第八十九話 調査依頼
話は、公国軍が出陣した直後にまで遡る。
調査の依頼を受注したエドガーたちは、公国の北側に連なる山脈を調査していた。
「エドガーさん! あっちに敵がたくさんいたよ!」
「それじゃ分からねぇよ。何体だ?」
「えっと、数えきれないくらい」
今回は六パーティでの合同任務だ。
探索範囲は広く、猫の手も借りたい状態だったため。本来であれば遠出をしない、経験が浅い若手の冒険者たちも連れて来ていた。
今しがた報告をしに来た若手は、調査の依頼に慣れていないのだろうなと思いつつ。エドガーは詳細を尋ねる。
「……そうだな。敵がいるのはどの方向に、何分くらい進んだ位置だ」
「えっと、西……南? いや、俺らから見ると南西かな。多分、三十分くらい歩けば見えると思います」
本部とは名ばかりの簡易なテントで、途中経過の報告を受けていたのだが。
しかし焦りのせいか、少年の話は一向に要領を得ない。
「……仕方ねぇな。おいお前ら、偵察に行くぞ」
「うーす」
「うん、行こうか」
彼らは万が一のための救難班も兼ねていたので、いつでも出撃できる態勢で待機をしていた。
全員の用意が終わっていたので、早速行動を開始する。
そしてエドガーは道中で、後輩に向けての指導もしていく。
「いいか。数は正確に報告しろ。
「は、はい、分かります」
人によっては、「んだとコラ」という荒っぽい返答が返ってくることも多い冒険者ではあるが、どうやら目の前の少年は素直なようだ。
覇気が足りないと思う一方で、素直な方が伸びるんだよなぁ。
などと思いながら、彼は続ける。
「敵が十体くらいだと思って移動して。そこにいたのが百体とかなら大混乱だ。全滅っていうのはそういう場合によく起きる」
「……怖いですね」
「だろ? だから曖昧な表現は避けろ。例えば今回だと具体的には何体くらいだ? 大体の数でいいから」
エドガーが促すと、少年は目線をきょろきょろと動かしながら、本当に大体の数を報告する。
「一万とか……でしょうか」
「オーケー、だったら今回は様子見だけだ。敵の数でアプローチが変わるんだから、なるべく正確な情報を持ってくるようにな」
強そう、弱そう。
たくさん、少ない。
曖昧な表現の定性的な情報は、冒険者には厳禁だ。
ホブ・ゴブリン。ただのゴブリン。
十体。二体など、定数的な情報が必要になる。
今、敵が何をしているか。数はどれくらいで、どんな状態か。
情報は、とにかく沢山集めるほど有利だ。
状況によって最善の攻撃方法が変わってくるので、先手を取った時こそ正確な情報の量が大事になる。
「ライナーは、その辺りが完璧だったんだよなぁ」
敵の種類、数の計測を誤ることがなかった。
そして、必要があれば詳細も調べてくる。
食事時なのか、狩りの準備をしているのか。
昼寝の時間か。
怪我をしている個体はいるか。
上位個体はいるか。
依頼との違いは何かないか。
――彼は毒を撒きながら敵を釣り出す戦法が主だったので。日雇いのスポット参戦でなければ、そんなことをする必要すらなかったのだが。
「ま、うちの若手が優秀だったってことか」
後輩に聞かれないようにボヤきつつ。彼らは木々の間に身を隠しながら、目的地へ近づいて行く。
「エドガー。群れを外れた個体がうろついてるわよ」
「林を抜けた先に、早速いるな」
「よし、ここからは声を抑えろ。何か言いたいことがあれば、ハンドサインか小声で伝えるようにしていこう」
ある程度仕事に慣れたE級なら必要ないはずの注意事項まで、しっかりと確認する。
緊張で普段と違う行動を取ってしまうこともあるので、念のためだ。
さて、改めて敵の姿を確認した白い猟犬のメンバーではあるが。
集まった数を見て絶句していた。
「一万、よりは多いわね」
「こりゃあ確かに数えきれねぇな。ざっくり二万くらいか?」
隊列でも組んでいれば、数えることもできただろう。
しかし敵は規律が取れずに、ただ集団について行くような個体も多い。
中心部を取り囲むようにして、烏合の衆がワラワラといるのだ。
正確な数を計測することは不可能なので、ざっくり二万人と数えた。
正確には二万五千かもしれないし、三万かもしれないが。
ここまでの大群なら、それはもう誤差でしかない。
「引き揚げだ。一度拠点に戻ろう」
手出しは無用。
それだけを確認して、彼らは拠点に引き返した。
◇
「最後、南側はどうだった?」
「アンデッドはそこかしこに湧いてるね。南の街道に居る数は……三万くらいかな」
散っていた各班が戻り、調査結果を報告し合う。
そしてどこもかしこも敵だらけ、という結論に落ち着いていた。
今までの報告を合わせれば、総勢十万は下らないし。山の方ではドラゴンゾンビの姿を見たという報告までされているのだ。
ドラゴンスレイヤーが七人もいる公国ならば対処はできるだろうが。北だけでこれなら、最悪の場合は北部を捨てることになるかもしれない。
「……まあ、その辺を考えるのはお偉いさんの仕事か。俺たちにできるのは偵察までだ。引き揚げるぞ」
調査結果は持ち寄ったので、後は帰るだけだ。
西国との国境付近にまで足を伸ばしていたので、馬で二週間。
早馬をリレーすれば数日足らずで報告を出せるだろう。
野営の道具を畳んでゾロゾロと撤退し始めた彼らは、最寄りの村を目指して森を進み始めた。
「領主様が緊急依頼とか出してきたら、強制依頼になるよな?」
「まあ、そりゃそうだろうよ」
「公国は金払いがいい方だが……逃げるか?」
「諦めろ。今のご時世、どこもこんなもんだ」
三十名近い人間が一塊になって移動をしていたので、魔物も近寄っては来なかったし。途中までは順調に歩みを進めていた。
「前方に敵影。数は一体だ」
「一体だけ?
森を抜けて、街道まであと少しの位置まで来た。
そんな折に、先行していた斥候から報告が入る。
「いや、それが。アンデッドナイトなんだ。見た目は人間なんだが、多分」
「そりゃ、厄介なことで」
ただのスケルトンが相手なら問題は無い。
魂に宿った記憶に従い、何となく徘徊を続けるだけの雑魚だ。
しかし。上位種になれば生前よりも強化されることがあるし、何より明確な意思がある。それに殺意の度合いも、ただの骨より上だ。
「余程自信があるのか、何なのか」
「どうする、迂回するか?」
「この先に迂回路なんて無いだろ。戦うぞ」
合同チームのリーダーであるエドガーがそう決断を下せば、各自が武器を手に取って敵に備える。
街道の入り口に、仁王立ちする男の姿が見えてきた時。
よく観察しようと目を凝らした一人の冒険者の首に、矢が突き刺さった。
「――ッ! 伏兵だ、散開しろ!」
冒険者がゲリラ戦で遅れを取るなど恥だ。
だからというわけではないが、全員が即座に行動を開始して敵を迎え撃った。
「クッソ! なんだこいつら!」
「異様に強いぞ!」
だが。敵は強く、味方には未熟な冒険者も含まれている。
ベテランが敵を押していても、ルーキーは押されているのだ。
このままではどこかの一角が、すぐに崩れるだろう。
伏兵が何人いるかも分からない。
最初に殺害された男など、すでにアンデッド化が始まっている。
そのうち立ち上がり、襲い掛かってくるはずだ。
状況は酷く悪い。
このままでは全滅すると考えたエドガーは、作戦を切り換えることにした。
「このままじゃジリ貧だ! 各自、自分の判断で撤退しろ! 街に辿り着けた奴らは全員、今回の件をギルドに報告すること!」
その号令を聞いた瞬間、一斉に戦闘が止まり。
全員が即座に、街道へ向けて走り始めた。
「ははっ、逃げ足は一流だな」
「判断が遅い冒険者から死んでいくもんだよ」
一目散に逃げだして、彼らは公国側に駆け出して行くのだが。
道の先には一体の敵。
アンデッドナイトと思しき個体が立ち塞がっている。
「押し通るぜ!」
「オラ! 死ねやぁ!」
先頭を行っていたC級冒険者が二人、斬りかかり。
二人は一瞬で、胴体を一刀両断にされた。
「あ、アイツはヤバいんじゃないか?」
「どうしよう!」
「こっちだ、横から――あっ」
次の犠牲者は、敵を避けて逃げようとしたE級冒険者の三名だ。
敵は俊敏な動きで駆け寄り、手にした大剣で命を刈り取っていった。
五名、十名。十五名。
瞬く間に、仲間の半数以上が命を落としていく。
「この、化け物がぁ!!」
仲間たちが散っていく様を見て、エドガーは蛮刀を手に斬りかかった。
全身全霊を込めた一撃は大剣で防がれて。短い鍔迫り合いの直後――
「おいおいエドガー。熱くなりやすいところは、直せって言っただろ?」
「……は?」
――気さくに声を掛けられて。エドガーの動きが止まった。
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