第百五話 これが最終決戦



「おーおー、派手にやってるじゃねぇの」


 各所で味方が薙ぎ倒されているというのに、その男は悠々と歩みを進めていた。


 身の丈を超えるほどの大剣を片手に。通りがかりの人間を、まとめてあの世に送り届けて。

 自宅の庭を散歩するくらいの気軽さで戦場を行く。


「いつの時代にも、英雄ってのはいるもんだな。まあ願わくば、これ以上の被害が出る前に俺を殺してほしいもんだが」


 彼が生きていた頃は普通の・・・A級冒険者というくらいの実力だった。


 地方では最強格だとしても、中央にはもっと人材がいたのだろうし。

 彼より強かった人間は何人もいる。

 アンデッドになった人間の中にも当然、ライガーより強い者はいた。


「それでも俺が選ばれた・・・・ってんなら……その英雄は、やっぱりアイツなんだろうな」


 生前の肉体を超える力を手にして。

 今もなお、力の流入が止まらない。

 ライガーには何者かの意思で、強制的に身体を強化されている感覚があった。


 ――世界を救う人間を討つために。世界を滅ぼそうとする何者かが、縁者である己を利用しているのだろう。

 彼にも薄々、それが分かっていた。


「力を与えて生き返らせてくれるだけなら、一生あがめてやるほど感謝するんだがな」


 独り言でも呟いていなければ、すぐに飲まれてしまいそうになる。

 今や彼の思考は、生者への憎しみ――世界への憎悪――で埋め尽くされていた。


 親しい知り合いを数人見逃すことができたのも、今にして思えば奇跡だ。

 次に出会えば間違い無く殺しにかかるだろう。

 歪められた自分の意思・・・・・で。喜んで殺してしまうはずだという確信があった。


「しかし、これも運命さだめってやつか」


 合縁奇縁を感じながら。彼はこの戦場で、最も厄介な一団の元に辿り着いた。


 そこに居たのは、かつて自分が鍛えた教え子たち。

 そして、彼の息子との縁を深く感じる者たちだ。


「奴らを殺したら……ライナーは、俺を殺しに来るんだろうが」


 できれば来ないでほしい。

 このまま世界が滅ぶとしても、自分の目が届かない場所で死に絶えてほしい。


 そう願う一方で。

 自分の手で殺してやりたい。

 全身を切り刻んでやりたいという狂気的な思考が湧き出してきている。


「はぁ……まあ、考えるだけ無駄だな。なるようにはなるか」


 生前からしてそうだ。考える頭があるなら、冒険者というやくざな仕事ではなく、事務方の仕事でもしていただろう。


 結局自分にはこれしか道が無いのだと再確認して、彼は剣を肩に担ぐ。



「そうだ、俺にできることなんざ、結局コレだけだ。昔も今も、これからも」


 人類を滅ぼすために生み出された最強のアンデッドは、ゆっくりと大剣を構えて。


 まずは一番近い場所にいた、フルプレートアーマーの人物を標的にし――爆発的な速さで襲い掛かる。







    ◇








「……?」


 彼女は幼い頃から、人の悪意や真意を見抜く教育を受けていた。


 冒険者を始めた辺りからは、暗殺者や追手がいないか。常に周囲の状況、気配を探る生活をしていた。

 経験、生い立ちから。人の感情や、向けられる視線には敏感な人間だったのだ。


 そうでなければ、最初の一撃で終わっていたかもしれない。


「――ッ!!」


 膨れ上がった殺意の方向に振り向くこともなく、彼女は咄嗟に盾を構えた。


 しかしタワーシールドは一瞬で半ばまで切り裂かれ。持ち手のガントレットにまで斬撃が食い込んでいる。


 幸い、貫通はしなかったようだ。

 しかしそう考える暇もなく、彼女は盾を放り捨てて。

 腕を振り下げながら後ろへ飛んだ。


「お? これも避けるのか。意外と俊敏だな」


 敵は力を込めて、腕を斬り落とそうとしたようだ。

 その証拠に、盾はもう真っ二つにされている。


 一瞬でも判断に迷ったり。

 反撃を試みたりしていれば命は無かったかもしれない。

 そう考えてゾッとしたララの背後から、リリーアとルーシェがカバーに入った。


「なっ……! いきなりなんですの!?」

「に、人間!?」


 遊撃の二人は驚きながらも、乱入者に向けて武器を振るう。

 ルーシェは得意武器でないものの、刺突という動作は何千何万と繰り返してきた。


 伊達に長年冒険者をやっていたわけではなく、二人は十分に必殺と呼べる威力の攻撃を仕掛けたのだが。


「あ」

「え?」


 喉元と心臓。

 二か所に刃が届くか否かというところで、武器の半分から先が消えた。

 大剣で武器を破壊されたと気づいたのは、攻撃が空振りする直前だ。


「うわっ!?」

「退避ですわっ!」


 並みの筋力では持ち上げることすら困難な得物を、下から上に振り上げる。

 その動作ですら、辛うじて目で追えるというくらいだった。


 だから。振り下ろしがどんな速さで。

 それがどんな威力なのかも一瞬で想像がつく。

 言葉を発するよりも先に、二人は後ろへ飛んだ。


 その直後。


 大地が砕けて。余波で生じた衝撃波だけで、絶命に至らしめるような一撃が見舞われる。


「なるほどねぇ。B級上位……育てばA級もあり得るってところか」


 攻撃を避けられたというのに、男は土煙の向こうで――何故か嬉しそうに笑う。


 ゆらりと剣を構えて、再び攻撃に移ろうとしているのだが。

 数々の戦いを生き抜いた経験が。本能が二人に告げていた。


 ――勝てない。


 それはかつて、赤龍と対峙した瞬間に感じた脅威と同じか。それ以上の感覚だ。



「あ、あわわわわ」



 慌てる女が次にどう出てくるか。それを見定めようとしたライガーだが。


 リリーア、ルーシェ、ララの三名は。

 迷うことなく逃走を選択した。


「命あっての物種ですわ!」

「今回ばかりは全力で同意よ!」

「……ん」


 思い切りのいいことだと、感心するやら呆れるやら複雑な気持ちになったライガーだが。

 いずれにせよ、無防備に背を向けているなら討たせてもらおうか。


 そう考えて再び突進を始めた直後。


「出番です!」

「ひ、ひぃぃいいいい!?」

「お、テッドの坊主じゃねぇか。久しぶりだな」


 ルーシェが合図すると。進行方向に居たテッドが壁となり、追撃を防いだ。


 ララのタワーシールドが、様子見の一撃で真っ二つにされるところを見ていたので。彼は反撃などは一切考えず、ただ全力で攻撃を受け流す。


 大剣の切っ先に対して、盾を斜めに構えて滑らせたり。

 大剣の腹を叩いて軌道を変えたりと、たった数秒でも粘った。


「えいやー」

「だっりゃぁああ!!」


 動きが止まったところを見て、今度は中衛の二人が動く。


 左の脇腹を目掛けて、シトリーがハルバードを突き出し。

 右からは、テッドを巻き込みかねない勢いで、セリアが大戦斧を振り下ろした。


「おう、いい連携だな」

「ありゃま」

「うげっ! 嘘だろ!?」


 しかしライガーがペン回しのように、器用に大剣を旋回させれば。


 それ程力を入れていないようなモーションなのに、シトリーの槍が切り落とされて。大質量を持つセリアの戦斧も、真っ二つに砕け散った。


 同じくらいの重さを持つ武器がぶつかって。何故己の武器だけが破壊されるのかと、セリアは呆気に取られている。


「一流止まりだな」

「あ」


 シトリーはさっさと距離を取ったが。

 絶対の自信がある、必殺の一撃で撃ち負けたセリアは硬直していた。


 こういう時の立て直しの速さ。

 それが一流と超一流を分ける壁なのだと、一人納得をしながら。

 セリアの首を狙った一撃は――又してもテッドに受け流された。


「いたたたた! 痛い! 死んじゃう!」

「あ、わ、悪い……」


 しかし強引に割り込んだため、今度こそ盾を破壊されて。

 腕も薄皮一枚切れたテッドは、大袈裟なくらいに痛がって地面を転がった。


「泣き虫なところは相変わらずかよ……」


 と、少年の頃のテッドしか知らないライガーは再び呆れたのだが。

 流石にこれは作戦だった。


「ウォォオオオアアアアアッッ!!!」

「なっ――がっ!?」


 セリアとテッドに気を取られた彼の背後から、超高速度でマーシュが襲い掛かる。


 振り向いたライガーの背中にテッドがしがみつき。

 ついでに脇腹へ短剣を刺す。

 その様を見たセリアも、一瞬遅れて足をガッシリと掴んだ。


「獲ったッ!!」


 十分な加速をつけたマーシュは、全力で大剣を振りかぶり。

 己の全てを懸けて。

 全身全霊を込めた一撃が、ライガーの首を刎ね飛ばした。


「まだまだッ!」


 しかし、攻撃はここで終わらない。

 首が無くなったくらいでは、アンデッドは活動を止めないのだ。


 だから彼は油断せず。

 暴風のような攻撃の連続で、ライガーの身体を粉微塵にしていく。


「これで、終わりだッ! 食らいやがれやぁぁあああああッッ!!」


 血は一滴も流れない。

 しかし、無数の肉片と骨片になるまで砕け散ったライガーの姿を見て、マーシュは雄叫びを上げた。

 そして一瞬の間を開けて、叫びが止まった。


「はぁ……はー。……は、はは。少し、張り切り過ぎたな」


 一瞬に全ての力を注ぎこんだマーシュは、地面に片膝をついて荒い息を吐いた。


「マーシュ。もっと早く助けてよ、もう……」

「間に合ったんだから、文句言うなよ」

「いやぁ、助かったわ。しっかし危ないところだったな」


 セリアとテッドは無事に救出されたし、リリーアたちは王都から連れてきた護衛の元まで撤退した。

 ベアトリーゼの砲撃で傾けた戦況は、依然として有利なまま進んでいるし。


 敵の大将と思しき者を討ち取ったのだから、いよいよ勝利が見えてきた。


 そのはずだった。



 最初に異変を目撃したのはセリアだ。


 今倒した相手が、報告にあったライナーの父親なのだろう。

 ならば手くらい合わせておこうかと思い振り返った瞬間。

 異様な光景が目に飛び込んできた。

 切り裂かれた身体が集まり始めて、急速に元の形を取り戻していく。


「ヤバい! 再生してるぞ!」

「あそこまでやったのにかよ!」


 深呼吸をしたマーシュは再び攻撃を始めたものの。

 スタミナが切れたため、破壊が再生に追いつかない。


 ならばとセリアも戦場に落ちていたメイスを拾って殴りつけたし、シトリーも同じように攻撃を再開したのだが。


「な、なんか、段々治りが早くなってきたような」

「喋ってる暇があったら、攻撃しろ!」


 後方で控えていた騎士たちも参加して、代わる代わる攻撃を加えていくが。

 いよいよ元の姿を取り戻したライガーは、ニヤリと笑って言う。


「残念だが、俺は不死身だ」

「――逃げろ、お前ら!」


 治りが速くなるどころか、段々と刃すら通さなくなってきている。

 もう無理だと判断した瞬間。

 マーシュは周囲の人間を押し退けて、最後の攻勢に出た。


 乱舞で再び五体を切り離すと、手振りで撤退を合図する。


「がっ……は! はぁ……。はぁ……ぐっ……!」

「やるようになったな。生身だったら負けてるところだ」

「そう……だろ、ははっ?」


 仲間を逃がして、最後まで残った青年の成長を喜ばしく思う。

 しかしそれはそれだ。

 彼も自分の手で送ろうと、ライガーは再び大剣を振り上げた。


「もう休め」

「……生憎あいにくと。アイツは、まだまだ。俺のことをコキ使うみたい、なんでね」

「アイツ? それはライナーのこと――チッ!」


 言い終わらないうちに。ライガーは首を大きく傾けて、攻撃を回避した。 

 その直後。

 彼の頭があった位置を、正確に銃弾が通り過ぎて。


 余波がマーシュに被害を出しながらではあるが、二人は強引に引き剥がされた。



「報告を聞いた日から、こんな時が来るとは思っていた」



 西の空で暴れていた男は。突然左翼が崩れ始めたのを見て、援護に駆け付けた。

 そして。そこで待っていた人を見て。

 ただ、静かに決意を固める。


「来ちまったか。……そりゃあそうだよな。あれだけ暴れりゃ、嫌でも目に付くわ」


 互いに避けたかった戦いではあるだろうが。

 息子の仲間たちは満身創痍で、父親の配下は壊滅状態にある。

 今、まともに戦える状態にあるのは彼ら二人のみ。


「下がっていろ、マーシュ。あとは俺がやる」

「……できれば。俺が、何とかしてやりたかった……けどな」

「お前は十分にやってくれた。これから先は俺の役目だ」


 そう言いながら。宙に浮く七つの砲身と、己が構えるライフルを敵に向け。

 ライナー・バレットは、高らかに宣言をした。



「俺が決着をつける」



 対峙する二人のうち。

 生き残った方が敵を殲滅するだろう。


 ライナーが勝ったなら、この戦場にいるアンデッドは残らず駆逐される。

 ライガーが勝ったなら、この戦場を蹂躙して。公国は一気に滅亡する。


 これが最終決戦。

 そう理解して、二人は向かい合った。


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