第九十九話 決戦準備



「大精霊の姿が見えないんだが。何か知らないか?」

「ああ、それな。見張りが言うには、王都の方に飛んで行ったって話だ」


 北西部での戦いへ間に合わせるために、全力で飛行したライナーは。再び丸一日ほど寝込むことになった。

 しかし西の戦いよりも長時間。より高速度を出したというのに、休憩は短くなっている。


 進歩が見られるのはいいことだろう。


 しかし目を覚ましたライナーは、ここのところ行動を共にしていた大精霊の姿がないことに気づいた。

 陣地の見回りをしていたマーシュを捕まえたところ、彼は目撃情報を話したのだが。


「このタイミングで王都? ……何かあったか」

「今そっちを気にしても仕方ないだろ。ほら、とっとと本隊のところに行くぞ」


 正確には決死隊に志願せず、後から移動してきた主力軍のところにだ。

 今朝の到着予定になるとはライナーも聞いていたが。

 予定時刻よりも少し早くに到着し、既に戦支度を終わらせているようだった。


「指揮権を引き継いだのは……副官か」

「あの頼りないオッサンなぁ。大丈夫なのか?」

「彼はあれで優秀だぞ? 名を残すような戦功はないが」


 変な思考に染まっておらず、特定の派閥に深入りして問題を起こすような人物でもない。

 そもそもテイムの必要がないだけ優秀だ。

 そう語るライナーの前に、話題に上がった副官がやってきた。


「陛下。本隊の配置が終了致しました。現在、戦いに備えて陣地を構築中です」

「ほらな?」


 副官が率いる軍勢は、彼らが今いる本陣を後詰として扱い。その前方に陣地を展開し始めていた。

 急拵えだが、今すぐ戦闘が始まっても持ちこたえられそうな陣形にはなっている。


 仕事が早いことを好むライナーとしては、彼の評価は中々高かった。


「……あの?」

「ああ、何でもない。こちらの話だ」


 話が見えない副官が怪訝そうな顔をしたが、ライナーはあっさりと話を打ち切る。


 そして、本陣で対策会議が開かれたのだが。


「難しいことはない。俺が敵の本隊を蹴散らすから、主力は後に続いてくれ」


 上空からライナーが牽制射撃を行い。

 陣形が乱れて数が減った敵を、地上部隊で迎え撃つ。


 作戦はそれくらいだった。

 敵は無限に湧いてくるので、高速飛行での体当たりは一先ず温存の方針だ。


「それでよろしいのですか?」

「構わない。それが最効率だ」

「……まあ、いいんじゃねぇの」


 頼ると言ってからすぐ、早速矢面に立とうとするライナーへ言いたいことはあるが。それでも単騎特攻を止めただけ一歩前進だろう。


 という考えで。遊撃隊長として会議に参加しているマーシュは、不承不承ながら作戦に賛成した。


 西方の被害状況――ライナーが大暴れした跡――についての報告は為されていたので、最大戦力を出陣させること自体は、副官改め将軍にも異論はなかった。


「負担がかかるので、なるべく大技は打たせるなとのご指示をいただいています」

「……誰から」

「あの、大精霊様から」


 心配性な大精霊は、陣地を飛び立つ前に見張りへ忠告を残していった。

 その報告を受けた駐留部隊の大将。ルーシェの父親がそう進言すれば。


「分かった。飛行速度はマッハ15までにしよう」

「マッハ……? あの、できれば封印していただきたく」

「状況によるな」


 実戦で精霊術に慣れてきたライナーからすれば、それが無理のない・・・・・基準だった。


「使わせるほど、劣勢になるなってことで」

「……そう捉えましょうか」


 呆れつつも、一応無理を思い留まっただけ進歩だと思いながら。マーシュは更に肯定を重ねる。


 敵の数は時間経過と共に膨れ上がるため、まずは一戦。

 この地の敵を蹴散らすことが決定された。


 そして次は、各地の戦況に目が向けられる。


「王都周辺は人が住んでいた歴史が浅いため、アンデッドは魔物に限られています」

「守備隊で対処はできるか?」

「問題はありません。戦力は十分なのですが……」


 歯切れが悪い将軍に先を促せば、彼は申し訳なさそうに報告を読み上げた。


「その……王家の方々を中心に軍を興したそうです。王家を中心に、残っている戦力を根こそぎ動員されたご様子で」


 つまり、蒼い薔薇のメンバーとレパードがテイムした囚人部隊が中心となっているらしい。


「危ないから、後方で指揮を執るように返信してくれ」

「いえ。王妃様より直筆で、先陣を務める旨の通達がございました。守備はレパード殿に一任されるそうです」


 ライナーが実質的なトップではあるが、本来はララが最高権力者だ。


 王妃の名を使ってきたのは、「ライナーが無茶をするなら私たちも無茶をするぞ」という、身体を張った脅しであるようにも見えた。


「国王陛下は、嫁さんの尻に敷かれて大変だねぇ」

「独身に言われたくはないな。そろそろいい人でも見つけたらどうだ?」

「……そのうちな」


 本来なら、一介の兵長と国王が対等に話すなどあり得ないのだが。

 ライナーが元々冒険者上がりであることは知られているし、前任のノーウェルとて敬語を使わないことがほとんどだった。


 王国の常識で言えばあり得ないが。

 まあ、地域柄、お国柄だろうと。将軍は何も言わずに先を話す。


「南部戦線は、王国との共同戦線により安定しています。王国は東西から順に削られておりますので、いつまで保てるかは不明ですが……今のところは心配ございません」

「フィリッポ伯爵が上手くやったか」


 公国の南部貴族、元王国の北部貴族は、テイムで強制的に寝返らせた者がほとんどだ。

 元々のツテは生きていたようで、何とか協力体制の構築に成功したらしい。


 が、王国の方は体制が瓦解寸前なので、各地の反乱と亡者の襲撃で亡国の危機にある。挟撃がいつまで続くかは怪しいところだ。


「フィリッポ伯爵からは、「王国が滅びそうなので、今のうちに亡命者を受け入れておきます」との書簡が」

「……彼も役者だな」


 王国の貴族たちを受け入れて。終戦後にそれを旗印にして、領地を切り取っていくつもりなのだろう。

 属国の扱いにするか、併合してしまうかはこちらの考え次第だ。


 何となく絵図が見えたライナーは、図太さに呆れたらいいのか、先を見通す目を褒めればいいのか微妙な顔をしたのだが。


「まあ、いい。西方と南方は安定。中央も問題無し。東側は不毛地帯で生物がいないから……俺たちが北方を片付ければ、一息つけるな」

「左様でございますね」


 とはいえ、状況は好転していない。


 まず西国の戦況は芳しくないようで苦戦中。南の共和国も歴史が古い分、復活した敵の数が多いようだ。

 そして王国は滅びる寸前で、帝国の状況もよく分からない。


 公国の周辺を片付けたらそちらへの対処も必要だし、何より、ライナーしか知らないことではあるが――これは世界規模の問題らしい。


 この大陸を平和してから海を渡り。

 別な大陸の問題にも対処する必要があると考えれば、まだまだ遠い道のりだ。



「とは言え、まずはこの一戦だな」


 話し合いの結果、決戦は明日の早朝に決まった。


 今日は遠方から歩き詰めだった兵士たちを休ませて、万全を期すが。

 雑兵だらけだった西とは違い、北には精鋭が集まっているらしい。

 油断できないと考える一方で、ライナーには別な懸念もある。


「精霊術がどこまで使えるか……」


 軍議が終わり、持ち場へ戻っていく諸将を見送りながら。

 ライナーはふと右手に視線を落とす。


 地脈の力を使い、世界の理に干渉する精霊術ではあるが。徐々に出力が落ちていると感じていた。

 今のところは誤差レベルだが。

 早いうちに対処しなけば、いずれは使えなくなるかもしれないという不安が残る。


「切り札が使えるうちに勝負を決めよう。……速攻だ」


 そう呟きながらライナーも野営地に戻り。もう少し身体を休めることにした。


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