレイヤー誕生に、街は沸いていた。


 四十年前にその称号を得たのが、誰あろうライナーの隣の家のご隠居様である。


 と言ってもこの街の出身だっただけで、当時のご隠居は王都に住んでいたのだが、そんなことは町興しには全く関係が無く、数少ないドラゴンスレイヤーの一人として持てはやされた時期もあった。


「いや、冒険者としてブイブイ言わせていたが。調子に乗ってドラゴン退治なんぞに出かけたのが運の尽きよな」


 当時のことを思い出したのか、ご隠居は遠い目をしていた。


「命乞いに、三日三晩裸踊りしたんだよね?」

「ああ、思い出したくもない過去よ……」


 ドラゴンスレイヤーとは言うが、九割方のドラゴンスレイヤーはドラゴンを殺せていない。

 これがどういうことかと言えば、生き残った龍殺したちの大半は、命乞いという名の接待に成功した者たちなのだ。


 もちろん国の上層部としても、人間がドラゴンに勝てるなどとは思っていない。


 生き残った人間がどういう手段・・・・・・を使ったのかも、大体のところは察している。


 それでも、いつ爆発するか分からない不発弾――ドラゴンを、国内から追い払っただけで大金星だ。


 だから何も言わず、取り敢えずドラゴンスレイヤーと称えて、国威発揚こくいはつようのために使っている。それが真相だった。


 そんな事情を知れるのは、実際に生き延びた者から話を聞けた者だけなのだが、実は意外なほどに、ドラゴンへの対処法は伝わっていない。


 生き残りのほとんどは恥を捨てた一発芸で命を拾っているのだから、名誉のために墓まで持っていく。

 誰にも話したがらないのが当たり前だ。


 ライナーが知っていたのは、たまたまご隠居がひょうきん者だったからである。


「しかし、それで他のA級依頼を受けようと言われたらどうしたんだ?」

「その時は断ったさ。他のA級依頼だと、一件は古戦場に現れた大量のアンデットの討伐。もう一件は山を汚染しながら北上する、ドラゴンゾンビの討伐。どちらにせよ無理だ」


 依頼のラインナップを聞いて、ご隠居も納得顔をした。

 彼は「受けなくて正解だ」とでも言わんばかりに、頷く。


「まあ、どちらも生きては帰ってこられんかっただろうな」

「うん。だからそっちを受けるようとしたら、どうにかB級の依頼で済ませるつもりだった」


 アンデットの大群が相手なら、純粋な力勝負になる。


 ライナーたちが一騎当千の強者ならば話は別として、普通のB級の冒険者パーティが戦いに出たところで、袋叩きにされて彼らの仲間入りをするのがオチだろう。


 もう一方のドラゴンゾンビは、ドラゴンの死体が腐って歩き出したような存在だ。

 少し弱くなった代わりに、知能が下がって話が通じなくなったドラゴンとでも言えばいいか。


 細かい説明は要らない。

 交渉が通じないのだから、立ち向かった時点で当然死ぬ。


「まあ、考えがあったならいい。でもライナー。命を賭けてまで受ける理由があったか?」

「危険をおかす者と書いて冒険者なんだから、命を張るのに理由はいらないと思うけど」

「誤魔化すな。あのお嬢ちゃんたちのためだろうに」


 ご隠居がそう言えば、ライナーは普段の仏頂面を更に硬くして、憮然ぶぜんとした様子で言う。


「……こんなあぶれ者を拾ってくれたんだ。多少の恩は返しておかないと、寝覚めが悪いからね」

「素直じゃないな。まさか、あの中の誰かに惚れたか?」

「それこそまさかだよ。手を出さない契約なんだ」


 ライナーにも冒険者を続けようとする理由は色々とあった。


 だが蒼い薔薇というパーティがこの街を訪れなければ、彼は未だに日雇い仕事を続けていて、冒険者へは復帰できていなかったかもしれない。


 であれば、彼女たちの望み――功績を立てて、貴族に返り咲くこと――を叶える。

 その手伝いくらいはしてもいいだろうと思っていた。


「いい仲間に出会えて何よりだ。その縁は大切にしろよ?」

「彼女たちは王都で叙爵されるはずだよ。貴族になってしまえば、接点なんて無い」


 一方で、普段よりも不愛想なのは照れ隠しだろうなと思い、ご隠居はニヤニヤとした顔をしていた。


「どうかな。意外と腐れ縁になることもある。……まあ、ひと夏限りの都合のいい男で終わるかどうかは、ライナー次第か」


 言い方に何か含むところがありそうだが、そこに触れたら藪蛇やぶへびだろう。

 そう思い、ライナーはただ黙って茶をすすっていた。


 五分ほどのんびりとした時間が流れたのだが、窓の外を眺めながら、ふとご隠居は言う。


「しかし、これであのお嬢ちゃんたちともお別れか。寂しくなるな」


 ライナーを訪ねにやって来る蒼い薔薇の面子とは、ご隠居も面識があった。

 特にベアトリーゼには、飴玉をやって猫可愛いがりしていたのだが。


「依頼の報酬とドラゴンから貰った財宝を売った分、一人頭金貨1200枚は固いからね。無事A級にも上がれたことだし、彼女たちがこの街に残る理由は無いよ」

「大手を振って王都に凱旋か」


 方法はどうであれ、国からドラゴンを追い払ったのだ。

 それに、討伐証明部位――彼らの弱点とされる逆鱗を持ち帰っている。


 ギルドからは既に認められたので、国からも問題無くドラゴンスレイヤーとして認定されることだろう。

 元々貴族なのだし、この功績だけで十分に爵位を得られるはずだ。


 その上、地位や名誉のためにドラゴンへと挑んで散った、貴族たちの遺留品を大量に持ち帰っている。

 方々に恩も売れただろうから、彼女たちが返り咲けることは間違い無い。


 彼女たちの未来に思いを馳せつつ、感慨深そうにライナーは溜息を吐く。


「明日で蒼い薔薇との契約も終わる予定だよ。もう、彼女たちには冒険者を続ける理由が無いから」

「だろうな。それでライナーは、また日雇い仕事に逆戻りと」

「大金も手に入ったことだし、当面は仕事をしないでのんびり・・・・してもいいと思うけど」


 ライナーの口から「のんびり」などという、すっとろい単語が出てきたことに驚くご隠居ではあるが、何のことはない、ただの休養期間である。


「ドラゴンの前で手品を披露して、失敗すれば死ぬだなんて狂気の沙汰だ。思い出しても背筋が凍る」

「狂気? 綱渡りはいつものことだろうに」

「まさか。ここまで勝算が低いのは初めてだった」


 ゴブリンやオークが相手なら、千回戦ったところで死ぬ気はしない。

 だが、ドラゴンが相手なら三回に一回は死ぬだろう。

 それがライナーの見積もりだった。


「こんなメンタルで無理して続けるよりは、一度休んだ方がずっと効率的だよ」


 相手の気分次第で簡単に命を落とすのだから。

 一応ライナーも緊張はしていた。


「でも、一週間くらい休んだら。また次のパーティを探さないと」

「そうか。それがいい。まあ何にせよ今日は祝勝会だ、豪勢に出前でも取るか」


 蒼い薔薇の一行は、明日にも王都に旅立つ。

 朝一番に出立するというので、ライナーも見送りに行く予定になっている。


 終わってみれば呆気ないものだ。

 こうしてライナーと、彼女たちとの冒険は終わった。



 終わったはずだった。



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