キュンときた



 妻からのお叱りが確定した。

 有罪という判決が出たのだ。

 どうしてそうなるのかと首を傾げるリリーアとベアトリーゼに対し、ララは言う。


「この鳴き声……」

「な、鳴き声って――まさか!?」


 嫌な予感が急激に膨れ上がったリリーアだが、先ほどの鳴き声にはどこか聞き覚えがあった。

 そしてララの発言も、どこかで聞いたことがある。


 どこで聞いたかと思い起こせば、青龍の巣に訪れた時のことで。

 その鳴き声が何を意味するかと言えば。


「そう。求愛」


 それはそうだ。

 ライナーは、サラマンダーのモノマネをする、レパ・・ードの・・・モノマネをしている。

 そこをベースに改良を加えているのだから、ベースにあるのは師匠のモノマネ芸だ。


 そのレパードが真似たのは何か。

 彼のペットであり相棒でもある、火吹きトカゲのサラマンダー。

 ――が、発情期に発した声と仕草だ。


 それをそっくりそのまま繰り返したのだから、ライナーは人間で言うと九歳の少女に求愛していることになる。

 状況把握が終わった彼女たちは、ライナーへ向けて冷めた目線を送った。


「それは……有罪ですわね」

「ロリコンはダメでしょ」

「待て。俺と結婚するために、結婚年齢の引き下げを通したベアトが言うのは――」

「そっ、それはそれよ」


 早く夫婦になりたいがために、議会を牛耳って法律まで変えた女がいたらしい。


 まあ、それはベアトリーゼが十四歳になってからの出来事だったので。ライナーとの年齢差を考えればギリギリといったところだろうか。

 少なくとも、彼女の中ではセーフという線引きになっている。


「はっはっは! 龍に求愛する男を、人生で二人も見ることになるとはな!」


 そして先ほどから衝撃的なシーンが続きうろたえる近衛たちをよそに、ノーウェルは爆笑していた。


「ちょ、ちょっとノーウェルさん! 笑いごとではありませんわ!」

「しかし人間で言うと九歳でも、実年齢はライナーより上じゃないのか?」

「うっ」


 それを言えば、数千年ほど生きている青龍ですら結婚適齢期だ。

 人間とドラゴン。

 どちらの年齢を基準に適齢と判断するのかは、もちろん決まっていない。


 ドラゴンと結婚するような人類はレパードだけだと、法整備されていないのだが。

 倫理的にどうかは置いておき、法律で計れる範囲はもう超えていた。


 ならばと、ノーウェルはドラゴン娘に聞く。


「で、お嬢ちゃん。返事は?」

「そだねー。なんか、すっごい頑張ってたし。……ちょっと、キュンときちゃった」

「ほう」

「!?」


 しかも結構好感触。

 このままいけばプロポーズが成功してしまう。


 母親ドラゴンは「あらあら」とほほ笑むばかりだし、この返事にはライナーも含めて全員がフリーズしている。

 が、ここで父親ドラゴンが待ったをかけた。


「男には、やれぬと分かっていても、やらねばならない時がある」


 彼は人化を解いて元の姿に戻ると。

 怒りを爆発させて空に吠えた。


『GYAAAA!!! 親の前で娘を口説くとは、どういう了見だGRAAAAAA!!!』

「ひいっ! ご、ごもっともですわ!」


 青龍がとある王城を爆散させた時の声量と、いい勝負である。


 リリーアは仰天したし、近衛たちは腰を抜かしているのだが。

 赤龍は怒涛の如く怒りをぶちまけている。


『しかもキサマァ! うちの娘とはほぼ初対面だろうがぁぁAAAAAAA!!』

「そ、それもそうよね」

「……ん」


 興奮のあまりとても聞き取りにくい怒りの声を上げながら、彼は空に向かって火炎を吐いた。


 会うのが二度目。

 ほとんど会話をしたことがない。

 勝負にかこつけてプロポーズ。

 親の前。

 しかも結構セクシーな口説き文句。

 娘は九歳。

 二人の娘を同時に口説かれた。


 男親が激怒しそうな要素が、これでもかと盛り込まれていたのだから当然だった。


「……失敗したか」


 五分でいいから時を巻き戻そうかと悩んだライナーだが、こんな事件で精霊神に借りを作るのも体裁が悪い。

 だから彼が取れる手は、一つしかなかった。


「よし、一旦時間を置こう」

「あっ、ちょっとライナーさん!?」

「逃げたわね」

「……それは下策」


 逃走である。

 誰よりも判断が早い男は、最速で撤退を決断して飛び上がった。


 時間を置いて、落ち着いてから誤解を解くのが一番だ。

 そう考えたライナーは風の精霊術を行使して、空の彼方へと飛び去って行く。


「さらばだ」

『むわぁぁあああてぇぇええいいい!!』


 赤龍は当然の如く、ライナーを追って羽ばたく。

 最速で逃走する男に対し、これまた音速の数倍という速さで追いすがったのだが。


「待てと言われて待つ奴はいない。そして、誰も俺には追い付けない」

『キシャァアアアアッッ!!?』


 速度に関して一歩も譲らない男は、何故か相手を更に煽りつつ。

 風の精霊術で音速の壁を十数枚ほど破壊しながら、ぶっちぎっていった。


 ライナーはぐんぐん高度を上げていき、空の彼方へすっとんでいく。


 怒りを燃やすドラゴンの飛行速度ですら全く追い切れず、どうにか彼は逃げ切ることができたようだ。


 ――実際には問題を先送りしただけであり、何も解決していないのだが。


「今回のお仕置き、どうしましょう?」

「うーん。今回は私が原因みたいなところもあるからなぁ……」

「……難しい」


 残された面子を見てみれば、妻たちはいつもの夫制裁会議に入っていたし。


「あの子、アリなの?」

「パパよりずっと強そうだしー、なんだろ。本能的にありー?」


 恋バナに関して、母と娘は意外と盛り上がっているようだった。


「や、やだぁ、もうお嫁にいけない……」

「はっはっは! その時はライナーがもらってくれるだろうから安心するといい!」


 近衛たちはもう思考停止しているし、ノーウェルは笑っているだけ。


 そしてここは、ドラゴンとノーウェルが暴れたあとの焼け野原だ。

 焼け野原のど真ん中で、各々が好き勝手に井戸端会議と洒落こんでいる。


 この状況を仕切る人間もおらず、しばらくの間混沌は続いた。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 求 婚 成 功

 ライナーも一芸極めたみたいです。

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