第七十七話 仲間のために
セリアからの、突然の求婚。
これにアーヴィンがどう答えたかと言えば。
『ふむ、折角のお話です。私は一向に構いません』
『本当に!?』
「本当に!?」
「それでよろしいのですか!?」
セリアはもちろんだが。
脈ありというのだから、外野の二人は更に驚いた。
今ここに、最速の夫婦が生まれるかと思いきや――アーヴィンは、冷静に待ったをかける。
『しかし、我々が結ばれるとバランスが崩れます』
『バランスって……何の?』
喜びのあまり跳び上がりそうになったセリアではあるが。きょとんとした顔になって、中腰の体勢で止まった。
『蒼い薔薇の中で、ライナー様を含めた四人が縁戚です。私とてライナー様の付き人をする関係で、政策の決定に深く関わります』
その様子を見たアーヴィンは、努めて冷静に言う。
『そりゃあもちろん。……それで?』
『現状ではノーウェル殿と同じような相談役ですが。数年後には私にも、宰相のポストを用意してくださるそうです」
国王の補佐と相談を仕事にしているのだから、今の仕事は宰相の役割とあまり変わらない。
ライナーなら家柄や年功序列を気にせず、能力だけで人事を動かしそうでもある。
そう考えたセリアは、アーヴィンが宰相に就任するのは自然だと考えた。
『適任だと思うけど』
『つまり、パーティメンバー六人のうち四人が王族。そしてセリア様は侯爵で、宰相と夫婦になりますね』
これもセリアは理解できたらしく。
話が見えないながら、とりあえず頷いていた。
彼が重要なポジションにいることは、話を聞いている全員が理解できたのだが。
『そうだけどさ、それが何か?』
『そうすると、国内にルーシェ様と釣り合いそうな方が見当たりません』
『……あ』
建国メンバーの中で重役の席に座る男は、ライナー、レパード、アーヴィンくらいだ。セリアがアーヴィンと結ばれたら、ルーシェに相応しい有力者が見当たらない。
ルーシェが結婚する上でのハードルが爆上がりなら、不要な政治的リスクすら発生しかねない。
その理屈はセリアにも理解できた。何が起きそうか、分かってしまった。
『えっと。じゃあレパード師匠は……ダメだな』
『はい。ルーシェ様の身が持ちません』
『……ライナーも、ダメか』
『ルーシェ様ご自身が、拒絶なされましたからね』
レパードは青龍と結婚していれば。ミーシャという爆弾、もとい押しかけ女房まで抱えているのだ。
そこに割って入らせれば、ルーシェが死んでしまうだろう。
ライナーとは付き合えないとハッキリ言っていたし、ライナーにもルーシェと結婚したがっているような素振りは無かった。
むしろライナーの真横で妻をやらせる方が、胃に負担がかかって早死にする。
『それじゃあさ。アーヴィンさんが、アタシとルーシェの両方と結婚するのは?』
『男爵の私が、侯爵のお二人と重婚するのは風聞が悪いです』
男爵が侯爵を二股にかけたとなれば、王国は喜んでバッシングをしてくるだろう。二人とも侯爵家の女当主なので、ただでさえ絶大な身分差があった。
ルーシェのことを抜きにしたとして、セリアの身分とアーヴィンの身分がそもそも釣り合っていないのが現状だ。
『ならアーヴィンさんも! 侯爵くらいに格上げしてもらえばいいじゃん!』
『男爵を侯爵にするからには、それなりの功績が必要です』
叙爵される前ならどうとでもなったが、今や体制は決まって動き出している。
昇格させるにはそれなりの理由が必要というのも、理解できてしまう。
「ああもう、何でライナーは、最初から伯爵くらいにしとかなかったのよ!」
「まあ、今言っても遅いですわ」
アーヴィンの働きぶりが知られるようになってから、子爵か伯爵に昇格させる予定でライナーは動いているが。それはまだ先の話だ。
少なくとも現時点では、昇進させるための明確な実績は無い。
『ならフィリッポ子爵――じゃない、あの伯爵家はどうかな! 伯爵と侯爵なら!』
『フィリッポ伯爵には二人の妻と、三人のお子さんがいらっしゃいます。ルーシェ様との歳の差も、二十はあるかと』
『うげ……』
王国の北部は未開拓の地域だったので、伯爵すら二名しかいない。
それがレパードとフィリッポの二名だ。
子爵なら数名いるが、セリアは顔も名前もよく知らない。
そしてこれも、そもそもの話だが。
いい縁があるなら、ルーシェはとっくに縁談を受け入れているだろう。
今のところ、彼女が
その後もセリアは思いついた案を片っ端から言うが。
どれもこれも冷静に撃墜されていく。
そして、最後にはがっくりと肩を落としたセリアに。アーヴィンは気持ち、優しい声色で言った。
『国外の有力者とのご縁談が、一番現実的な道かと存じます』
『あうう……』
国外の有力者と言っても、王国とは敵対関係だ。
北の帝国とは道が繋がっていないし、南の共和国は遠い。
西の王国とは友好関係かつ、そこまで遠くもないのだが。
そこともまだ、国交すら始まっていない。
ルーシェの相手を見つけるのが困難ならば。
セリアの相手すら、見つかるか微妙なところだった。
「べ、ベアト! セリアがピンチですわ!」
「焦らない! 大丈夫よ、ルーシェだって相手がいるじゃない!」
「何を……はっ!」
そう言われて、リリーアは先ほどの光景を思い出す。
西国からの使節団と思しき集団の、先頭にいた青年。
年頃は同じくらいに見えたし、使節団の代表なら身分も高いだろう。そして何より、彼に抱えられたルーシェの表情は満更でも無さそうだった。
「まさか……これ、イケます?」
「勝ち目はあるわ。……撤収しましょう。あの男の素性を調べるのよ!」
落ち込んだ様子のセリアを放っていくのも
場合によっては全員がハッピーエンドを迎えられる。
「待ってなさい、セリア。私たちが幸せにしてあげるわ!」
「その言い方では、私たちがセリアを
そんな漫才もそこそこに、二人は店を飛び出した。
目指すは謁見の間。そこで待つ謎の男の元へ走る。
全ては仲間のために。
それはさておき、リリーアが頼んだケーキは手付かずのままだった。
王族御用達の看板を逃したマスターは崩れ落ちたのだが。彼が再起を誓い、革新的な新商品を量産するのも、まだ先の話だった。
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