第百六話 怪物と化物



 親子の陣営は、完全に分かたれた。

 息子は世界を救うため。

 父親は世界を滅ぼすため。

 和解などあり得ない、修羅の道を進もうとしている。


「本当に……父さんなんだな」

「おいおい、俺以外の誰に見えるんだよ?」


 先ほどの戦闘を目の当たりにした、周囲の人間は遠巻きに戦っているし。アンデッドたちもライガーを避けて通ったため、二人の周囲には大きな空間が広がっていた。


 死別した家族と二人きりで再開したというのに。その雰囲気はひどく重苦しい。


「……大きくなったな。最後に見た時は、俺の腹くらいまでの背だったか」

「流石にもう少し大きかった。胸元くらいまではあったさ」

「そうか。言われてみれば、そうかもな」


 救世主を見つけたライガーの全身が。細胞の一つ一つが、歓喜の声を上げていた。――奴を殺せ。壊せ。滅ぼせと。


 感動の再会だというのに、支離滅裂な感情だなとは思いつつも。

 既に頭の中は黒く塗り潰されて、もう生前の記憶すらうろ覚えになってきた頃だ。

 彼の全身から、抗いきれない衝動が湧き出している。


「悪いな、ライナー。俺は、全部滅ぼす」


 息子の大きくなった姿を一目見られた。

 それだけで、このまま成仏してもいいかと思うライガーだが。

 それでも彼は、止まることはできなかった。


 既に、彼の意思で止められる段階は過ぎている。

 だから少しだけ、寂し気な顔をしたのだが。


「そんなことはさせないさ。……俺が止める」


 ライナーはいつも通りに淡々と、しかし自信に満ちた声で答える。


 その言葉に頼もしさを覚えながら、ライガーの意識は闇の底に沈もうとしていた。


「ああ、そうかよ。……そろそろ、自我を、保つのも限界だ。止めたきゃ殺せ。……間違う・・・なよ・・

「……ああ。迷いも、間違いもなく。俺が倒す」

「はっ。貧弱なお前に、偉大なお父様が倒せるかな?」


 軽口を叩いてから。

 互いに目を瞑り、一瞬の間が空いた。


 これが最後と察したライナーは、目を開き。

 父の姿を、瞳に焼き付けながら言う。


「父さん。俺、強くなったんだ」

「ああ、見てたぜ。俺の息子は、いつの間に怪物になったんだろうな?」

化物バケモノの息子だ。そう育つのは当たり前だよ」


 どちらからともなく。

 ライナーは銃の照準を合わせて、ライガーは大剣を構える。

 再開を喜ぶ間もなく。二人は得物を敵に向け合った。


 それは、訣別の証でもある。


「加減はできねぇ。俺は不死身だから、気を付けろよ?」

「分かった。……母さんに、よろしく」

「気が早すぎるぞ。そのセリフを吐くのは、勝ってからにしろ」


 それじゃあ、やるか。

 そうだな、父さん。


 そんな会話が交わされた、次の瞬間。

 先手を取ったのはライガーだった。



「行くぞ――怪物!」

「来い、化物」



 目で追えるか、追えないかという速さで、ライガーは飛び出した。

 残像が残る速さで迫り来る敵に対し。

 ライナーはごく冷静に対処する。


「複合精霊術、《エア・バレット》――出力、全開!」


 ライナーは八つの砲身のうち、まずは四つで牽制射撃をした。

 十分にチャージされた風が爆発し、最大威力の銃弾が襲い掛かる。


「甘い! 《斬空閃》!」

「流石に、これで倒せるとは思っていないさ」


 二発は避けられ、二発は剣先で切り落とされた。

 その上で、反撃だ。

 ライナーへ向けて、虚空を切り裂く斬撃が飛んできた。


 しかしライナーは旋回して斬撃を避けると。空中から大地の精霊術を発動し、更なる攻撃を仕掛ける。


「大地の舞い三式、《歓天喜地かんてんきち》」

「おっ?」


 地面が砕けて割れ、大小様々な形のトゲが無数に隆起する。

 中にはドラゴンすら貫けそうな、馬上槍のようなものもあったのだが。

 ライガーは槍を足場にして、器用に空へ駆け上がる。


「こんな虚仮威こけおどしが効くかよ!」


 むしろ、空中を飛ぶライナーの元まで近寄りやすくなったとばかりに。走るライガーの眼前へ――銃弾が飛んできた。


 それも一発や二発ではない。

 待ち構えていた数十発が一斉発射されて、彼を地に叩き落とそうとする。


「罠に追い込むのは、斥候の基本だよ」


 目の前に足場ができれば、登ってくるのは当たり前だ。だからライナーは、大きめのトゲのいくつかを選び。

 その周りで、空中に浮かせた銃弾を発射待機させていた。


 空中戦で放った適当撃ちを披露したライナーだが。

 敵の行動範囲を絞っただけあり、命中率は高かった。


「はっはっは、こんな斥候が居てたまるか!」


 流石に防御しきれず、被弾したライガーは空中に身を投げ出される。

 しかし、着地する予定の地面が形を変えて。尖った地面が、今度はへこみ始めた。


「大地の舞二式、《咫尺之地しせきのち》」


 単純な攻撃なら回避か防御をされて終わりだが。着地先の地形が丸ごと変わっていくので、これでは避けようがない。


 空から降ってくる敵をそのまま、深い窪地くぼち状の落とし穴に嵌めたライナーだが。ここで、修行の果てに得た新たな力を初公開した。


我流・・精霊術、《ダウンバースト・ストリーム》!」


 これは風の精霊術を、自分が使いやすいようにカスタマイズしただけなのだが。

 下降気流を一か所に収束させて。常人なら潰れるほどの圧力を生んだ。


 重力波にも等しい吹きおろしの風に抗いながら。ライガーは落とし穴の壁を蹴り、地上へ跳ぼうとした。

 しかし、彼の眼前にはとんでもないものが待機していた。


「おいおい、マジかよ……」

「これで――決めるッ!」


 落とし穴から抜け出る前に。独楽コマのような形をした巨大な岩が、空中に姿を現した。


 ライガーが降り立った窪地へと、きっちり収まる大きさの岩石なのだが。

 それが横に高速回転しながら、重力と圧力を受けて射出された。


「技名はない。敢えて言うなら複合精霊術、《エア・ドリル》か」


 淡々と言うライナーだが、撃たれた方はたまったものではない。


 音速の壁を簡単に突き破り、隕石と見紛うばかりの速さで飛んでくる巨大な物体。

 しかも精霊術で生みだしただけあって、硬さは一級品のものだ。



「ぶっ潰れろ」



 落下位置は穴と噛み合っており。木組みをするように、岩は大地へ嵌まろうとする。

 着地の衝撃で地震が起きて、戦場にいた兵士たちのほとんどが転ぶ有様だ。

 物理的な威力がある分、火力は凄まじい。


 直撃すればドラゴンでも倒せるだろう。

 が、しかし、ライナーは大地の精霊術が不得意だった。


「……む。これは……結構キツイな」


 もしもこれを使ってアンデッドを殲滅しようとすれば。二、三万人ほど倒した段階で戦闘不能になる。

 火力が高い分コストパフォーマンスが悪い。そんな戦法だった。

 しかも発動には、かなりの前準備が必要になる。


「それでも、労力に見合った威力はあるな」


 例えば罠に嵌める際に撃った銃弾は。ライガーの体内で破裂させるために、敢えて柔らかくしておいた。


 身体を突き抜けないように威力を調整し、身体中に弾を埋めて機動力を奪い。

 更に、落とし穴に嵌めて機動力を奪い。

 トドメに、下降気流で機動力を奪い。


 徹底的に相手の速度を落として、発動までの遅さを埋めた。


「地面に埋まれば行動不能だと思ったんだが……。これで終わりというわけでも、なさそうだな」


 そう言っている間にも、《エア・ドリル》の着弾地点から嫌な音が響いていた。


 人間が全力を出せば身体が全壊するので、脳が機能に制限をかけているという説もある。が、少なくともアンデッドにそれはない。


 剛力無双を誇った男が更に強化された挙句、再生するに任せて全力で破壊を繰り返せば――。


「オラァ! どうしたライナー、切り札はお終いか!」


 彼は大剣で削岩しきり、必殺の一撃は突破されてしまう。

 よく見れば武器には刃こぼれ一つなく。

 身体はおろか、大剣まで再生可能なようだ。


 ――しかしライナーは、既に準備万端で待ち構えていた。



「まさか。終わるわけがない」

「第二射、かよ!」


 ライガーが岩を叩き割って出てくれば、眼前には既に二発目が迫っていた。


 この大技を連発してくるとは思わなかったのか。今度の攻撃は直撃したように見えたライナーではあるが。


「どうせ掘り進んでくる。……さて、どう倒すか」


 不死身の相手に対しては、拘束という手段が有効だと思っていた。

 しかし、パワーが予想以上だ。


 身体を砕いて地中に埋めたところで、すぐにまた脱出されるだろう。

 もっと根本的な対処が必要だと、彼は頭を回し始める。


「小分けにして、金庫の中にでも入れて。各地にバラけさせるか」


 集合する身体が離れ離れになれば、封印は可能だろう。


 しかしそれをやるなら、手が届く範囲にいるライガーを先頭不能に追い込んだ上で。大地の精霊術を使って箱でも作り、閉じ込める必要があるのだが。


「接近戦は下策だと思うんだが、どうだろうな」


 近距離で戦えば。ライガーは腕の一本や二本を犠牲にしたとして、何としてでも反撃してくるだろう。


 ずっと相打ちを狙われ続ければ、いつまで避けきれるかは分からない。

 相手は不死身なのだから、削り合いに持ち込まれたら負けは必至だ。

 だから一度その考えを横に置き、また別な手段を模索する。


「……第二案。徹底的に埋める」


 このまま隕石の連打で地中に埋めたあと、大地の精霊術を使って地殻変動を起こし。星の中心部まで押し込めて焼き尽くすという、第二案を思いついた。


 いくらなんでも。マントルの中に突っ込んでしまえば、再生した端から溶けていくのだろうし。そもそも再生できないだろう。


「だが、脱出速度を考えると無理な気がする。……本格的に厄介だな」


 既に第二射も突破されつつあり、この方法で押し込めることは無理だと瞬時に悟る。


 ライナーは自分と相手の手札から、冷静に勝ち筋を計算していったのだが。作戦はどれもこれも、どうにも上手くいくビジョンが見えなかった。


「不死身な代わりに戦闘能力は低いというのがお約束だと思うんだが……反則だな、あれは」


 せいぜいA級の魔物か。あってもドラゴンくらいの戦力を想定していたライナーではあるが。

 まさか粉微塵にされても復活するレベルの再生力があるとは思っていなかった。


 ライガーはドラゴン並みの近接火力を持つ上に、不死身だ。

 この不死身という点で、あらゆる対処法のほとんどが消されてしまう。


 様々な可能性を模索したライナーは、消去法で数多の考えを打ち消していき。

 結果として。最後に残った、最も確実な・・・手段を採ることにした。



「やはり、限界を超えるしかない。直進距離は約百キロ……か」


 今のライナーが出せる限界の速度は、音速の十五倍ほどだ。

 目標とするのは最低でも二十三倍・・・・なので、まだまだ届いてはいない。


 しかしこの土壇場で、他の解決手段が思いつかなかったライナーは。その作戦をどう実行するか、具体的な検討に入る。


「最初の数秒だけ動きを止めれば、何とかなる。その隙をどう作るか」


 作戦へ考えを巡らせている間に、ライガーはとうとう罠を脱出した。


 しかし自分は空中――手の届かない場所――にいるのだから、飛ぶ斬撃にだけ注意すればいい。

 そう思い。少し高度を上げて、考えをまとめ上げようとしたライナーだが。


「……ん?」


 気づけばライガーの背中には、濃い紫色の翼が生えており。

 空中戦に対応できる身体へと進化していた。

 しかも全身の筋肉量が増え、若干の巨大化を見せている。


「…………ふむ。それも予想外だ」


 突如生まれた翼だが。

 それはどうやら地上を走るのと変わらない速さで飛べるらしい。


 音速を超えて突っ込んでくる化物を前に、ライナーの思考が一瞬止まりかけた。


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