第五話 お買い得でしたので




 明けて翌日。

 ライナーは他のメンバーとも顔合わせをしていた。


「へぇ、アンタがライナー? ま、よろしく頼むよ」


 大斧使いのセリア。

 栗毛のショートカット。


「うーん。見た目は歳相応ですね」


 細剣使いのルーシェ。

 ピンクブロンドのボブカット。


「偏屈ジジイみたいな紹介だったもんね」


 魔法使いのベアトリーゼ。

 赤髪のロング。唯一明確に年下。


「……」


 フルプレートアーマーを着こんだ、重装備のララ。

 兜を被ったままなので、中身の容姿は不明。


 ここにリーダーのリリーアを加えた五名が、蒼い薔薇の正規メンバーだ。

 そこに非正規のライナーを含む、六人パーティが結成された。


「よろしく頼む。では、早速出かけようか」


 気が早いライナーは、集合と同時に仕事をする気満々だ。

 半年もお預けを食らっていたので、彼のテンションは思ったよりも高かった。


「そうだな……まずはこの依頼なんてどうだ?」

「ま、待ちなよ。まだアタシらの戦い方とか知らないだろ?」

「そうですよ。連携くらいは確認しておきましょうよ」


 小手調べにC級依頼をいくつか見繕い、壁のボードから適当な依頼票を剥がそうとしている彼を、セリアとルーシェは慌てて止めた。


 だがしかし、彼は淡々と言う。


「俺は戦いには一切参加しない。逃げ回ることはできるから、君たちはいつも通りに戦ってくれ」


 連携して戦うわけではないので、外見と名前が一致すれば十分だ。

 ライナーは本気でそう考えているのだが、ルーシェは渋い顔をして続ける。


「それにしても、得意分野くらいは聞いてもいいのでは?」

「見れば分かるよ。得意な戦場は平坦で開けた場所。苦手なものは障害物の多い場所での戦闘だ」

「まあ、そうですが」


 大斧だのプレートアーマーだのと、一見して森や林の中で戦うような装備ではない。

 得物・・を振り回せる環境に敵を誘導してやれば、俺の仕事は終わりだ――というのが、ライナーが出会ってから五秒で導き出した結論だった。


「まあ、戦闘前の段取りだけは任せてくれ。後は語るよりも、現地ですり合わせた方が早い」

「実戦で合わせるか。うん、いいね。まあ、アタシも手っ取り早い方が好きだよ」

「ほう……」


 細かいことは抜きにして、戦場で徐々に慣らそうというライナーの提案は、主に斧使いのセリアから歓迎された。


 リーダーのリリーアも含めて、他の面子は少し不安そうな顔をしているのだが、この二人の中では合意に至っている。


「改めて、私はメインアタッカーのセリア。パワーには自信があるから、力仕事なら任せてくれよな!」

「君とは気が合いそうだ」


 力が第一の脳筋と、素早さが第一のスピード狂の間で何か通ずるものがあったのか。セリアとライナーはがっちりと握手を交わした。


 友好的なことはいいはずなのだが、彼ら二人以外の心中には、とにかく不安が広がるばかりだ。


「……大丈夫なのでしょうか?」

「まあ、成り行き次第じゃない? ダメなら次の斥候を呼べばいいし」

「……ん」


 ルーシェ、ベアトリーゼ、ララの三人は「問題児が一人増えたかぁ」と、若干気落ちした様子を見せていたのだが、しかし話は止まらない。


「ま、まあまあ皆さん。さ、早速お手並み拝見と参りましょう? 細かい話はまた道中で。おほほほほ」


 ぎこちない表情で笑顔を取り繕っているリリーアもまた、「えらい・・・人を雇ってしまったのかもしれない」などと考えていた。






     ◇






 B級冒険者ともなれば、人里離れた場所での化け物退治を頼まれることも多い。

 今回ライナーたちが受注した依頼もそうだ。


 山を二つ挟んだ地点で勢力を拡大しつつある、オークの里を攻撃するという依頼を受けている。

 お試し一発目の依頼から、二泊三日で仕事をする予定だった。


「ライナー……もしかして斧の整備、もう終わる?」

「もうすぐ研ぎ終わる。それから持ち手の布を巻き直したけど、馴染まないようなら直すから教えてくれ」

「はいよー」


 初日のキャンプ地では、ライナーが淡々と明日の準備をしていた。

 と言っても自分の準備が終わったので、今彼はセリアの斧を研いでいるところだ。


 道中で何度か戦闘をこなしたところ、彼女は使った斧を川で水洗いして終わりにしていた。

 ライナーが整備の杜撰ずさんさを指摘するれば、セリア曰く。


「頑丈だからこれでいいじゃん。切れ味が落ちたって、重さでぶった斬れるし」


 などと言っていたのだが、よく見れば刃こぼれやさびがところどころに見受けられた。


 戦斧が丈夫だからと手入れがロクにされていないことを確認したライナーが、おもむろに取り出した砥石と布で武器の手入れを始めたのが十分前のことである。


「素早さを得るための副産物で、こういうこともできるようになった」

「うわー、手際いいねぇ」


 彼がこの半年の修行で習得した技術の中には、鍛冶や工作のスキルもあった。


 本来の用途は作業の正確さを上げることがメインとして。ライナーにとっては素早さを上げるための副産物サブでしかないが、こういう時には重宝する。


「ここまで大きい斧を研いだことはないから、素人に毛が生えたくらいの技量だけどな」


 そう言いつつも手は止まらず、仕上げに入る。無駄に洗練された無駄の無い動きで斧に砥石を宛がい、流れるような動作でピカピカにしていった。


「……どうだ?」

「いやぁ、十分十分。これで研ぎに出すお金が浮くなぁ」

「応急手当だ。そろそろ本職に見てもらった方がいいと思うぞ」


 鉄の塊なので、滅多なことでは破損しないはずだけど。

 そう付け加えてから、次はレイピアのような形をした細剣に取り掛かる。


「こっちも刀身が歪んでいる……ような」

「我が家に伝わる、由緒正しい宝剣ですよ? 租製乱造そせいらんぞうの品とは訳が違――」

「その割りにはメンテナンスの金を、随分とケチっているように見えるが」

「うっ……」


 セリアはともかくとして、別にルーシェがズボラというわけではないだろう。

 それならば、研ぎに出さない合理的な理由は何か。


 頭の回転が早いライナーは、すぐに答えを導き出した。


「そうか、金が無いのか」

「もう少し遠回しにお願いできませんか?」


 ただし、彼にデリカシーは無い。

 痛い所を突かれて意気消沈するルーシェと合わせて。少し離れたところで、何故かリリーアも落ち込んでいた。


「し、社交にはお金がかかるもので」

「貴族の流れを汲むと言っていたが、もしかして没落貴族か」


 何気なく言えばリリーアの動きが止まり、弁明しようとしたのか両手で謎のポーズを作ってから、ガックリと項垂れる。


「……貴方が前のパーティを解雇された理由が、分かる気がしますわ」

「そうだろうか」


 さて、雑談も人生の潤いではあるが、それで作業が止まれば時間の無駄になる。


「時は金なり。貧乏人ほど素早さが大事になるというのも、真理だな……」


 没落貴族という言葉を否定しないので、彼女たちは皆似たり寄ったりの境遇なのだろうと推測しつつ。ライナーは淡々と作業を進めていった。


「貴方の情熱がどこから来ているのか存じませんが。本当に、聞いていた通りのお方ですわね」

「アリスさんは、俺のことを何と?」


 聞いていた通りと言うからには、話したのは多分受付嬢のアリスだろう。

 斥候を探しているパーティに対し、どのように自分を売り込んだのかにはライナーも興味があった。


 そして聞かれた蒼い薔薇の面々は、顔を見合わせてから、一人一言ずつ答えていく。


「協調性皆無と紹介されましたわ」

「頑固者かなぁ」

「人格破綻者ですね」

「……変人」

「あと、偏屈かしら?」


 見事にプラスの情報が一つも出てこない。

 これにはライナーも。悲しむより先にまず、呆れてしまった。


「それでよく、雇おうと思ったな」

「やむを得ませんでした。……お買い得でしたので」


 リリーアは断腸の思いで決断したかのような、非常に苦しい顔をしながら、他に選択肢が無かったため、やむを得えなかったという点を強調して言う。


「お買い得ってのは間違いないよなー。C級冒険者をF級くらいの値段で雇えたんだし」

「性格に目を瞑って能力だけを見れば、最高の条件でしたものね」


 ライナーは攻撃に参加できない。

 だから元々、普通の斥候よりは報酬が安上がりになっている。


 しかも現在はフリーだ。他所のパーティへレンタルの交渉をする必要もない。

 更に言えば、契約期間も自由。


 それどころか、まだ利点はある。


 半ば引退していたライナーを復帰させることで、冒険者ギルドからの補助金支給まで受けられたのだ。

 補助金まで込みにすると、実質タダのような値段になっている。


 そもそも彼らの街では現在、何故か・・・斥候職の雇用相場が跳ね上がっていた。


 他の街と比べて倍以上の値段になっているので、蒼い薔薇の予算内で雇える斥候はライナーくらいしかいなかった。


 それが真相なのだが、そんなことを知ってか知らずか、ライナーは大して悲しい素振りも見せずに呟く。


「まあ、賃金が低いのが、非正規の悲しいところか」

「活躍したら、働きの分は値上げするわよ?」

「それはありがたい」


 金勘定をしているベアトリーゼは何でもないように言うが、歩合も含めれば、定職に就くよりも高い給金にはなるだろう。


 安心して背中を預けられるB級パーティも、中々いるものではない。

 何にせよ、いい環境ではあった。


「まあ、それに。斥候の能力を買ってもらえたと思えば悪い気はしないな」

「えっ? そ、そうですわね。それは何よりですわ」


 前のパーティでは、攻撃力の無さもクビの理由になっていた。

 そこいくと、純粋に斥候としての腕を買ってもらえたのは嬉しくもあったのだが。


「……まだ何か隠し事がありそうだな」


 ライナーがそう言った次の瞬間には、全員が揃って顔を背けた。


 しかし彼は目を逸らさない。

 ガン見されたリリーアが、恐る恐る彼の方を向いて言うには。


「隠し事……というか、能力についてなのですが。腕力の無さ・・・・・も決め手なのですわ」

「何?」


 普通に考えればデメリットしか無いはずだ。

 そこが加点項目になる理由は何か。


「なるほど。俺が非力だから、変な気を起こしても制圧できると」

「言いにくいことを、ハッキリと言いますわね」


 ここも少し頭を回せば、ライナーはすぐ理由に思い至った。

 蒼い薔薇には女性しかいないのだから、むしろ腕力自慢の男性メンバーが来ても困るだろう。


「事実だろ?」

「それは……まあ」

「そういうワケよ。アタシたちだって、うら若き乙女だしな」


 雇った理由には得心がいった。

 そして、そんな雑談をしているうちに細剣の補修も終わった。


 話している間にララが作っていたスープと干し肉で夕食を済ませた一行は、そんなこんなで初日を終えたのだった。


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