最速英雄伝説~パーティを追放された俺は、素早さを極めて無双する。俺を追放したパーティメンバーが戻ってきてほしいと言っているが、もう遅い。決断が遅い。行動も遅い。とにかく遅い! 速さが足りていないッ!~

山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ

プロローグ

プロローグ


 その日、とある冒険者パーティから、とある斥候が追放された。


 場所は冒険者ギルドに併設された酒場。

 時刻は夕方過ぎで、人もまばらな中でのことだ。


「ライナー。お前は今日でクビだ!」


 リーダーの青年はニヤニヤとした笑みを隠すことなく、斥候のライナー・バレットに向けて宣言をする。


「分かった。世話になったな」

「えっ!?」

「相変わらず、話が早すぎるよライナー……」


 ライナーが遅れて酒場に入った段階で、最近不機嫌だったリーダーのマーシュが、物凄くニヤニヤした表情をしてるのが見えた。


 だから酒場に入った時点で、ロクでもない話があるのだろうと直感していたのだが――案の定、席に着くなり追放の憂き目にあったわけだ。


 しかし彼はあっさりと追放を受け入れてしまい、これには追放する側の方が驚いている。


「同じ街で活動をしているんだ。どこかで会ったらよろしく頼む」

「いやいやいや。ちょっと待てよおい」

「まだ何か?」


 何が悪かったのか。彼なりに反省点を探してみたが、それも一瞬のことだ。

 彼は自分の仕事に誇りを持っていたし、十分に貢献したと自信を持って言えた。


 とすれば折り合いが悪かっただけだろう。

 これは人間関係の問題だ。


 そう片付けて、ライナーは既に気持ちを切り替えていた。


 そのまま颯爽と席を立とうとしたライナーの袖を掴み。

 マーシュは慌てて、彼を引き留める。


「ちょ、ちょっと待て。理由とか気にならねーの?」

「方向性の違いとか、そんなところだろ?」


 ライナーとしては既に解雇を通達されて、そして受け入れた。


 もう話はついたのだし、これ以上の話は無駄だ。

 などと考えていた。


 周囲で話を聞いていた冒険者たちは「もう少し話し合えばいいのに」と呆れていたが、ライナーには譲れない信念がある。



 それは「最速」であること。



 判断も行動も足も話も、頭の回転も何もかも。

 早く・・速い・・ことが至上だと信じている。


 早く決断できればその分の時間は浮くし、速く行動ができればその分の時間も節約できる。

 なんでも早く。そして速くこなせた方が、人生全体での経験値は大きくなるのだ。


 早さこそが全て。

 速さこそが真理。

 それがライナーの人生哲学である。


「というわけで、俺は行く」

「どういうわけだよ!? おいテッド、今後のために教えてやれ!」

「えっ? 僕?」


 マーシュが促した先に居るのは、盾使いをしている副リーダーのテッドだ。

 急に話を振られたテッドは驚いているのだが。


「まだ話があるのか……。一分以内で、簡潔に頼む」

「そういうところだぞお前!?」


 ライナーはまったくマイペースのままだった。

 これには困惑したテッドだが、彼はいつも通りのスローペースでライナーに言う。


「えっと。ライナーってさ、攻撃力が全然無いし、そもそも直接は戦えないだろ? 戦いに参加できない遊撃って、どうかとは思うんだ」


 確かに直接戦闘では使い物にならない。

 駆け出し冒険者と剣で打ち合っても負けるだろう。


 それは事実なので、ライナーも頷く。


「まあ、そうかもしれないな」

「だろ? それに、ライナーの戦法に疑問を持っているのは、マーシュだけじゃないんだよ。いや、主にはマーシュなんだけどさ……」


 斥候としての能力はテッドも認めていた。

 しかし、敵を釣り出した後はデバフをかけるだけかけて、仲間に丸投げしていく。


 戦闘開始と同時に安全圏に逃げていくライナーの姿を、彼らはいつも苦い顔をして見ていた。


 実際には言うほど楽もしていないのだが、斥候は単独行動が多いので、目立つのは敵から全力で逃亡する姿だけだ。


 だから、ライナーに追放の話を出してみるとマーシュが提案した時には、パーティメンバーからも特に反対の声は上がらなかった。


 まあ、マーシュがコテンパンに打ち負かされる結末は見えていたので。全員呆れながら了承したという背景はあるが。


「そんなんじゃ、他のパーティでもやっていけないよ」


 とにもかくにも、ライナーには攻撃力が無い上に防御力も紙装甲。

 魔物退治の依頼が中心な冒険者として、戦闘能力の無さは致命的とも言える欠点だ。


 だが、ライナーにも言い分はある。彼が索敵に出れば、敵が気づく前に敵を捕捉して、先制攻撃を仕掛けるなり待ち伏せて罠に嵌めるなりができている。


 常に有利な状況、有利な状態で戦いを始めることができた。

 作戦に失敗したこともない。


 役割分担だけを見れば、斥候として振られた仕事は完璧にこなしていたのだ。


 だから自分は貢献したと胸を張って言えたし、彼らの言葉は既に、半分以上聞き流されている。


「そうそう、お前みたいな無能、どこにも雇ってもらえないだろ? だから――」


 ご高説を続けようとしているマーシュと、呆れ顔のテッドはともかくとして。


 槍使いのシトリーは気怠そうに爪を弄っているし、魔法使いのジャネットは、この茶番が早く終わらないかと言わんばかりの渋い顔をしている。


 ――誰も反対していないので、もう追放は確定だ。


 ライナーにも色々と考えることはあり、言いたいこともあった。

 だが一度破綻した関係を修復しようと頑張るよりは、新しいパーティと新しい関係を構築した方が早い。


 そう判断して、彼はマーシュに言った言葉をもう一度繰り返す。


「まさに方向性の違いだな」

「……お前、もう面倒だからそれで片付けようとか思ってないか?」

「まさか。話がそれだけなら、これで終わりだ」


 ライナーは平素から仏頂面だが、追放の話が出されてもなお、表情は一切変わらずにフラットなままだ。


 まるで動じていないところを見たマーシュは、顔を真っ赤に染めて歯ぎしりをしていた。


「ライナー。マーシュもバカなことを言ってないで、もう少し方法を考えない? 前線で戦えれば、マーシュだって文句は無いだろうしさ。ね?」

「うるせぇ! ここまでナメられて、黙ってられっか!」


 間に入ったテッドが丸く収めようとしているが、興奮状態のマーシュは聞いていない。


「これなら追放は、やはり確定か」

「え、いや、ちょっと待ってってば」


 で、ライナーとしては、「結論が変わらない話し合いで三分も浪費してしまった」などと考えている。


 最短最速を好む彼は常に最高効率を目指していた。

 何気ない日常でもタイムアタックに挑んでいるのだ。


「三分あれば何ができたかな」


 そう呟きながら今度こそ席を立ったライナーに対し、同じく席を立ったマーシュは、顔を真っ赤に染めたまま叫ぶ。


「ぐぬぬぬ……態度を改めるなら残留させてやってもいいかと思ったが、もういい、本当にクビだ! 後悔しても遅いからな!」

「俺が遅い・・だって? 冗談だろ」


 言い争う時間があれば、それこそ本でも読んでいた方が有意義だ。

 そう考えたライナーがあっさり引いたので、今度こそ本当に話は終わった。


 ――今から何をするべきか。


 頭の回転まで早い彼は、すぐに何をすべきか思いついた。


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