第百話 戦闘開始
「よし、攻撃準備は整った……が」
眼下に広がる大軍勢を見て、ライナーは思う。
数が増えている、と。
しかも人間だけではなく、あらゆる生物がアンデッド化して一糸乱れぬ大行進だ。
人間の亡者だけなら十万を少し超えたくらいだろうが。
魔物や動物が加わった分、二十万を超える集団になっている。
対して、守備隊は援軍を含めて四万。
しかも広大な平野なので超音速飛行を使い、一直線に薙ぎ払うことも難しい。
「……まあ、何はともあれ。やるしかないな」
大精霊がいないと、独り言ばかりが増えて少し寂しい。
そんな思いもあるライナーではあるが、大精霊は決戦までに戻って来なかった。
ライナーの速度について来られて、空を飛べる観測手など彼以外にいないのだが。無いものねだりをしても仕方がないので、ライナーは前を向く。
防衛陣地を後方に置き。先日使ったライフルを再び構えた。
「西の三十万すら捨て石にしたんだ。……何があるかは分からないが」
全て叩き潰すだけだ。
そう呟くと同時に、決戦の始まりを告げる銃声が鳴り響いた。
八つの砲身が火を噴いて、迫り来る敵に銃弾の雨を見舞って行く。
「……流石に硬いな」
先日は一射につき五、六人は倒せた。
しかし今日は盾持ちがよく防ぎ、被害は少ない。
剣や槍で銃弾を迎撃する者がいたり、仲間の身体を盾に使ったりもしているので、一射につき二、三人という被害に留まっている。
殲滅速度は半分な上に、悪路でも隘路でもなく行進速度が速い。
守るべき味方がすぐ後ろにいるので、後退や仕切り直しも難しい。
先日と比べれば、敵に分がある戦場だった。
「泣き言を言っている暇もなし。大技に割く分のリソースも、銃弾に載せよう」
正面からぶつかれば、数が多い方が勝つ。それは当たり前のことだ。
少しでも多くの戦力を削ることが役目ならと、ライナーは射撃間隔を三秒に一回から一秒に一回へ切り替える。
「とにかく速く……もっと速くだ!」
八つの銃身へ三倍速でリロードを行い、狙いは適当なままぶっ放す。
無心に。一心不乱に、ライナーは打ち続けた。
◇
「野郎ども! この先には一兵たりとも通すんじゃねぇぞ!」
左翼側で一隊を率いたマーシュは。手にした大剣を敵陣へと向け、戦闘開始の合図を送った。
そのまま先陣を切って駆け出すと、凄まじい剣速でアンデッドたちを切り刻んでいく。
「オォォオオオオオッ――ラァッ!!」
斬った流れで、勢いを載せてまた次の斬撃へ。
その間隔は徐々に短くなり、剣が通り過ぎた残像が残る。
遠目には剣の軌跡が重なり。
球体にすら見えるほど連続した斬撃を繰り返して、敵をミキサーにかけたかのように細切れにしていった。
無双はしていたが、一騎駆けだ。
後に続ける者は流石にいなかった。
「出過ぎだっての、このバカッ!!」
「ジャネット、頼む!」
そんな彼の両翼へ二股に伸びた火炎が飛んでいき、爆発が更に敵兵を吹き飛ばす。
ポッカリと空間が空くため味方への圧力は減るのだが、付いて行く方は一苦労だ。
「支援攻撃は、隊長の周りを中心に! 足並みを揃えて、前進!」
上官が先陣を切れば士気は上がるし、目の前で頼りになる将が暴れていれば味方にも勢いが付く。
それはいいとしても。
隊長がそれでは、部下にも突っ込む以外の選択肢が無くなってしまう。
だからマーシュは指揮をテッドに丸投げしてから、猪突猛進に突っ込んでいった。
「隊長が引いたら、大盾隊は三十歩、前へ! 斧部隊は盾隊の後ろで待機!」
彼らは自警団として働いて、そのまま国軍になるべく教育も受けていた。
しかも将軍であるノーウェル直々の指導だ。
おかげでテッドにも、下士官の真似事ができている。
「あたしは斧より、槍の方が好きなんだけどなぁ」
「文句言わない! パーシヴァル、そろそろマーシュに撤退合図!」
「了解!」
マーシュは凄まじい攻撃力を誇る。
しかしスタミナが無いため全力で戦えるのは五分で限界。
パーシヴァルは短距離走ならライナーと並ぶレベルの脚力を持つ。
しかし長距離を走ることには不向き。
マーシュとパーシヴァルの二名は、完全に瞬発力特化だ。
尖った性能をしているが、こういう時には役に立つ。
パーシヴァルは、マーシュが開いた道が塞がる前に、ギリギリまで前へ出て。甲高い風切り音を響かせる
「ん? おっし、反転の合図だな。オラッ――邪魔だゴラァアアア!!」
敵陣へ深く切り込んだマーシュが、反転して。
今度は味方の陣地に向けて突進を始めた。
ただし、斜め四十五度に曲がったルートを辿っており、到着先は陣地の中心から少しずれる。
「よし、作戦通りだ。シトリーは斧隊を指揮、ジャネットは魔法使いを集めて、十時の方向に支援攻撃!」
ズタズタに引き裂かれた戦列から飛び出してくるアンデッドを各個撃破だ。
ライナーのいる中央地点で乱れた列を、マーシュが壊滅させる。
その上で叩く戦法を採ることにした。
確かにこれで優位には立てるが。しかし、これは序盤でしか使えない。
マーシュが手傷を負うか、スタミナが切れた瞬間に通常の戦い方をせざるを得なくなる。そうなれば戦力はガタ落ちだ。
いつまで続くか分からない、博打に近い戦法だった。
「本陣から伝令! 中央軍は優勢、右翼軍は劣勢です。右方に援軍を送るので、左翼は現状を維持とのこと!」
「僕らの隊は遊撃だって言ってるのにぃ!」
彼らはノーウェルから自警団に引っ張り出されて、流れで軍に身を置いていたが。本業は冒険者なのだ。
どうして自分が今、戦場に立っているのか。
そもそも何故自分が、采配を振るうことになっているのか。
テッドにはまるで分らなかった。
「状況は分かるよ。流れは分かるんだけど……どうしてこうなった!?」
「あはは……まあ、諦めるしかないよねぇ」
「ほらテッド、さっさと指示を寄越しなさいよ! 次が来るわよ!」
パーティメンバーの中で、指揮に向いているのは彼一人。
そもそも左翼側は軍事行動に向かない強者ばかりを集めたので、他に候補もいない。
「なんでこんな配置になったんだよぉ、もう……」
統一された武器を使ってはいるものの、戦いぶりは蛮族と変わらないし。
指揮を代わってくれそうな人材もいないのだ。
そんな人材がいれば、とっくにテッドは席を譲っていただろう。
「がんばれーテッドー」
「ほら、さっさと指示!」
「うぉら邪魔だ邪魔だぁぁああ!!」
「伝令が来たよ!」
頭を抱えたくなるが、そんな暇はない。
パーティメンバーも好き勝手に言ってくれるところを見て、テッドは悟りを開きつつあった。
指揮官とは孤独。
誰とも悩みを共有できず、一人で重責を背負い一人で死んでいくのだと。
まあ、そう思ったところで突如逆転の秘策を思いつくわけもなく、彼はただ指揮棒を振り続けるしかなかった。
のだが。
「右翼側、崩れます! 後詰は右方に向かうので、援軍はアテにしないでください。とのこと!」
「左翼も崩れそうだ、どうにか援軍をくれって送り返して」
「え?」
実際にはマーシュが絶賛大暴れ中で、崩れる気配は全くない。
しかし敵の層が、徐々に厚くなっているのが見える。
その後も続々と伝令が届くが、どうやら敵は中央付近にいるライナーを避けて、左右に狙いを定めてきたようだ。
右が手厚くなれば、左に流入する数が増える。当たり前のことだ。
「大丈夫! こっちも崩壊する予定だから、ほら、早く!」
「い、いいのかなぁ……」
堂々と情けないことを言うテッドを背に、パーシヴァルは伝令として走り出した。
彼女が全力で駆けるなら、本陣との往復で限界だ。
だから、そこそこのペースで走り始めたパーシヴァルは――
「え? うそ、あれって……」
――丘を一つ越えたところで、後方から迫る軍勢に気づく。
その数、概算で三万。
左翼軍の倍を超える軍勢が、東側の道から進軍してきていた。
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