第百一話 援軍到着



「後方から、三万ほどの軍勢が接近中です!」

「な、なんだって? ええと、後詰は出してしまったし、本陣の三千だけでは……」


 侯爵家の人間ということで、本陣はルーシェの父親に任された。しかし彼は元々準男爵で、三千はおろか三百の部下すら率いたことがない。


 ある意味彼も、今日が初陣だった。


 突然そんな報告をされても、彼にはどうしようもないのだが。

 後ろを任された以上は、何とかしなければいけない。


「……まあ、いい。夢は見れた」

「え? あの、閣下?」


 彼は目を閉じて、娘の姿を思い浮かべる。


 没落が決まった家を領地持ち貴族に立て直し、侯爵になり。宰相位にまでついた自慢の娘だ。

 自分には過ぎた娘だと思う一方で。

 何もせず無様に敗北しては一族の評判。ひいては娘の将来に関わる。


「わ、私が兵を率いる! 本陣の兵は私に続けぇ!」

「お待ちください閣下、違います!」


 報告を最後まで聞かずに飛び出そうとしたところを、伝令が羽交い締めにして止めたのだが。


「何言ってるのよ、お父さん……」

「えあっ!? る、ルーシェ! 何故ここに!」


 カッと目を見開き、声をひっくり返しながら出陣の号令をかけようとした父の前へ。ルーシェが呆れた顔をしながら歩いてきた。


 彼女の後には、ぞろぞろと、煌びやかな鎧に身を包んだ集団が現れたのだが。


「はっーはっは、お久しぶりですなぁ!」

「先日の、結婚式以来ですか」

「き、貴殿ら……」

「もう大丈夫だ。ここは我らに任されよ」


 本陣に詰めていた将校のほとんどが、「誰だろうこの人たち?」と首を傾げたが。


 声をかけたのはリリーアの父とベアトリーゼの父だ。

 その後ろから、セリアの父も現れた。

 今までイマイチ目立っていなかった各家の親族たちが、この土壇場で集結したのだ。


「やあやあ、我こそは栄光ある――」

「若、それはもういいです」


 身内人事で貴族へ復帰できたリリーアの親族たちは、特に絶好調だ。

 王国の制度を流用しているので、大きな功績がなければ三世代後にはまた崖っぷちになる。

 もう没落は嫌だとばかりに、戦功を立てる気満々で士気は高い。


 中には悪目立ちしている者もいたのだが。何はともあれ、後方から現れた軍勢は味方だった。

 都合二十三家、総勢三万二千の軍勢が援軍として到着した。


「指揮はアーヴィンさんが執るから」

「女王陛下よりご下命をいただきました。よろしくお願い致します」

「う、うむ。君なら適任だな。任せよう」


 ルーシェの父を皮切りに、続々と賛成意見が出る。

 自警団から国軍に移った者は、アーヴィンが魔物狩りやら盗賊討伐の作戦指揮。

 果ては王国に喧嘩を売るための、総指揮を取っていたところまで見ている。


 内政だろうと戦だろうと、あらゆる作戦で参謀として引っ張り出されていたので。采配に関しては信頼を置いている者が多い。


 新参の騎士は苦い顔をしているが、軍隊では上下関係が絶対だ。

 女王からの命では逆らえるわけもなく、総指揮官の就任はすぐに承諾された。


 彼は届いた報告をまとめた資料を持ち、斥候として上空に上げたワイバーン兵からの報せと合わせて――すぐに作戦を決定する。


「ではこれより。援軍の布陣先と、作戦を発表致します」


 さて、彼が指揮官に決まった次の瞬間。

 通常では絶対にあり得ない戦略が、早速飛び出してきた。


「まずは援軍のうち一万五千を、左翼よりも更に左へ展開。一万を右翼の後方へ。その後は――」


 本陣には軍議のための駒が並んでいたのだが。

 今はほぼ一直線に並んでいる戦列を、大きく動かす。


 押されている右をもっと下げて、優勢な左を更に上げる。

 そんな形に切り替えようとしていた。


「指揮官殿、何ですかこの陣形は!」


 兵を集めて戦うなら。普通は縦方向に分厚い陣を作る。

 どこか一角が崩れれば総崩れになるので、堅実に戦うなら均等に均した方がいい。


 だが、予想される展開図はその真逆だった。


 薄く横に広がり、半円形になった味方で。押し寄せて来る敵を覆うような形になっている。

 当然列は横に広くなり、突破されやすく脆い陣形で戦うことになるのだが。


 今回アーヴィンが取った戦法は――。



「敵を包囲して、全面攻勢を仕掛けます」



 味方の数倍はいる敵を、囲んで袋叩きにするという作戦だった。

 どう考えても、頭がおかしいとしか言えない提案だ。


「いえ、ですが……数が劣る我々が、包囲戦というのは……」

「敵が集中する、右翼が崩れる方が早いのでは……。今ですらこの有様ですし」


 滅茶苦茶な作戦が出てきたので、流石に異論を挟もうとした騎士たちではあるが。

 当のアーヴィンは涼しい顔をしている。


「敵軍の移動速度は重装歩兵並み。戦力は軽装歩兵以下です。魔物の襲撃にさえ対処ができれば、問題はございません」


 右翼はとにかく耐えること。陣地に籠って足止めに徹すればいい。

 敵を引きつけているうちに、大きく前進させた左翼を折りたたみ、包囲させる。


 これで東と南の包囲は完成だ。


 険しい山脈があるので、北側は塞がれているし。

 敵陣中央のライナーをそのままの位置に置いておけば。敵が進軍した後には自然と、西側にも蓋ができる。


 西側のライナーが一人で十万人くらいの働きをすることになるが。

 一夜で三十万の敵を倒した実績があるから大丈夫だろう。

 と、彼は説明していく。



「指示が届くでしょうか? 特に左翼軍は、かなり突出することになりますが」


 優秀な将が育っておらず、冒険者に戦線の指揮を任せているほどの人手不足だ。

 誰が指揮をするのかは切実な問題だったのだが。

 しかし今回の場合には、全く問題にはならないとアーヴィンは語る。


「公国兵は、集団戦よりも個人戦を好みます。左翼に移動させる集団に自警団出身の者を宛てれば、各自で対処するでしょう」


 そう、元々ここは、一般人ですらB級冒険者並みの戦力を持つ修羅の地だ。

 一般兵ですら十人分の働きをする上に、戦闘センスは高い。


 無理に軍事行動をさせるくらいなら、敵を囲むことだけ命じて。

 その後はもう、目の前の敵を襲わせるだけでいい。

 好き勝手にやらせた方が、戦果は上がるお土地柄だった。


「また、敵は中央部に大型の魔物を配置しているようです。こちらが疲れるまで温存するつもりでしょうが……敵の雑兵を壁にして、中央部に押し込めます」


 一度囲んでしまえば。敵の主力はスケルトンに邪魔をされて、自由に動けない。

 上空から指示を出している個体もいないので、急に列が詰まって混乱することだろう。

 ただでさえ統制に難がある敵なので、囲んだ時点で完勝が見えてくる。


「敵の動きが止まれば、陛下が主力を狙い撃ちしてくださるはずです。そうなれば、後は雑兵を処理するのみなので――殲滅せんめつ戦になります」


 敵の意思が希薄で、すぐに対応策を打てないこと。

 そもそも動きが鈍いこと。

 公国の兵は好き勝手にやらせた方が戦果を期待できること。


 材料を一つ一つ指摘していけば、次第にそれがベストな戦法なのかという雰囲気が流れ始める。



 その後も五分ほどプレゼンが続き。

 指揮さえ十全なら、実行可能な策であることは示された。


 理屈は誰もが理解できたのだが。

 それはあくまで理屈であり、戦法自体はやはり狂気の沙汰だ。


「斬新な戦い方ですね」

「兵も、将も、国王陛下も……。と言うより、この国自体が常識外れですから」

「違いありません」


 振り回されるのはもう慣れたとばかりに、ルーシェや仲間の家族は笑うのだが。


 王国から引き抜かれてから日が浅い騎士たちの方は、反応に困っていた。


「幸いにして、ワイバーン部隊を二十名確保できました。彼らを伝令に使えば、成算は十分にございます」


 敵には騎兵もいないので、背後を取られる危険性も薄い。

 ワイバーン兵という連絡要員がいるし、彼らは上空から敵の動きを把握できる。

 指揮のしやすい環境は整っていた。


「各位が力を奮えば容易に達成できるかと存じますが。自信はございませんか?」


 この作戦を押し通せるだけの見通しを話してから、アーヴィンは不敵に笑う。


「はっは。そう言われては退けませんな」

「容易いことです! そう、この私こそは栄光ある――」


 堂々と言い切るアーヴィンと、戦功を上げたくて仕方がない援軍組にプッシュされた結果。作戦は承認された。


 この土壇場で、本当にそんな作戦ができるのか。

 一部の人間を除いて、不安を抱えたまま三々五々に散る将を見送りながら。

 最後にルーシェは、アーヴィンに尋ねる。


「ただ勝つだけなら、野戦を止めて陣地を守れば良かったのでは?」

「ええ、そちらの方が……確実な勝利は得られるかと存じます」


 敵にもB級、A級の魔物が元となった大型アンデッドと、ベテラン兵という切り札があるとはいえ。既に公国側の戦力が上回っているように見える。


 正面からぶつかれば、確かに勝つことはできるだろう。


 敢えてリスクの高い作戦を採用せずとも勝てる場面なので、安定を選ぶべきだったのではとルーシェは考えたのだが。

 しかし彼は、もっと先まで見据えていた。


「アンデッドに殺された者はアンデッドとなり、彼らはそこにいるだけで、死者を呼び覚まします。ならば、対処法はただ一つ」


 アーヴィンはメガネの位置を調整してから、ルーシェに向き直って言う。


「この場から一兵たりとも逃がさずに、完全勝利を。北から西にかけて、後の脅威を全て取り除くのが戦略目標です」

「それは……随分と壮大ね」

「一日で終わることですよ。ライナー様から下された命令の数々に比べれば、簡単な部類に入ります」


 財力も人手も無い中で四苦八苦していた頃に比べれば、いくらでも打つ手はある。

 それがアーヴィンの感想だった。


「各所に散った遊撃隊の指揮も、全て私にお任せ下さい」

「そこまで頼んでいいのかしら?」

「ええ、これは女王陛下直々のワガママ・・・・です。滅多にないことなので、叶えて差し上げたく」


 恭しく礼をした彼が何を言いたいのかは、ルーシェも一瞬で察した。

 立場上、彼女はここに残らねばならないと考えていたのだが。

 アーヴィンは至極、真面目に言っているようだ。


「……いいの? 私も?」

「ええ。ですが、これで最後です」

「そうよね、王族や宰相が、そうそう王都を離れるわけにもいかないものね」


 意図が伝わり、ルーシェも天幕を出て行こうとして。

 最後にその背中へ、アーヴィンは伝達事項を伝える。


「左翼側の前方。遊撃部隊の陣地で集合予定です。ご武運を」


 そう言って完璧な礼をするアーヴィンの姿を見て。やはり宰相は彼の方が良かったのでは――などと考えたが。

 今はそんなことを考える時間も惜しい。


 既に各部隊は動き始めている。

 間に合わせるため、ルーシェも急いで目的地へ向かった。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 お父様方。ヒロインの親というだけで、メインキャラに昇格できると思うなよ?(無情)


 こんな作戦が本当に実行できるのか。疑問に思う方は「カンナエの戦い」で検索。

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