第九十八話 和解



 以上が、ドラゴンゾンビ討伐の顛末だ。

 これを聞いたライナーは、考えを巡らせる。


「迫る脅威は、アンデッド、天変地異、疫病」


 アンデッドの侵攻には何とか持ちこたえられているし、天変地異については悪天候続きというくらいに留まっている。

 それに、どちらもライナーが手に入れた新しい力で対応は可能だ。


 唯一の懸念だった疫病だが。これは正体が分かっていなかった。


 墓地から這い出てきた死体が不衛生なのは当たり前だし、戦いで死者が出れば病気も流行るだろう。

 しかし、国や大陸を滅ぼすような脅威は観測されていない。


「ドラゴンゾンビ……毒、瘴気……か。それが発生源だとしたら」


 疫病とやらの発生源がドラゴンゾンビだとするならば、滅びの危機は防がれたのだろうか。

 いずれにせよノーウェルの働きは殊勲ものだ。

 どう報いるかと思案していれば、不意にマーシュが睨みを利かせた。


「師匠は、きっと死ぬ」

「……そうだな」

「何とも思わないのか?」

「そんなはずないだろう。……でも今は、稼いでくれた時間をどう使うかが大事だ。前を向いて、進むしかない」


 ここで悲しみ動きを止めれば、それこそ何万という犠牲が出る。


 止まることは許されないとばかりにライナーが地図へ目を移そうとすれば。それを遮るように、マーシュが立ちはだかった。


「それで、お前はどうすんだよ」

「対応を考える。後は俺がやっておくから、マーシュも休んでくれ」


 やはりと言うか。ライナーは彼のことを遠ざけようとする。

 しかし彼らも長い付き合いだ。

 何を考えているのか予想がついたマーシュは、更に距離を詰めた。


「……ライナー、俺はお前が気に食わない」


 マーシュは遺言を果たすべく、ライナーに向き直る。

 ――腹を割って話すには、まず怒りをぶつけることからだ。


 そう思い、今までの。

 過去十年来の不満を全てぶちまけ始めた。


「お前はいつもそうだ。おばさんが死んだ時も、親父さんが死んだ時も。辛くて苦しい時も。お前は、一度も俺たちを頼らなかった!」


 思い出すのは、冒険者を始めたばかりの時期だ。


 肉親を全て失っても、弱音を一切吐かないどころか。ライナーはマーシュたちの方を見てすらいなかった。それは事実だ。

 しかしいきなり何の話かと訝しんだライナーへ、マーシュは更に続ける。


「俺たちは、そんなに頼りなかったか?」

「それは……」


 ライナーも、はっきりとそう思ってはいなかったのだが。確かに頼ったことはない。

 真意をどこまで話したものかと逡巡したライナーへ。

 マーシュはただ、言葉を投げかける。


「分かってんだよ……今なら分かる。俺たちが相手にしてたのは、あの時の俺たちじゃ絶対に倒せなかった敵だ」

「……何を言っているんだ。実際に倒せていたし、依頼に失敗したことはなかった」

「お前があれだけ無茶をすれば、それも当然だろ」


 ライナーが在籍していた当時、パーティの実力はE級上位か、Ⅾ級下位がいいところだった。

 それがC級の敵を薙ぎ倒していたのだから、分不相応な依頼を受けていた自覚は既にある。


 しかし、蒼い薔薇として活動し始めてからもそうだが。

 パーティが受注する依頼は、全てライナーが選んでいた。


 それは、絶対に達成できない依頼を弾くという意味でもそうだが。ライナーが無茶をすれば押し通せるレベルのものを、厳選するという意味もあったのだろう。


 それに気づけば、あとはそんなことをする理由を考えるだけだ。


「お前、焦ってただろ。少しでも早く高難易度依頼をこなそうって」

「……冒険者なら、誰でもそうじゃないか」


 早く上に行きたい。野心家が多い冒険者は当たり前に考えることだが。

 ライナーには野心が見えず、淡々と仕事をこなすばかりだった。


「そうだな。冒険者は皆そうだ。でも、お前は違う。親父さんの影を追うお前の暴走に、俺たちを巻き込んだとでも思ってたんじゃないのか」


 だからマーシュに心当たりがあるとすれば。彼と両親の別れについてだ。

 特に、冒険者として独り立ちをした時期の事件が原因だと思い至った。


「……俺が過去を引きずっていたと言いたいのか?」

「そう見えんだよ。こっちには」


 父であるライガーは、新米冒険者として活動をしていたライナーたちを指導していた。

 とある依頼の最中に起きたアクシデントで命を落としたのだが。

 肉親が目の前で命を落としたのがよほど衝撃だったのか。


 父が最後に残した「誰かを守れるようになれ」、「強くなれ」という言葉に、永遠に縛りつけられている。それがマーシュの見立てだった。


「パーシヴァルから聞いたぞ。お前の戦い方は、いつ命を落としてもおかしくない、頭の狂ったやり方だってな」

「確かに。俺の発想がおかしいとは、よく言われる。でもそれは昔からで――」

「違う。そのやり方を選んだのは、俺たちが弱かったからだ」


 正しく言えば、ライナーは仲間と共に戦うのではなく。

 仲間を守るために、危険な役割を引き受けていた。


 見方によっては。

 仲間を危険に晒すような依頼を受けて、脅威から仲間を守るために戦うという方向に進んでしまったのだ。

 少し考えれば、その矛盾に気づけただろう。


「ああそうさ。薄々は分かってたよ。お前が俺たちの方を向いていないなんてことは。いや、違うな。お前はお前自身のことも見ちゃいなかった」


 しかしライナーは「最速を目指す」という目標で蓋をして、何も考えないことにしていた。

 もちろん無意識で、ある種の現実逃避を続けていたのだ。


「何を言っても無反応。それで追放の話まで出して脅かしてみても、お前はあっさりと出ていったじゃねぇか!」


 危うい方向に突っ走るライナーを何とかしようと思っても、対等な相手とは見られていなかった。

 守る側と守られる側に別れてしまったのだから、遠回しに何を言っても届かなかい。


 むしろライナーは「俺がいなくなれば、危ない依頼を受けることもなくなるか」と、守るために合理的な選択をしてしまったくらいだ。

 彼自身がそう考えたわけではなく、これも無意識下での選択だ。


 もちろんご隠居に語った理由。崩れた関係の再建には時間と労力がかかり過ぎる。その理由も嘘ではないが。

 どちらかと言えば今の話が、別れ話の真相だった。


 だから、パーティには戻る気がなかったし。

 テッドに会えば言いくるめられる可能性があったから、彼を徹底的に避け続けた。




 そして。その後出会った蒼い薔薇はB級冒険者の――当時のライナーからすれば、格上の相手だった。


 守らなければいけないほど弱くもなく、共に戦える力量があったので。彼女たちは本当の意味での仲間になる。


 マーシュが怒りを感じているのは。十年かけて仲間になれなかった自分と別れた後に、すぐ仲間となれる存在を見つけたところにもあった。


「いいか、俺はな! お前に守ってもらわなきゃいけない、弱い人間じゃない!」


 パーティを脱退する時に、もう少し話し合えば違う道もあったのだろうが。

 しかし、話の流れが速すぎた。


 考え方の根底にあるものを仕方がないとしても、大体全部ライナーのせいだ。

 そう考えてしまえばもう、マーシュにも歯止めは効かない。


「俺たちはもう、お前の後ろになんかいねぇ。横で、肩並べて戦えるんだよ!」

「相手の数を見ろ。もう冒険者が出る幕じゃないんだ。あとは軍隊で何とかする」


 とうとう彼は、ライナーの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。


 一方でライナーは冷静だったのだが。


「嘘だな! 結局お前が何とかするはずだ!」

「……む」


 実のところ、各地にいる公国兵で敵を足止めさせて。

 超音速の体当たりをすることで、全てを片付けようとしていた。


 実際にマーシュが言う通りのことを考えていたので、ライナーは言葉に詰まる。


「ああ、今のお前は国王様で偉い人だ。この際お前の下でもいい。立ち位置なんざどうでもいい! ――俺を、俺たちを頼れ! それが友情ってもんだろうが!」


 その隙を見逃さず、マーシュは速攻で。

 一息で言いたいことを言い切った。


 ノーウェルの死を目の当たりにして覚悟を決めたのか。

 彼は真っ直ぐにライナーの目を見据えている。


 暫く見ないうちに性格が変わったかと、ライナーも驚く。しかし彼は真剣だ。



「友情、か。……そんな青臭いことを言う性格だったか?」

「俺たちはまだ若いんだ。青臭くて上等だろ。……で、返事は」


 確かにマーシュたちは強くなった。

 他のメンバーがどうかは知らないが、少なくとも今の彼になら頼ってもいいだろうか。

 ライナーは返事の代わりとばかりに、やるせなさそうに笑った。


「本当に……なんて遠い、周り道だったんだろうな。お互いに、意地を張り過ぎた」


 冒険者になった時。最初の志からして間違っていたらしい。

 初手を誤って、その軌道修正に十年以上もかけた。


 ある意味最も無駄な時間だったなと呟くライナーを見て、マーシュは鼻を鳴らしていた。


「お前は十年で、俺は三年だ。俺の方が素直で可愛いもんだろ」

「……そういうことにしておくか」


 彼らは互いに意地っ張りで負けず嫌いだったのだが。

 それでも、ここに至ってようやく和解できたようだ。


 ララを奪還する時にも似たようなことはあったが。彼らに任せていいならいくつか取れる手は増えるし、犠牲だって減るかもしれない。


 流れを考えても。

 合理的に考えても。

 彼らに頼るのが最善だろう。


 そう考えて、ライナーはマーシュの目を見返した。


「俺はここでの戦いが終わったら、各地で大暴れしてくる。……その間、留守を頼めるか?」

「分かった。無茶はしてもいいが、死ぬなよ」


 返答と共に、マーシュは手を伸ばす。

 いつ以来になるかは分からないが。

 これは子どもの頃、約束をした時に使っていた仕草だ。


「……ああ。後は、任せる」

「おう」


 互いに懐かしいものを感じながら。二人は強く、拳をぶつけ合った。







 国王という立場になってからは、対等に頼れる人間が更に減っていた。

 立場を気にしない人物筆頭だったノーウェルとて、明日とも知れない命だ。


 だから彼らが和解したのは目出度いのだが――


 風の大精霊には、気になることが増えた。



『ライナーの過去、ねぇ』


 彼が何を考え、どういう選択をするのか。

 その思考回路を形成するのは過去の経験と教育だ。


アレ・・がライナーの父親って言うなら、少し調べないとな』


 ライナーたちには感じるすべもないが。アンデッドたちの中心で、気配が膨れ上がりつつあった。

 ドラゴンゾンビを遥かに超える邪気が、時間と共に増加していく。


 ライナーの行動次第で、先の世が。

 未来の方向性が変わることも十分にあり得る。


『結果によっては――いや、考えるのは後でいいか。一度視て・・みないと』


 その晩、ライナーたちが眠った頃。大精霊は一人、王都にある精霊の社へ飛んだ。


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