第六十四話 総力戦
『な、なあライナー。ちょっとお願いがあるんだけど』
「後にしてくれ。今忙しい」
会議が終わった瞬間から大忙しだ。
結局は、出てきた作戦のほぼ全部を実行することになったので、ライナーは時間が経過しない精霊の大図書館で作業を続けていた。
アーヴィンが王都の知り合いから情報収集を進めているが、どうやら王都の貴族を中心に、二か月後に結婚式をやる予定で動いているようだ。
『いいじゃん、ちょっとだけ! な!』
「王都への移動だけで三週間はかかるんだ。構う時間が無いんだよ」
王子が結婚するとなれば普通は一年ないし二年前に式の予定が発表されて、諸外国からも賓客を招くものなのだが。
王宮は婚約式すら飛ばした、最速の日程で勝負を決めるつもりらしかった。
ララの正体が判明した時点で結婚式の招待状を配り始めたそうなので、最初から話し合いに応じる気などはなかったのだろう。
――ならば力ずくだ。全力で奪い返してやる。
そう考えて、大忙しで準備に入ったのだが。
『そんなこと言わないで聞いてくれよ! なあ、なあなあなあ!』
「本当に何千年も生きているのか、大精霊……」
目を引くために、空中と地面をジタバタと跳ね回る様は駄々っ子のようでもあり、見た目は緑色のボールがバウンドしているようにしか見えない有様でもあった。
その様を呆れた様子で見てから、ライナーは溜息を吐く。
「五分――いや、十五分待て」
『急いでるんだって! 先にオレの話を聞いてくれよ!』
下手をするとこの世の終わりまで生きる存在が、ここまで急かす用事だ。
ともすれば本当に一大事かもしれない。
「……何だ? 緊急事態か?」
それなら多少、優先順位を上げてもいいか。
そう思い顔を上げて、ライナーは用件を尋ねたのだが。
『そうなんだよ! 頼む! 供え物を倍にしてくれ!』
「分かった、一か月後に検討しよう」
おやつの催促だったので、速攻で優先順位を最下位にまで落とした。
今はそんなことをしている場合ではない。
まあ、全部片付いたら検討しようか。
と、そんな態度で仕事を再開したのだが。
『たーのーむーよー! オレのメンツがかかってるんだって!』
「菓子で保たれるメンツとは、また随分と安いな」
再びゴムボールと化した大精霊に呆れはしたが、図書館の中では時間は経たない。
精霊の頼みを聞くという約束もしたし、話を聞いてやってもいいか――と思ったのだが。
刹那。ライナーの脳裏に、新しい作戦案が舞い降りてきた。
「――で、なんだって供え物を増やしてほしいんだ?」
『他の精霊たちにさ、オレの管轄する地域では下級精霊全員に行き渡るくらいの供え物があるんだぜって言ったら。分けてくれって頼まれちゃって』
自慢したら自爆した。そういう話なのだろう。
「どれくらい欲しいんだ?」
普段であれば、「では大精霊の分の供え物を回せばいいじゃないか。沢山もらっているだろ?」とでも言うところだが、今日は違った。
『え、えっと、今の倍くらい。せめて五割増しで――』
「よし分かった。では半年の間、供え物の数を四倍に増やそう」
『ほ、本当か!? いやぁ、言ってみるもんだな!』
今度は喜びで跳ね回っているのだが、その横でライナーはにっこりと笑う。
「その代わりと言っては何だが……俺が指定したタイミング、指定した場所で、指定した言葉を話してほしいんだが。いいか?」
『おう! それくらい安いもんだぜ!』
きゃっほーい。などと言ってはしゃぐ大精霊に対し。
ライナーは内心で、便利な手駒を手に入れた。と考えていた。
「蒼い薔薇、レパード師匠、ノーウェル師匠、青龍、囚人たち、大精霊、西の王国、南の共和国、北の帝国。公爵家ゆかりの家に、反王家の貴族たち……うん、いいぞ。駒が揃ってきた」
ララを救出すると同時に、王国に大打撃を与えるための作戦は整ってきた。
限りある二ヵ月という時間の中で、決戦に向けた準備は着々と進んでいる。
☆
「ノーウェル師匠は、各領地をまとめて戦闘の準備を。レパード師匠と青龍は、これを南の共和国に。終わったらこれを西の王国に」
「うむ、よかろう」
「チッ、何故我がこんなことを……」
集まった仲間に、書き上げた手紙をどんどん手渡していく。
レパードに持たせたものは、王国から見て南にある同盟国と、西の敵国に送る親書である。
「まあまあ、これが終わればマイホームの購入資金が貯まるんだから」
「……我が子のために、精々豪華な巣を建ててもらおうか」
ブツクサ言っている青龍ではあるが、これは仕事なので例の貸しは使っていない。出すのはボーナスだけだ。
しかし彼女も、何だかんだ言いつつ働く気はあるようだった。
出産が近くなるにつれて、「子どものため」と言えば以前よりも更に釣られやすいようになっている。
まあ、勤労意欲に溢れているのはいいことかと、ライナーは夫婦から目線を切って次の指示を出す。
「蒼い薔薇の皆は冒険者を指揮してくれ。これを各地のギルドに」
「え、ああ、うん」
「もう何があっても驚きませんよ……もう」
蒼い薔薇の面々にもどっさりと書類の束を渡して行くのだが。仲間たちからすれば異様な光景だった。
ライナーは社の奥に引っ込んでから、一分も経たないうちに数十通の手紙を書き上げて戻って来たように見える。
いくら書くのが速いと言っても限度があるだろうと、驚きを隠せずにいた。
しかしここに至っては何も言うまい。そんな共通認識がある。
何も言わずに、ただ黙って受領していった。
「アーヴィンは教会関係者を当たってくれ。式の直前に手紙が届くように調整して、これをバラ撒いてほしい」
「承知致しました」
「ついでにこれも。俺たちが建てる国で、ポストを約束する手紙だ。必要だと思った人材のところに届けてくれ」
彼に渡されたのは、実に五十通を超える手紙の山だ。
アーヴィンは仕事をしくじったことがないので、任せても安心だろう。
そう思うライナーの横で、セリアはぎょっとしていた。
「え、えっと。そっちも手伝おうか?」
「必要ない。彼は優秀だ」
「そうですわ。アカデミーを首席で卒業しているくらいですから」
貴族や裕福な平民の子弟が通う学校があるのだが、彼はそこをトップの成績で卒業していた。
ちなみにリリーアは、在学中に冒険者稼業を始めていたので落第寸前。
ルーシェも欠席が多く、そこまでいい成績ではないのだが。
「リリーアの知り合いに、そんなエリートがいたなんてねぇ」
「アーヴィンはエリートでもありませんわよ?」
「え? 主席だったら副大臣くらいまでは登れるんじゃないの?」
「……出世コースは外れていました」
アレがダメこれがダメと、提言がうっとおしい。
王宮にいた頃の彼は、そんな理由で冷や飯を食っていた。
「お世辞が上手いほど出世する仕組みに反感を持っている人間は大勢います。公国の官僚として、片っ端から引き抜いてみせましょう」
追い出し部屋での無為な日々を思い出したのか、彼は黒い笑みを浮かべている。
「そうだな、運営のノウハウを持っている人間はいくらでも欲しい」
最初のうちは、王国の運営システムを丸パクリでも構わない。
それを上手く使える人間がいるなら、今と何も変わらず機能するだろう。
何人引き抜けるかは分からないとして、やるだけ損は無い作戦だ。
「さて、こんなものか」
現状で、打てる手は打ち切った。やり過ぎなくらいに策を打った。
後は結果が出るのを待つだけだと、一区切りがついたところで。
ライナーは全員の顔を見渡してから――改めて宣言する。
「これより作戦を開始する。各自、全力で任務に当たってくれ。ここからは総力戦だ」
元気な返事が返ってきたことを確認してから。
ライナーは衣装を掴んで図書館に戻り、
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