第七十九話 恋に落ちる何秒前だ



「よし、居たなルーシェ!」

「え、ええっ!? 何事!?」


 精霊を総動員すれば、ルーシェの居場所は一分で見つかった。

 風の舞三式花鳥風月を使い、全速力で空を翔けて。到着まで更に三分。

 ライナーは最速で彼女の元に駆け付けた。


 ――が、知り合いが空から降ってきたのだから、ルーシェは当然驚いていたし。


 国王が空から降ってきたのだから、周りの客も唖然としている。


「早速だが、少し話が――」

「お勘定! 置いておきます!」


 今、彼女は宿の近くにある立ち飲み屋で、一人酒をしていたところだ。


 そこに現れた珍客を確認した瞬間、ルーシェは回れ右をして走り出そうとしていたのだが。それを逃すライナーではなかった。


 何故か逃げようとしている彼女の前に回り込み。

 肩をガッシリと掴み、ライナーは迫真の表情で言う。


「さあ、吐け。昼間の男とはどういう関係なんだ!」

「うえっ!? ひ、ひるま? さあー、なんのことかなあー」


 これは絶対に何かある。


 そう確信したライナーは、更に一歩踏み出して聞く。


「恋仲なのか? それとも発展する余地がある段階か? だとしたら恋に落ちる何秒前なのか教えてくれ」

「え、ちょ、ちょっと。……ごほん。突然どうしたんですか、ライナーさん」


 一気にトドメまで行く予定だったのだが、態勢を立て直す時間を与えてしまったか。もっと詰め気味にいくべきだった。

 と、ライナーは己の詰めの甘さを反省したのだが。


 二年近くこの男に振り回されてきたのだから、流石のルーシェも慣れたのだろう。

 彼女は澄ました顔で、何でもないような顔をしていた。


「いいだろう、俺も少し焦り過ぎた。……昼間、馬に相乗りしていたよな」

「ええ、アーヴィンさんに政策の相談に来たはいいものの、途中で馬車の車軸が折れてしまって。行き先が同じだからと、親切な人に送ってもらった。それだけです」


 一旦仕切り直して、まずは事実の確認からだと思い直したライナーなのだが。



「政策の相談? 午前中のアーヴィンは俺の横で業務をしていたし、昼食はセリアと取っていた。その後は会議で一緒に居たんだが、いつ相談したんだ?」


 そう告げれば、ルーシェはビクっと。またはギクッとした様子で肩を震わせた。


 ライナーから目を逸らして斜め上の方向を向きつつ。

 少し間が空いてから、彼女が言うには。


「う。ああ、明日でいいかなって。そんなに急ぐものでもないですし」

「急ぐほどのものじゃないのに、侯爵が直々に来たのか? アポイントも取らずに」

「うぐっ」


 この時ライナーは、己にデリカシーが無いことを忘れていた。


 詰将棋のように淡々と。

 取り調べのように執拗に。

 それは丹念にルーシェの建前を粉砕していく。


 政策の相談よりも優先する用事ができたのだろう。

 それはデートだろう。


 と、ルーシェをぐいぐい追い詰める。


 もう彼女は、探偵にトリックを暴かれた犯人のような顔をしているのだが。

 五分ほど矛盾を突き続ければ、今度は怒ったように切り返してきた。



「ああもう! そうですよ! 私はあの人とデートの約束をしてたんです! 約束の時間に来ないから、寂しく一人酒ですよ! 何か悪いですか!?」

「あ、いや。悪くはないんだが」



 急に反撃されて驚いたライナーだが。

 堅物のルーシェがデートの約束までしたというのであれば、十分に脈ありだろう。

 そんな事実を切り抜いてから、の弁護を始めた。


「彼が西国からの使節団、その代表だというのは分かるだろ? 俺が急に予定を入れてしまったから来られなかっただけで、ルーシェがフラれたわけではないんだ」

「どういう慰め方ですか……まったく」


 ベアトリーゼとリリーアの調査結果から。ルーシェにいい人ができないと、セリアもセットでアーヴィンとの恋愛がご破算になるというのだ。


 外交的なことはさておき、貴族の世界では十歳くらいから許嫁が決まっていることも珍しくない。

 しかし、ルーシェはもう二十歳を過ぎている。


「いい加減、年貢の納め時だと思うぞ」

「ライナーさんに言われるとムカつきますが。まあ、私だってそろそろ結婚してもいい頃だとは思ってますよ。正直、結婚式も羨ましかったですし」


 平民なら結婚に年齢は関係無いが。貴族は早めに後継ぎを決めないと家の相続なり何なりで不都合が起きる。


 だから二十歳を過ぎたら条件が悪くなっていくというし、それでなくても侯爵だ。彼女が結婚できる相手はかなり絞られる。


 領地経営や建国で振り回した自覚もあれば。重い身分を与えた原因も、ライナーが発案した作戦にある。

 一応、責任を感じたが故のお節介だったのだが、理由はそれだけでもない。


「安心しろ。彼との見合いの場は俺がセッティングしてやる」

「どうしてそんなに必死なんですか……」

「ララの「ペナルティ」が出た。ベアトの「罰ゲーム」もだ」

「ああ、そういうわけで」


 青龍撃退作戦の途中で、ララは怒らせると怖いと聞いたが。

 この半年の間に、彼は二回ほどララを怒らせていた。


 ペナルティというフレーズが出てきたら断罪の合図だ。


 具体的に何がどうというのは言えないが、可及的速やかに対処しなければ酷いことになる。

 話がまとまらなかったら、彼女たちから何をされるか分からない。



 それでなくても今回はリリーアとベアトリーゼまで敵に回ったのだ。

 罰ゲームに何が待っているのか。分からないがロクな事にはならないだろう。


 ルーシェへの負い目を抜きにしても、この縁談は絶対にまとめなければいけない。

 そんなことを語ってから、ライナーは具体的な作戦に切り込んでいく。


「明日は歓待の宴を開く予定だ。ルーシェも侯爵としてゲスト参加してもらおうか」

「……まあ、いいんですけどね」


 そっぽを向いて顔を赤らめているルーシェの姿は、素直になれない乙女そのものなのだが。

 これなら十分に脈ありだろうし。使節の青年もまさか、国王から勧められた縁談を断るほどの豪胆さは無いだろう。


 もう押しの一手しかない。押せば押せる状況だ。


 ゴリ押しで何とかなると、ライナーには少し展望が開けた気がしたのだが。



 翌日の宴があんなこと・・・・・になるとは、まだ誰も知らなかった。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「精霊たちに連絡して、ルーシェと彼の会話を残らず傍受させろ」

「何が始まるんです?」


 というわけで、次回「大惨事」は明日の晩の更新予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る