第二十二話 一芸を極めた先の景色



『ぬわぁはっは! 小僧、破れたり! 貴様右手のすそにもコインを隠し持っているな!』


 そう言われて、ライナーの動きが止まる。


「……まだ演目の途中ですが」

「はひぃい!?」


 ついに見破られたかと、リリーアは声にもならない声を上げながら跳び上がった。

 蒼い薔薇の面々も、一転して戦慄の表情を浮かべた。


 そしてここで、物真似師の青年は考える。


「えーっと。ライナーが失敗したら、俺たちも食われるんだよな?」

「そうみたいだね」

「そういう約束だな」

「……うーん」


 物見遊山ものみゆさんで同行したものの、レパードとてまだ死にたくはない。

 成り行きでここまで来てしまったが、このままではライナーの敗北は必至なのだ。


 このまま巻き添えを食らって死ぬくらいならば、最後に足掻あがいてみるのもいいかもしれない。

 そう思い。彼はゆっくりと四足歩行に移行した。


「グルルル! ヴァヴァッ、ヴァッ!」


 そして、街で見せたサラマンダーの物真似を、ライナーよりも高いクオリティで再現し始める。


 何の脈絡もなく、突然トカゲになりきる男が現れたのだ。

 これには蒼い薔薇の一行もドン引きである。


「……師匠、気が触れちゃったかな」

「……どうだろう。目は正気だけど」


 レパードは青龍へ熱い視線を送り。普段物真似をする時よりも、少しだけ高い鳴き声を披露する。


『な、なんじゃあ、いきなり……』

「ヴァッヴァッ」


 レパードが話しかけたところ、勝ち誇っていた青龍の笑いがピタリと止まった。


『……フン、命乞いのつもりだろうが、今更そんな態度を取っても、もう遅――』

「グルァ! グルルルル!」

『そ、そんな態度を、取られても……』


 青龍は何故かいやいや・・・・と首を振り、恥じ入るような素振りを見せ始めた。


 四つん這いになってトカゲの物真似を始めた青年。

 くねくねと身をよじらせるドラゴン。


 この世の狂気が凝縮されたかのような、混沌が生まれたのだが――ララはこの行動の意味について、正しく理解していた。


「……この、鳴き声」

「師匠の鳴き声がなんだって?」

「……求愛?」

「は?」


 セリアはポカンとした顔をするが、その通りだ。

 このままでは殺されると考えたレパードは、ヤケクソで求愛を試みたのである。


 もちろん彼もドラゴンの求愛シーンなど見たことはない。

 だからサラマンダーが発情期に発する声と仕草を、忠実に再現していた。


 サラマンダーと青龍は近親種ではないとして、しかし求愛の鳴き声には近いものがあった。


『あ、いや、だが、我は……』

「ギュァア! グルル、キュー!」


 青龍の立場で言えば、勝気で男っ気が無かった不良少女が、生まれて初めて情熱的に口説かれているような気分だろうか。


 そう、彼女はメスだったのだ。


 命がかかって必死なだけあり、レパードは種族の壁を越えて、かなり情熱的に青龍を口説いていた。


『だ、ダメだダメだ! 龍にとって契約は絶対だッ! そこの小僧が敗北した以上――』

「敗北? 何のことですか?」

『え?』


 レパードに気を取られていた青龍が振り返れば、そこには腕まくりをして、二の腕を晒しているライナーがいた。


「右手の裾にコインを隠していた、というご指摘ですが。外れです」

『バッ、バカな! 間違いなく右手の――そうか、貴様今の隙にッ!』


 いずれにせよ、もう手品は終わった。

 現物が手元に無い以上、青龍の推理は外れたのだ。


 後に残ったのはライナーの勝ち。青龍の負けという結果のみである。


「いーえいえ。最初から、タネも仕掛けもございませんよ。手品とはそうい・・・うもの・・・ですから」

『ぐ、ぬぅ……』


 ライナーは、にっこりと笑ってそう言った。


 トリックを見破れなければ負けと言った手前、前言撤回して襲い掛かるのは龍としてのプライドが許さない。

 やり直しの要求など以ての外。そんな見苦しいマネをすれば恥さらしである。


 だから彼女・・は唸りながらも、渋々負けを認めた。


『いいだろう。だが――』

「グルル! ヴ――え?」

『そこまで情熱的に口説いたのだ。貴様には責任を取ってもらおうか』

「え、ちょっ! うそぉ!?」


 哀れ師匠は青龍の右手で捕らえられ、そのまま共に浮かび上がってしまった。


『約束だ。住みかを変えてやろう。だが、この男は貰っていくぞ』

「ちょっと待て! 本当に待って! おーい、君たち何か言ってよ!」


 この先どのような営みが待っているかは分からない。しかし求愛が受け入れられたのだから、少なくともレパードと青龍のカップルは成立だ。


 ドラゴンの恋人になって、ドラゴンと共に暮らす。

 異文化交流というレベルではない。


 いかに旅慣れたレパードと言っても、人里離れた過酷な地域で生活をするのは相当厳しいだろう。


 ――不毛の荒野で、ドラゴンと二人きり。


 そんな未来予想図が頭を過ぎったので、彼は全力で蒼い薔薇の面々に助けを求めた。が。


「師匠……私たちのために!」

「師匠、貴方のことは忘れません」

「ししょー、お幸せにー」

「達者でな、レパード師匠」

「……」

「見捨てる気満々かよぉ!?」 


 実は兜の下で、ララだけは少し微笑まし気な顔をしているのだが、レパードに別れの言葉をかけた後、ララを除く女性陣は一斉に目を背けた。


「ライナー! 見ていないで助――」

「素晴らしい。これが一芸を極めた先にある景色か。来月中には到達したいな」


 彼は彼で腕組みをして、何故か満足気に何度も頷いていた。


 どうやら彼は、来月中にはこうなりたいらしい。

 それを知った周囲はやはり引いたが、レパードとしては複雑な心境だ。


「そんなに安い境地かよ! ……いや、待て待て。もうこの際それでいい。羨ましいなら代わってやるから、今すぐ求愛の鳴き声をマスターし――あっ」

『では、さらばだ。ここにある物はくれてやる』


 レパードの抗議も意に介さず、青龍は恋人を抱えながら、冒険者たちの遺留品を指して言う。

 だがライナーは、きっちり勝者の権利を行使せんと青龍に右手を伸ばした。


「その前に、褒美として逆鱗を」

『ム……まあ、よかろう』


 彼女は左手でいそいそと喉元の鱗を剥ぎ取り、一枚の鱗をライナーに手渡す。

 それを受け取ってから真顔で、いけしゃあしゃあとライナーは言い放った。


「よし、これで巣の移動と鱗とお土産で三つ分だな。あと四つだ」

『賭けた命の数だけ願いを聞けと?』


 ジト目をしながら青龍が聞けば、ライナーは当然とばかりに頷く。


「まあ、師匠とサラマンダーの分。それから後一つ分は、ご祝儀として進呈しよう。最後の一つはいずれ会った時にでも」

『ガメつい奴め……まあ、よかろう。ではさらばだ』

「誰か、俺の話を聞いてくれーッ!?」


 挨拶もそこそこに、青龍はレパードを連れて洞窟から飛び立った。

 後に残った蒼い薔薇の面々は、誰もが沈黙している。


 手を振っているライナーとララを除いて、彼らが飛んで行った方向から目を背けたままだ。

 そしてライナーだけはすぐに、平常運転に戻った。


「さて、では荷物を纏めよう。うかうかしていると別な冒険者が現れていさかいになる」


 この国では撃退の依頼が出たばかりなので、命知らずの冒険者がやって来ないとも限らない。


 宝の山を前にして、すごすごと退散する冒険者など少数派だ。

 恐らく今度は人間同士で戦闘になる。


 確かにそうだと思い、ライナーに続いて戦利品を拾いに行ったセリアは。安堵の溜息を吐いてから呟く。


「しっかし、冷や冷やしたな。師匠があそこで囮になってくれなきゃ――」

「彼女の推理は外れていたぞ?」

「は?」

「もう一枚金貨があるのは当たりだが、左の胸ポケットにあった。まあ、似たような手品なんて星の数ほどあるからな」


 そう言って彼は、上着から一枚の金貨を取り出す。


 つまり、レパードに注目している間にタネの場所を移動させたわけではなく、青龍の推理は本当に外れていたということだ。


「え、それじゃあ……」

「師匠は流石だ。弟子に美味しいところを取られまいと芸を披露して、あっさり場の空気を持って行ってしまった。今回は完敗だな」

「ええー……」


 何とも言えないベアトリーゼの嘆息を他所に、ライナーは戦利品を風呂敷に詰め込んでいく。


「師匠、骨折り損ですね」

「生きていればいいんだけど、どうかな?」

「サラマンダーと三人家族で、案外うまくいくんじゃないか?」

「……うん」


 レパードはこれから、青龍と暮らすことになる。しかしもちろん、ドラゴンと結ばれた人間の話など、彼女たちは聞いたことがない。


 これは相当なレアケースなのだが、師匠の命運やいかに。


「まあ、縁があればまた会うだろう。今は一日も早く戦果の報告だな」

「心配ではありませんの?」

「心配はいらないさ。傍目から見ても完璧な求愛だったから、つがいとして十分にやっていけると思う」


 戦利品を手にしたライナーたちは、無事に故国へ凱旋した。



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