第六十二話 全員道連れにしていいなら
「……王子の評判、良くないんだろ?」
「まあ、陰でクソ野郎ですとか、ボンクラ。未来の暗君と呼ばれるくらいには」
「婚約までした女性が、そんな奴に取られたら悔しいじゃないか」
アーヴィンは即座に、ああこれは冗談だな。と理解した。
ライナーもそれが分かったようで、真面目な顔をして本音を話す。
「蒼い薔薇の五人と出会う前の俺は、特にやりたいことも無かったんだ。自分で言うのも何だけど、つまらない人生だったよ」
ただ最速を目指して、黙々と仕事をこなし。
ただ効率を優先して、淡々と日々を過ごす。
毎日が同じことの繰り返しで、特にその生活に不満を持っていなかったのだが。
「でも彼女たちと出会ってからは、人生が楽しくてね。多分、生まれてから初めて手に入れた宝物だろうな」
「共に過ごした思い出が、ですか」
ライナーは長いこと冒険者をしていたが、マーシュたちとは対等な仲間関係が築けなかった。
そこにあったのは義務感と使命感だけだ。
それを振り返れば、彼女たち五人は初めて
楽しかったし、嬉しかった。
それは間違いないと思いつつ、ライナーは頷く。
「そうだ。それほど大事に思っている、あの五人と俺の最後の思い出が。こんな別れだというのはな……。それは悲しいというよりも、何か嫌だ」
何か嫌だ。
この領主の口からそんな言葉が出てくる日が来るとは。
と、予想外の発言にアーヴィンは面喰らっていた。
効率や合理とは真反対の、非効率で感情的な発言だ。
「ライナー様。感傷的になっているようでしたら、一晩お休みになられるのがよろしいかと」
「三分間真剣に考えて結論が出たのなら、三十分考えようと三時間考えようと、結論は変わらないというのが持論だ。攫いに行くのは決定事項だよ」
赤龍の巣に突入した時に、真っ先に救出へ動いたのもララだと聞く。
ならばこれは恩返しでもある。
感情的に行きたいと思っていて。
道義的に行くべきで。
行って勝利をもぎ取れる力がある。
それなら行ってもいいだろうとは思うし、何よりこれはリハビリでもあった。
「実は領主になる前は、冒険者と兼業で色々やっていたんだ。一番長く続けたのは、大道芸人なんだが」
もう長いこと芸を披露していないので、腕も錆びついている頃だろうか。
そう呟いてから。
自分の腕をまじまじと見つつ、ライナーは続ける。
「お客さんを驚かせるのが仕事だからな。領主を辞めるならまた始めるだろうし、手始めにボンクラ王子とやらには練習台になってもらおうか」
ついでに。バカ王子から友人を救い出して、そのまま国外に飛んで行った男が居たな。
と、ここに残った仲間たちの間で、いつか思い出話にしてもらってもいい。
「その方が、大分笑える結末だ。芸人冥利に尽きる」
そう締めくくり、ライナーは立ち上がった。
「ああ、あと、知り合いの受付嬢が言っていたんだが。冒険者って言うのは異性の前で見栄を張りたがるものらしい」
「そういうもの、ですか」
「ああ、最後くらいは恰好つけさせてもらおう」
今日の彼はいつになく舌が回る。
最後まで軽口を叩いて部屋を後にしようとしたのだが。
「――この、馬鹿野郎がぁ!!」
「うおっ!?」
扉を開けた瞬間に、飛び蹴りが飛んできた。
セリフからしてノーウェルかと思ったが。
床に転がって回避しつつ顔を上げれば、セリアが仁王立ちしていて――その後ろには会議室に集めた全員が揃っていた。
「はぁ、こんなことだろうと思ったわ」
「……解散してなかったのか」
「ライナー。嘘吐くときに目を逸らすクセがあるの、気づいてなかった?」
もちろん気づいていない。
気づいていれば、そんな弱点は即座に修正しただろう。
むしろ気づいていたのはベアトリーゼくらいだが。「ララを助けに行く気が無い」という嘘を吐いた後、あからさまに嫌われようとしてきたのだ。
話に乗って、怒ったフリはしてみたが。
実は彼女は、笑いを必死に堪えながらビンタをしていた。
自分の家が没落した原因などとっくに知っていたので、今さらそんな話をされてもノーダメージだったらしい。
そんな彼女が仲間たちを引き連れて戻ってくれば、案の定だ。
「アタシたちの方がララとの友達歴が長いんだ。むしろライナーの方がオマケなんだからな!」
単騎で出撃する気満々なライナーに大して、セリアはむしろ怒りを燃やした。
そして他の面々も、似たようなものらしい。
「そうですわ、全く。私たちも、絶対に行きますからね」
「ここまで来たら、行くしかないわよね……」
リリーアは元から強硬策を支持していたし。
ルーシェは遠い目をしているが、反対はしていない。
ライナーが救出を決意したように、彼女たちの方も覚悟は固まったらしい。
「はっはっは、その意気やよし! 儂も久々に暴れるか!」
「えーっと、これ、俺たちも行く流れ?」
「我は、付き合う義理はないのだが。……まあ、ダーリン次第か」
何だかんだと言いつつ、全員が救出作戦に参加する流れのようだ。
それを見たアーヴィンは。
やれやれと言った態度で、今しがた書き上げたライナーの手紙を破り捨てた。
「ライナー様。結局こうなるのであれば、このやり取りは余計な回り道。無駄な時間だったのでは?」
何はともあれ。一行の意思は固まった。
後は中心にいる人物、ライナーが号令をかければ綺麗に終われたのだが。
「ば、バカな。俺が回り道、だと……?」
「こんな時にまで、そこでショックを受けるんですの? まあ、いいですけど」
呆れたようにぼやきつつ、リリーアはライナーの両肩を掴んで言う。
「さあ、ライナーさん。ララを助けつつ、私たちが貴族の身分や領地も失わず、全部すっきり綺麗に解決できるアイデアを出してください」
「え?」
「私たちだって、何も捨て身覚悟というわけではありません。いい案を期待していますわよ」
驚かされた腹いせとばかりに、無理難題を押し付けられたライナーだが。
数秒経って。
呆気に取られた顔から、悪い笑顔に変わった。
「……全員道連れにしていいなら、取れる手は増えるな」
そんなことを呟き始めたため。覚悟を決めて立ち上がったはずの蒼い薔薇の面々は、早速
「……なぁ、もう少し穏やかに発破をかけた方が良かったかな?」
「い、いえ、そこは流れと言いますか。もう終わったことです。仕方がありませんわ」
「あーあー」
「……こうなることくらい、分かっていたわよ」
少し薬が効き過ぎたのかもしれない。
そう後悔するが、しかし。ライナーはもう止まらない。
「ふふふ、どの案がいいか。そうだ、いっそのこと……」
目的のためなら手段を択ばない男が本気になった。
彼女たちが、自分たちの撒いた種を刈ることになるのは、すぐ先の話になる。
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