第七十八話 ポンコツ諜報員
「モルゴン王国の使節殿。遠いところを、よく来てくれた」
「有難きお言葉、痛み入ります」
大急ぎで王宮に戻り、使節団に対応したライナーだが。そこには先ほどすれ違った青年を先頭に、進物を持った西国の使節団が並んでいた。
ルーシェとは途中で別れたらしい。
この場に居るのは公国側の役人たちと、使節団の人間だけなのだが。
それはそれとして、まずは国王の役目を果たさなくてはいけない。
「予定では来週の到着と聞いていたが」
「陛下の御威光により、王国との交渉が予定よりも早く終わりましたもので。面会の予定日まで、街に滞在させていただこうかと思ったのですが――」
青年がそう言いながら視線を横にずらせば。
脇に居た文官が進み出て、ライナーに言う。
「ご到着なされたのなら、早速お話をと思い。お通し致しました」
「そうだな。話は早い方がいい」
効率と速度が第一の家臣団は、動きが早かった。
ライナーの予定が空いていることを確認すると、すぐさま使節団を通して。謁見の間の近くで休憩させていたらしい。
そんなこんなで面会となったものの。既に手紙でのやり取りが終わっているため、あとは確認事項だけだ。
「では、貴国と我が国の間での同盟と友好条約の締結。その調印を始めようか」
「今から、ですか?」
「何か不都合が?」
「いえ、早速始めましょう」
一瞬だけ外を気にするような素振りを見せた青年だが。
ライナーの機嫌を損ねるわけにはいかないとばかりに、詳細な条件を詰めに入る。
調印内容もワイバーン便で決まってはいたが、確認作業は重要だ。
言い回し一つで解釈が変わり、後で難癖を付けられることなど珍しくない。
だから王国の文官も使節団も、曖昧さ回避のために全力で話し合いをしていた。
が、しかし。
「この辺りかな」
「左様でございますね」
使節とライナー。両者がサインした時には、既に日が暮れていた。
三時間に及ぶ話し合いは、実に実りがあったと満足気なライナーだが。
何故か青年の顔色は晴れない。
どうしたものかと思案してから――すぐに、接待をすることに決めた。
遠方から来た使者には、酒の席を設けて労うのが常識でもある。
幸い今晩の予定も空いていたので、早速ライナーは提案する。
「さて、話はまとまった。いい時間だし、これから歓待の宴をしようと思うのだが」
「あ、いえ、その……」
もう少し友好的なムードを作ろうかと、使節を
使節団の代表である青年は、少し焦ったような素振りを見せていた。
「何か、不都合が?」
「あ、いえ。お気になさらず。歓待、痛み入ります」
「そうか――あっ」
条約締結に夢中ですっかり忘れていたが。
もしかするとルーシェとの間に、デートの約束でもあったのではないか。
そう思い至ったライナーは手を
「いや、折角だから盛大にやろうか。準備があるので、明日の晩でもいいかな?」
「え、ええ! 是非に!」
青年が慌てて飛びついてきたところを見ると、どうやら正解のようだ。
危ない危ない。危うく友人の浮いた話を潰すところだと、ライナーは胸を撫で下ろす。
「では、今日はこれで解散としよう」
威儀を正したライナーがそう言って、この場は解散となったのだが。
◇
現在、ライナーの目の前には豪華な冷や飯が並んでいる。
メニューもボリュームも申し分ないが、すっかり冷め切った後の料理だ。
どうやら目の前で怒る妻たちは、料理を温め直すのを許してはくれないらしい。と、ライナーは料理人を呼ぶのを諦めた。
「きみにはガッカリだよ、ライナーくん……」
「ライナーさん。私、貴方には期待しておりましたのよ?」
「……不合格」
手を組んでテーブルの上に載せているベアトリーゼ議長の元で、ポンコツ諜報員のライナーが裁かれることになったのだ。
一応言い分は聞いてやるか。というスタンスで、審判が開始される。
「ライナーさん、使節の方の名前は?」
「……聞いていないな」
「では、ルーシェとの関係など。もちろん聞いていないね?」
「……聞いていない」
二手に別れてセリアとルーシェの恋愛事情を報告し合う約束だったが。
ライナーは同盟と条約を最高率で詰めようとしていたため、恋愛の話は頭から抜け落ちていた。
スムーズに進んだ話し合いに喜ぶばかりで、ロクに情報収集をしなかったのだ。
横にはララが居たとして、彼女に根掘り葉掘り聞かせるのは無理だろう。
ライナーが色々と聞き出さなければ始まらなかった。
しかし結局何も聞けていないばかりか。
唐突な会議で彼を拘束し、デートの約束を潰したかもしれないのだ。
この大ポカに対して、判事三人と被告だけの裁判が下した結論とは。
「これは罰ゲームね」
「……ペナルティ」
「当然ですわ」
そういうことらしい。
まあ、当のルーシェもライナーの屋敷に居なかったことだし。今頃はどこかの宿にいるのだろうが。
「待て。まだ結論を出すには早すぎる」
「へぇ、ここからどうリカバリーしてくれるの?」
ルーシェも街に泊まっているのであればセリアの定宿辺りだろうかと、ライナーはアタリをつけた。
青年に関する情報はまるでないが、本人に話を聞くことはできる。
「ルーシェに直接話を聞いてこよう」
「……それ、ヤブヘビになるやつじゃない?」
しかし、ライナーに恋バナのスキルは期待できない。
ただのお節介になるか、要らない騒動を巻き起こすのではと警戒したベアトリーゼは、ライナーを止めようとしたのだが。
「任せろ。俺にいいアイデアがある」
「……聞きたくありませんわね」
「……ん」
「見ていろ、悪いようにはしないから」
そう言って、彼は食事も取らずに出て行った。
妻たちの追求から、一刻も早く逃げ出すため。
そして宿で美味しくて温かいご飯を食べるため。ライナーは最速で宿屋へ向かう。
「精霊たち。目標タイムは五分だ、すぐに彼女の居場所を探してくれ」
『はーい』
『お菓子はおおもりー』
セリアの時とは違い、精霊たちを緊急招集だ。
ルーシェの行方を探させるために、伝説の存在をフルにこき使い始める。
この状況が何とかなるなら、社いっぱいにお菓子を詰め込んでやると言えば。
彼らは喜んで街中に散って行った。
それはそうと。昼に続いて料理を全て残された料理長が、苦悶の表情で新メニューの開発を誓うのは。これからすぐのことだった。
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