ライナーは情熱的?



「うえええ……」

「あらベアト。どうしたんですの? そんなに疲れた顔をして」


 飛龍襲来の次の日。

 王宮と言うか彼女たちの屋敷にあるテラスで、ベアトリーゼは日光浴をしていた。


 かなり渋い顔をしてデッキチェアに寝そべる彼女を見て。

 リリーアは頭上から、ひょっこりと顔を覗き込んだのだが。


「さっき、ルーシェのところに行ってね」

「ああ、なるほど」


 今までの経験から、非常に話の早い彼女は一瞬で察した。何故ベアトリーゼが精神的に参っているのかを。


 ルーシェが最近どうしているのかと言えば、宰相として内政のまとめ役になっているところは相変わらずとして。

 公私に渡って、これでもかとバカップルぶりを見せつけているのだ。


 ツンデレに見せかけてデレデレな青龍とレパードのやり取りを見て、多少の耐性ができているかと思いきや。

 長年パーティを組んでいた友人が、二重人格と思えるほどデレッデレになっているところを見るのは堪えたらしい。


「ドラゴンたちのことを伝えたついでに。世間話をしようとしたらこのザマよ」

「ノロケが無限に出てきますからね」


 さて、お相手の方だが。

 マティアスはあらゆる面で有能な、万能補佐官と化していた。


 教養高いので外交使節の応対ができるし、交渉にも強い。

 国内有数の学力を持ち、経済政策にも理解がある。

 政治の駆け引きなどはむしろ本領を発揮する分野で、どんな仕事でも完璧に代役をこなせている。


 特別なことが無ければ仕事中もルーシェの横にいるのだが。

 距離が近い。


 そしてルーシェと肩や手が触れ合う度に意味深なアイコンタクトを送り合い。

 客の前でもさりげなくイチャついてくるのだ。


「よく見なきゃ気づかないんだけど。テーブルの下でさりげなーく足を触れ合わせたり。私が見ていないと思って、手をつないだり」


 見て見ぬふりをしてきたベアトリーゼだが、それなりに疲れたらしい。

 だから息抜きに、テラスで昼寝をしていたところだった。


「スリルを楽しんでいるところは、まあ、あると思いますわ」

「隠しきれてないのよ。見せつけてるんじゃないかってくらいお熱いわね。あの二人」

「……相手は選んでいるようですが」

「余計にタチが悪いって」


 マティアスは腕が良いので護衛も兼ねられることも考えれば。

 王子様と騎士のどちらでもいける、一粒で二度おいしい男だ。


 女性向けのロマンス小説で主役を張れるようなルックスをしているし。

 実際に甘々なところを見せられれば、彼女たちとてハマリ役だとも思う。


 冒険者をやっていただけあり身の回りのことや家事もできるし、二人っきりの世界に没入することを除けば。

 ルーシェは本当に、一切非の打ち所がない好青年とくっ付いた。


 それはいい。


 リリーアと共に、今までハズレの縁談ばかり掴まされてきたのだ。

 マティアスとてライナーからの頼みを守り、恋愛の一つもしてこなかった。


 ようやく巡り合えた良縁に舞い上がるのもいい。

 それはいいとして。



「なんだろう。ライナーは絶対そんなことを言わないだろうなって思うと、何だか変な気分が」

「ああー……分かりますわ」


 自分の夫を見た時にどう思うか。

 比較すれば。仕事が完璧なところと、家事ができるところは一緒だ。

 必要かはさておき。たまにライナーが厨房へ立ち、趣味で料理をしていたりもする。


 だが恋愛方面で見れば、ときめくようなセリフを言うことは無いし。

 人前でスリルを楽しもうと思ったら、「それは違うんじゃないか」と言えるほど完璧に隠し通して見せるだろう。


 例えば、超高速で動き。

 来客どころか、ベアトリーゼが気づかない可能性すらあるボディタッチを連打してくるのではないだろうか。

 と、そんなことまで考えてしまったらしい。


「まあ、ライナーさんにそちら・・・の方面を期待するのは無理ということで」

「別に私も趣味じゃないし、求めてはいないんだけどさ……。一回、体験してみたくない?」

「それはまあ」


 二人も元が没落貴族とは言え、家で物語くらいは読んでいた。

 大抵のお話にはドラマティックな恋愛の話が登場したので、憧れたことが無いと言えば嘘になる。

 しかし相手は真顔がデフォルトのライナーだ。


「どうしても、王子様然とした姿は想像できませんわね」

「身分的には本物の王族なんだけどね」


 と、そんな話をしていれば、今度はララが通りかかった。

 テラスにいる二人を見かけて、彼女はトコトコと歩み寄って来る。


「……何の話?」


 女王になってからは流石に鎧も兜も脱いでいる。

 隠しやすいよう短めにしていた髪を少し伸ばして。今日の彼女は一目で貴人と分かる装いをしていた。


 銀の髪が太陽の光を反射し。

 華美ではないが一級品の、白いドレスが鈍く輝き。

 そこはかとなく神聖なオーラをまとっているのだが。


 それを言えばリリーアたちのルックスにも磨きがかかっている。

 体面を保つため、美容品にかかる値段は上がったし。お仕着せもララと負けず劣らず上等なものだ。


 没落していたころですら、顔と身体目当てで貴族からの縁談が来るくらいの美貌があれど。しかしライナーがドギマギしたような態度を見せた記憶は、彼女たちには一切ない。


「ライナーにロマンティックなことは期待できないよね、って話」

「ええ。愛を囁かれたりもしてみたかったのですが、まあ、難しいですわよね」


 そう言って笑う二人を見て。


 美しき女王は首の角度を僅かに傾けたあと、数秒動きを止めてから言う。


「ライナーは……結構、情熱的」

「え?」

「ん?」


 頬を分かるか分からないかの微妙なラインで染めたララは真顔で言っている。

 そして「まさかそんなバカな」と、一瞬フリーズした二人は笑顔のままだ。


「ララの基準だからじゃない?」

「ええ。ほら、強引に壁に押し倒されて、強気に迫るとか。甘く囁くなんてことはないですわよね?」

「……わりと、やる」


 そう言われて、二人は再度フリーズする。


 確かにララは綺麗になった。

 立場上、女王を大事にするというのも分かる。

 という理解を示したあと。


 十秒ほど経ち、二人はアイコンタクトを交わして頷いた。


「あれあれ。もしかしてライナー」

「これはお話が必要でしょうか」


 ベアトリーゼがデッキチェアから降りて、リリーアが無言になり。

 二人は連れ立って、テラスから出て行った。

 行先はもちろん彼の執務室だ。


「え、あっ……」


 そして。その場に残されたララは、二人が何か誤解しているのではと思い。

 遅ればせながらに弁明する。


「あの……演劇の、練習で」


 声の小ささは相変わらずなので、スタスタと歩く二人の背中には届かず。


 妻の扱いに差を付けている疑惑が出た夫の元へ。

 少しばかり不穏な気配を漂わせた二人は、一直線に目的地へ向かう。


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最速英雄伝説~パーティを追放された俺は、素早さを極めて無双する。俺を追放したパーティメンバーが戻ってきてほしいと言っているが、もう遅い。決断が遅い。行動も遅い。とにかく遅い! 速さが足りていないッ!~ 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ @yamashita01

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