最終章 最速の英雄

第九十四話 国王注意報



「はぁ……」

「浮かない顔だなぁ」

「こう天気が悪いと、どうも気分が乗らんくて」


 農家の男たちが空を見上げれば、そこには一面の曇天が広がっていた。

 太陽が隠れているから気温も低いし、野菜もあまり育ってはいないようだ。


「不作だろうな。今年は」

「そうだなぁ。どうするべか」


 最近では常に曇り空なので、道を行く人の顔が徐々に暗くなりつつあったのだが。


 村の外れでそんな話をしていれば、若衆の一人が手を振りながら走り寄ってきた。


「おーい! お前ら、早く家に入れ!」

「なんだー? 魔物でも攻めてきたか?」

「違う、警報が出たんだ。お前らも早く!」


 ここ最近ではインフラも整備されていたので。大雨が来そうだったり台風の兆候が見えたりすれば、警戒を促す報せが届くようになっていた。


 分厚い雲が鎮座しているところを見れば、このまま天気が崩れて大雨になるのかと予想はついたのだが。


「じゃあ畑の水を抜いとかなきゃな」

「んだな。俺のところも……」

「違う、雨じゃないんだ。えっと、念のため家に入ってろだって」

「何だそりゃ?」


 現実は男たちの予想を超えていった。


 そんな話をしていれば、南の方角から緑色の閃光が走り。

 黄色い炎を伴った男が、超高速で空を翔けて行くのが見えた。


 彼らの位置からは遠すぎて。実際には緑色の流れ星が黄色の残光を残し、地上から離れて行くようにしか見えないのだが。


「うわ、もう来た! 警報の通りだ!」

「なんの報せだったんだ?」

「――国王注意報だ!」


 正確には、「本日ところにより、国王陛下が超高速で飛来することがあります」と伝達されていたのだが。


 意味不明な連絡を受け取った村人たちは、一応家に入り。


 外れに住んでいた男たちの元に警報が届いた頃には、既にライナーは間近に迫っていた。


「――――うぉぉぉおおおおおおおおお!! マッハ12ぃぃいいいいいいい!!」

『バカ! 民家があるぞ! もっと高く飛べ!』


 上空の雲を引き裂き。蒸発させて、ライナーは己の最速を更新し続ける。

 これも実際には、男たちに声が届いているわけではないのだが。


 幸いにして衝撃波の影響は上空だけに留まっており、少しうるさいくらいの被害で済んでいた。


「あれま。陛下か」

「お、太陽が出てきたぞ。流石は陛下だ」

「え……いや、あれが? あれが国王陛下なの?」


 最近移り住んできた若者には知る由も無いが。

 この地域に住む住民にとって、領主や国王が空を飛ぶのは普通のことだ。

 そんな価値観は、既に一般常識として浸透している。


「今日はまた随分と速いなぁ」

「何か急ぎの用事でもあるんでないか?」

「それで済ませられるのかよ……」


 とにもかくにも、これで作物が育つだろう。

 心なしか、少し暖かくなってきた気もする。


「花が咲いてるのに雪が降ったりとか、散々だったからなぁ」

「陛下がいれば大雨知らずか。雨雲を呼べたりもするのかな」


 天候を変えてもらえるなら、農作業が大分楽になるな。などと笑い合っている男たちの横で。

 住み始めて数か月の男は、頭を抱えていた。


「え? 俺がおかしいのか? 偉い人が空を飛ぶのは……普通?」

「おう。まあもう警報は解かれただろうし……茶にするか」

「だな。午後からまた作業するべ」


 何にせよ、あれを毎日やってくれるなら不作は避けられるかもしれない。


 楽観的になる村人と、価値観が破壊されて戸惑う村人。色々な爪痕を残しながら、光は北側へ飛んで行った。







    ◇






「ぐはっ! う……はぁ、はぁ……」

『何考えてんだこの野郎! 危ないだろうが!』

「さ、最高だ……」


 激戦のあと三日間寝込んだライナーは、北――旧ララの領地に向けて飛び立つと、最速を目指してぐんぐん速度を上げていった。


 ただ移動するだけでグロッキーになりながらも、ライナーは幸せそうだった。


「な、何キロ、出てた?」

『時速で1万5620キロだよ』

「よし、マッハ12は超えたな」


 観測手である大精霊がいるため、己がどれくらいの速度で飛んでいたのかが具体的に分かるようになっている。


 神話に出てくる伝説の存在ですら、彼の前ではスピードメーター扱いをされるらしい。


「この分なら、明日にもマッハ15くらいに到達でき――うっ」

『なあ、速さよりも命が大事だと思うのってオレだけ?』

「……全力で走って疲れたのと、そう変わらないさ。速度を上げた割りに疲れは軽いからな」


 慣れてきた。次はマッハ15だ。

 いや、マッハ18までは超えてみせる。


 そんなことを呟く男にどうリアクションしていいか分からず、風の大精霊が深緑色に姿を変えたのだが。

 巡航速度を落として再び飛び始めたライナーは、後方を指して言う。


「見ろ、通り過ぎた後には太陽が広がっているぞ。火山灰でも異常豪雨でも、速さを上げれば消し飛ばせそうじゃないか」

『違くない? オレが聞いてた使い方と違くない?』


 修行の前に聞いていたのは。風の精霊術で大陸の気圧を丸ごとコントロールして、異常気象から人類を守る。というような使い方だった。


 しかし、蓋を開ければ力技になっており、速さだけで全てを解決するような使い方になっている。


「結果は変わらない。生物は滅びないし、俺は世界を救える」

『物事ってさ、過程も大事だと思うんだよ』


 対空攻撃力の無さは課題だったから、この際まとめて何とかしたい。

 そう請われるままに大地の大精霊を紹介したのが運の尽きだ。


 実際に飛んでいく弾丸を見て、「俺自身を弾丸にすれば、最速なのでは?」というクレイジーな発想が出てきてしまった。


 風を圧縮して射出する。

 途中で圧縮した空気を爆発させて、更に加速する。


 空気抵抗のベクトルを変化させて、無理矢理追い風に変換する。

 摩擦熱のエネルギーを推進力に変えて、ライナー自身は無事に済ませる。


 風の精霊術五式により、そんな都合のいい物理法則が形成されたわけだ。


「風の力では光にまでは届かないが……待てよ。精霊神に弟子入りすれば、光の速さで動くことも可能なのでは――」

『いやいやいや。それは流石にお前の身体がバラバラになる。というか主上様に何をさせる気だお前』


 人外の力を手に入れたとは言え、精霊神の力は別格だ。

 運よく光の力を会得したとして。

 術を発動した瞬間に制御不能に陥り、この星ごと爆散する未来しか見えない。


 大精霊が滾々こんこんと説いた結果。


「そうだな。光速にはロマンがあるが、使いどころの無い力を習得したところで時間の無駄だ。それはそれで遅い・・

『ああ、うん。……分かってもらえて何よりだよ』


 微妙にピントがずれているのだが、光の精霊術は諦めてもらえたようだ。

 さて、ゆっくりと。

 時速120キロほどに落として飛行を続けていたライナーたちなのだが。


 山脈に近づいて行くにつれて、はぐれのアンデッドがちらほらと見えてきた。


「できればノーウェル師匠に、ドラゴンゾンビを倒してもらえていると助かるが」

『そうだな。相性最悪だもんな』

「一応防御力も上がっているんだが、ドラゴン相手だとな。大地の精霊術で、なんとかできそうな気もするが」


 ライナーの精霊術が通用するのは、今のところ己の周囲に関するものだけだ。


 耐久性と耐火性は自分が発生させた現象に限定されているので、ドラゴンのブレスを食らえば一撃でお陀仏。

 どころか、尻尾で迎撃されても瀕死の重傷になるだろう。


「まずは前線の指揮官を探そう。本隊は……あっちか」


 陣地らしきものが見えてきたので、ライナーはそちらを目指して飛び始めた。


 

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