後日談

オレはボーイッシュ風美少女



「……はぁ」


 執務室で、一人溜息を吐くライナー。

 彼の仕事は順調で、領地も国も順調に回っている。のだが。


『なあ、頼むよライナー! なあなあなあ!』


 今日に限って風の大精霊がしつこい。

 前にもこんなことがあったな、と呆れつつ。彼は視線を大精霊に向ける。


「またお供え物を増やせって?」

『そうなんだ、頼むよライナー! オレのメンツがかかってるんだって!』

「またその話か……」


 例の如く他の精霊に見栄を張ってしまい。どうにかしてお供え物の食料や菓子、酒などを確保したい大精霊は、もう必死だ。

 床の上を跳ね回って、全身で渾身のアピールをしている。


「……あのな、少しは後先考えて話した方がいいと思うぞ」

『ぐぬぬ。ライナーに説教されるなんて……いやでもその通りだから何も言えない』


 その場の勢いで見栄を張るからそうなるのだ。

 そろそろ痛い目を見ないと、進歩はないだろう。

 などと思いながら、ライナーは大精霊の方を見ずに書類仕事を続ける。


「そうだな。観光客相手に芸でも見せたらどうだ? 大精霊様の有難い芸なら、相当なおひねりが貰えそうだが」

『そんな真似ができるか!? オレは天下の大精霊だぞ!』


 神話の中に、神様として登場したこともある大精霊だ。神様が一発芸でお小遣いを稼ぐなど、狂気の沙汰でしかない。

 ライナー相手には必死に頼み込んでいるが、流石にそこまでプライドは捨てきれなかった。


「現世に介入できないと言っても、稼ぐ方法は色々あるだろ?」

『むむむ……』


 唸る大精霊の身体が深緑色になっていくが、やがてパッと黄緑色に点灯して、明るい声で言うには。


『そうだ! 男って奴は色仕掛けに弱いんだよな!』

「……お前は何を言っているんだ」

『くっくっく。必要無いからやらないだけで、オレも人間に化けられるんだよ』


 言うが早いか。

 ゴムボールのような身体の全体からボフンと蒸気のようなものを放出し、みるみるうちにシルエットが変化していった。


「風の舞二式|風声鶴唳《ふうせいかくれい》」


 溢れる蒸気で書類を濡らさないように、風を流してガードする。

 そんな冷静な対処をするライナーの前に、それは現れた。


「わーっはっはっは! どうだ、この絶世の美女っぷりは!」


 自意識過剰もいいところだが、確かに絶世の美少女が現れた。

 身長は低めだが、超がつくほどナイスバディで服装は中性的。 髪は艶々つやつやでサラサラなクリーム色のショートカットだ。


 全体的にはボーイッシュな雰囲気だろうか。顔のパーツはそれぞれが完璧な位置に収まっているし、透き通るような白い肌はもちもちしている。


 背後には後光の幻影すら見えるほどで、正しく人外の美しさと言えるだろう。

 なるほど確かに容姿の完成度が高いとは、ライナーも納得した。


「ほれほれ。こんなハイレベルな女を見るのは初めてだろ? んん?」


 勝ち誇ったようにポージングをする大精霊だが、鋼のメンタルを持つ男は、それでも至極冷静だった。


「外見はどうあれ、中身が大精霊ではな」

「なっ!?」


 別に風の大精霊が嫌いとかではなく、完全に男だと思って接していたのだ。

 それが今さら女でしたと言われても急に女体化されたようで、戸惑いの方が勝つ。


 そもそも人外の美しさは青龍で見慣れていたので、新鮮みも半減していた。


「しかも、色気がない」

「ほ、ほぉ~う。言ってくれるじゃないの」


 ライナーから見れば短絡的で、何となくガサツな印象もあった大精霊だ。

 所謂いわゆるマスコットキャラや、おバカキャラのような位置づけをされていた。


 ――それが多少美人になろうと、この男は全く動じない。


 そもそもの話あからさま過ぎるというか、ここまでストレートに来られると、逆に敬遠したいと思うライナーだった。


「なめんなよライナー。ほら、そこに座れ」

「もう座っているが」


 椅子に座ったライナーの背後に立ち、大精霊は肩を揉み始める。


 意外とデスクワークが長いライナーの肩はそこそこ凝っていたのか。それとも大精霊の技術が凄いのか。みるみるうちに肩のコリがほぐれていった。


「ふふふ、どうだ」

「意外と上手いな。駄賃をやろう」

「わーいっ……って、違う!」


 執務の息抜きに食べようと思っていたお菓子を与えれば、大精霊は顔を綻ばせて喜んだ。

 しかしすぐにツッコミを入れる。お菓子一個では全然足りないと。


 そもそも彼女の狙いは、そんなところには無い。


「おい、何も感じないのか? 美女からのボディタッチだぞ!?」

「そうは言っても。リリーアもベアトもララもハイレベルだしな。俺は彼女たちだけで十分過ぎるほど間に合ってる」

「ぐぬぬ……」


 大精霊とそういう・・・・関係になった自分を全く想像できないのもあるが、意外と愛妻家なライナーは別に不倫をする気は無かった。


 何はともあれ心は動じず、明鏡止水を保っている。


 その様を見て何を思ったのか。

 大精霊は肩をわなわなと震わせてから、覚悟を決めた。


「くくく……こうなれば、最終手段だ」

「何をする気だ?」

「こ、こうするんだよ!」


 背中に回った大精霊は、そのままライナーに抱き着いた。

 大きな胸がライナーの背中でむにゅりと潰れたのだが――無駄だった。


「気は済んだか?」

「バカな……! こいつ、無敵か!?」


 前回この姿になったのは数百年前だが、その場にいた王侯貴族の全員が目を奪われて、一目惚れの求婚までされたという実績がある。


 しかし必殺の色仕掛けは、どうやら一ミリも効いていないようだ。

 ここまでノーダメージだとは思わなかった大精霊は、深い衝撃を受けていた。


自重じちょうというものを覚えるんだな。できない約束はしないことだ」

「ぐぬぬぬ…………こうなったら、本当の本当に最終手段だ! 後悔しても遅いからな、ライナー!」

「俺が遅い・・? 冗談だろ?」


 さあ今度は何が出てくるのか。

 そう思いつつライナーが書類を処理を続ければ。


「あ、ああーん、ああっああー」

「……?」


 物凄く下手くそな、喘ぎ声を出した。

 もちろんライナーは何もしていないし、その声にぐっと来るわけでもない。


「何してるんだ?」

「声を皆に届けてる」

「……声?」


 言うが早いか、廊下からドタバタと音が聞こえてきて。


「ら、ララですか!? ベアトですか!? ライナーさん、精霊術を切って! 聞こえてはいけない声が、拡散されていますわ!?」


 王宮中に下手くそな喘ぎが轟いたのだから、早速リリーアが飛び込んできた。

 見知らぬ女と密着して、いかがわしいことをしているのであろう夫を前に彼女は固まり。


「ライナー様! ――午後から視察がございますので、これで失礼を」


 次に飛び込んできた、話の早い執事は速攻で回れ右をして。


「ちょっとライ――ごゆっくりー」


 続いてやって来た宰相も、速攻で回れ右をして。

 ここに至りライナーも気付いた。自分は今、攻撃を受けているのだと。


「大精霊、お前……」

「へ、へっへーん。誤解を解いてほしければ供え物を献上しろ! 三時間以内だ!」


 まさかの美人局つつもたせ。まさかの脅迫である。

 これにはライナーも呆れた。


「あのなぁ……」

「う、うっさい! オレだって恥ずかしかったんだからな!」


 大精霊は窓にダッシュすると、そのまま空へ飛び去った。

 後に残ったのは。フリーズが解けたリリーアと、どうしようか迷っているライナーの二人だけだ。


「なんだ。大精霊様のイタズラでしたのね」

「浮気は疑わないのか?」

「いえ、去り際に……思いっきり脅迫されていましたし」


 リリーアにも、やり取りを聞くくらいの冷静さはあった。


 彼女も青龍の人化を見ていたからか、窓から飛び出して行ったのが大精霊なことをあっさりと見破ったところでもある。


 ともあれ。大精霊が自爆をしてまで放った渾身の一撃は、ライナーどころかリリーアにまでノーダメージだった。





    ◇





『うう、ちくしょう……』

「ライナー相手なら、もっと利益で釣らなきゃ」

『そういうものか? はぁ……自信なくすわー』


 ライナーは「テロリストには譲歩しない」という国際常識をきっちりと守る男だ。

 当然社に供え物を届けなかった。


 そして、しょぼくれる大精霊の前に現れたのはベアトリーゼだった。


「まあまあ。これくらいで足りる? お供え物」

『え? いいのか?』

「無かったら困るんでしょ?」


 近衛騎士に運ばせた、リヤカーに満載されたお供え物を見て、大精霊は一転して歓喜の声を上げた。


『きゃっほーい! これだけあればお釣りが来るぜ!』

「ま、貸し一つってことで」


 喜んで物資に飛びつく大精霊に対して、目の前の女は悪い顔をしている。


 下級精霊に対する餌付けは順調だし、普通の精霊に対してもそれなりの影響力を持ち始めた頃だ。


 大精霊にも貸しを作り、ゆくゆくは――。


 などと、裏でこっそり勢力拡大を目論む女がいたことは。幸か不幸か誰にも気づかれなかった。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 裏話:風の大精霊が真の姿を開放して王都を守護する予定が、レパードの謀反で片付いてしまいました。

 こんなことになったのも、大体全部師匠のせいです。

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