第九十話 敵の正体
軽く笑いながら、アンデッドナイトはエドガーの胴を蹴り飛ばした。
「ぐっ、……こ、の、野郎!」
すぐに態勢を立て直したエドガーは。すぐさま攻撃を再開した。
必死の形相で剣を振るうエドガー。
余裕の表情で捌くアンデッド。
二人の間には、剣戟の音が鳴り響く。
「おい、何してんだよアンタ! ……笑えねぇ。笑えねぇぞコラ!」
「久々に会ったってのに、ご挨拶だな」
無駄話をしている間に、後続は無事に抜けられた。
しかし。目の前の男を自由にすれば、あっさりと追いつかれて全滅するだろう。
生前の彼をよく知るエドガーは、戦力差だけはハッキリと理解していた。
「自分が何したか分かってんのか? 狂ったかよ!」
「感動的な再会だと思ったんだけどなぁ……やっぱり、こうなるか」
至極残念そうに言う男と向かい合って、エドガーは剣を振るい続けたのだが旗色は良くない。
このまま勝負が決まるかと思った矢先に、乱入者が現れた。
「《シールド・バッシュ》!」
「お?」
「《ファイア・ボルト》!」
「おおっ」
横合いからカルロが盾で殴りつけて、遠距離からセルマが魔法攻撃を撃つ。
虎の子の触媒まで使い、小範囲ながらも高威力を出せる魔法の威力を更に高めた。が、それはあっさりと大剣で弾かれて、男には届かない。
「おっとと、やるねぇ」
「《スパイラル・スピア》!」
「《一刀、両断》!」
遅れて引き返してきたメンバーも追撃を加える。
アントニーが槍を扱いて突き出し、アーサーも両手剣を思いっきり振りかぶった。
B級冒険者が放つ渾身の一撃だ。
並みの相手なら、間違い無く沈んだはずだとして。
「タイミングは良かったんだが……惜しいな、非力過ぎる」
「マ、マジかよ……」
「嘘だろ!?」
「一刀両断ってのは、こういう技を言うんだ」
槍を掴んでから素手で握り潰し。大剣の柄で両手剣を防いだ直後。
男は一回転して、二人を薙ぎ払う。
大剣の風圧で、間合いの外にいたカルロまで尻もちをついたくらいだ。
咄嗟に回避行動は取ったが、アントニーは左腕を。
アーサーは胸部を切り払われて、地面に倒れ伏した。
「……ッ! ここから先は、俺が一人でやる。お前らは逃げて、伝えろ」
「で、でもエドガー。アンタ一人じゃ……」
「早くしろ! この人が本気になったら、俺でも一分と持たねぇ!」
セルマは戸惑っているが、カルロはすぐに行動を開始した。
身に着けた装備を捨てると、助からないと見たアントニーの救助を諦め。
傷が浅いアーサーを抱えて走り始める。
「すまない、先に行く!」
「いいってことよ。俺だって強くなってんだ。もしかすると勝てるかもしれねぇ」
「嘘! いやよ、エドガー!」
涙を見せて叫ぶセルマの腕を掴んだカルロは、そのまま街道を行こうとしたのだが。
アンデッドの男は、それを追わなかった。
「おいエドガー、アイツはお前の女か? 俺も愛し合う二人を引き裂く趣味はねぇ。昔の
「何だと……?」
「ほれ、さっさと行けよ」
煽るような口調で言う男だが、どうやら見逃してくれるというのは本当らしい。
大剣を背負い直して、一歩だけ道を譲った。
「どっちにしろ滅びる。――俺たちが滅ぼす。少しばかり寿命が延びるだけだ」
「……変わっちまったな、アンタ。本当に、バケモノになっちまったのか」
エドガーが吐き捨てれば、男は少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて言う。
「そういうことになる。これでも人間らしくあろうと頑張っちゃいるんだがな……。もう、自我を保つのも辛いんだ、これが」
見逃されたことは死ぬほど悔しいし、この男を自由にすれば、どれだけの損害が出るかも分からない。
それでも、唇から血を流すほど歯を食いしばり。エドガーは武器をしまった。
「このまま進軍すれば、アンタの息子も殺すことになるぞ」
「……死ねば、ずっと一緒にいられるだろ? 迎えに行くと伝えてくれ。ま、生きて街まで辿り着けたら、だけどな」
先ほど撒いてきた、伏兵として配置されたアンデッドたちも行動を開始している。
それに、負傷者を抱えての行軍なら。途中で落ち武者狩りに遭って死ぬ可能性の方が高いだろう。
「何があっても生き延びてやるよ。アンタの教え通り、
「耳が痛ぇ話だな。まったく」
振り返らずに走り始めたエドガーは、仲間と並走して走り始めた。
セルマは助かったことには安堵しつつも、先ほどのアンデッドのことが頭から離れない。
エドガーも、そしてカルロも彼のことを知っていたようだったのだが、彼女に面識は無いのだ。
「アイツ、誰なの?」
「……セルマが加入する前まで、俺たちの指導をしてくれた人だ」
「アントニーだって、弟子だったのに……」
彼らが思い出すのは。駆け出し冒険者として依頼を受けて、失敗ばかりしていた頃の記憶。
出来が悪い彼らに、冒険者としてのいろはを叩き込んでくれた男の姿。
偉大な先輩の後ろ姿と、豪快な笑い声だ。
関係が深かっただけに、人類を裏切ったことへのショックは大きかったらしい。
「ただ者じゃ、ないわよね」
「当たり前だ。元A級冒険者だぞ」
「うそ。あの街でA級って言ったら……」
「……そうだ」
思えば随分と長い付き合いになったが。
今は国王をやっている後輩と出会ったのも、あの人がきっかけだった。
そう呟いてから、沈痛な面持ちで彼の名を告げた。
「あの人は、ライガー・バレット。……ライナーの、父親だ」
アンデッドは生者を憎む。
先ほどの口ぶりからして、彼は息子のライナーが相手だろうと。
いや、息子だからこそ、喜んで殺すだろう。
最高位の冒険者だった男が、生前よりも強化されているというのだ。
彼がこの先、どれだけの人間を殺すかは計り知れない。
「誰より多くの命を救った男が、人類を滅ぼす側に回るとはな。皮肉なもんだ」
エドガーのボヤキを最後に、無駄口を叩いている余裕は無くなった。
先行していた冒険者たちが道端に倒れているところを見ると、ここにも伏兵か何かが待ち受けているのだろう。
そんなことを思っていれば、十体のアンデッドが早速目の前に立ち塞がった。
「絶対に生き残るぞ。街に着いたらセルマはアーサーに医者を手配。カルロは前線に向かって、ノーウェルさんにこの件を伝えろ。役割は逆でも構わねぇ」
「分かったわ」
「……ああ、生きて帰ろう」
ここから先は死出の旅。
そう覚悟を決めた彼らに、敵が襲い掛かった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
次回、ライナー出撃。
これから始まる国王陛下の無双にご期待ください。
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