第百二話 A級冒険者パーティの蒼い薔薇



「マーシュ! 指示が来た。少し休んでくれ」

「俺はもう行けるぞ?」


 三度目の特攻を終えたマーシュは擦り傷だらけなのだが、致命傷には程遠い。

 いざ四回目の出陣をと思った矢先に、テッドから待てが入った。


「えっと……護衛依頼が届いたんだ。何故か軍からじゃなくて、冒険者ギルドから」

「はぁ? こんな戦場で、誰を護衛しろってんだ」


 後方からお偉いさんでも来るのかと思っていれば。

 数年前、故郷の酒場で見かけた面々が歩いてくるのが見えた。


 先頭に立つ女性は。金糸のような髪を風に靡かせながら、堂々と名乗りを上げる。



「ご機嫌よう。私たちはA級冒険者パーティ、蒼い薔薇ですわ」

「立場上死ねないから、護衛よろしくな!」



 彼女たちの周囲にはべり、蒼い旗を掲げて進んでくる護衛たち。それから生き残った冒険者たちを率いて、まさかの王族総出で出陣となった。


 重鎮、重役、王族。

 この国の重要人物全員が、この場に揃っている。


 そもそもこんな最前線に、死んだらいけない人間が一塊ひとかたまりになっているのはおかしいのだが。


 つまり、王都は空だ。

 玉座にも王宮にも、誰もいない。

 そこに思い至ったマーシュは、あんぐりと口を開けて驚いた。


「……なぁテッド。こういうもの・・・・・・か?」

「……有事の際には妻が兵を率いることもあるって、ノーウェルさんが言ってたよ」


 左翼側には自警団出身の兵士と、冒険者の援軍が宛てられた。

 指揮が満足に届かないエリアを担当することになるので、各自の判断で動けるようにという人選だ。


 まとまりがない集団の元に、領民、冒険者からの信頼が篤い彼女たちを置くのは――戦力的にはマーシュも賛成したいところだが。


「うーん、いいのかねぇ……」


 流石にこの人選はどうなのだろうと、彼も唸る。

 この中の誰かが命を落とそうものなら、国中に影響があるだろう。


 何が起きるか分からない最前線に送るには、不安が残るところだが。

 しかし、彼女たちはやる気満々である。


「……大丈夫。士気、上がるから」

「しっかり守ってよね!」


 ダメだ。ここには命知らずしかいない。

 マーシュがそう悟る一方で、冒険者なら当たり前のことかとも思う。


 彼女たちは元々、冒険者なのだ。

 名乗りもA級冒険者・・・・・だったので、戦う覚悟はできているのだろう。


「はぁ……仕方ねぇな、精々しっかりやりますよっと」

「あら? 聞いていたよりも素直な方ですわね」


 ここに至って帰れとも言えないので、やるせなさそうに首を横に振って。

 結局、彼は彼女たちの参戦を承諾した。


「まあ色々あってな。……ライナーから後を頼まれた以上、アンタらの身は俺たちが守るよ」

「おう、よろしく!」


 そんな会話をしていれば、後方からルーシェも駆けつけた。


 王族三人と侯爵二人が先陣を切るのだから、周囲の士気は非常に高い。

 調子に乗り切り、一気に駆けた方が安全なのかもしれない。


 であればしっかりと隊列を組んで、普通に戦うのがいいだろう。

 そう判断して、マーシュは隊列を組み直していく。


「他は自由にやらせるとして。俺たちはテッドが先頭な。ララはその後ろ」

「まあ、そうなるよね」

「……ん」


 バランスを見れば。盾使いのテッドと重装備のララを先に立たせることは当然だ。


 女王へタメ口をきいたマーシュに、護衛たちは気色ばんだが。

 この鉄火場で敬語を使う余裕などないので、そちらを見ないようにしてマーシュは続ける。


「中衛にセリアとシトリー。ルーシェとリリーアは遊撃。後衛にベアトリーゼとジャネット。その後ろに俺がついて、最後尾はパーシヴァルに任せる」


 二つのパーティを合体させて、前衛、中衛、遊撃、後衛と分けただけだ。


 ライナーがいないだけで、役割は普段とあまり変わらない。


「妥当な判断ですわね」

「じゃあ護衛の皆さんは、周囲に展開してもらうってことで」

「……承知した」


 強いて言えばメインアタッカーのセリアとマーシュを並ばせてもいいかもしれないが。大物が出てきた時のために、マーシュは自分の体力を温存する道を選んだ。


 騎士たちにもそこそこの戦闘力が期待できるだろうし。

 いざという時は一緒に殿しんがりだ。


 そう決めて、彼らは本陣からの指示通り。左翼よりも更に左側へ展開していく。


「死なれたらライナーにどやされる。なるべくなら、無傷で帰ってほしいところだな」


 そうボヤきながら、彼らは開戦の合図を待った。






    ◇






「手旗信号が上がった! 行くよ!」

「……ん」


 上空を飛ぶ伝令が、突撃の合図を出した。

 テッドを先頭にして、彼らは敵へ攻撃を仕掛けることはせずに駆け抜けていく。


「喧嘩っ早いのが何人かいるな」

「まあ、よーどーってやつにはいいんじゃない?」


 包囲してから掛かれと言われているのに、猪よろしく突っ込んでいく若者が結構な数になっている。


 そちらに注意が向いている隙に目標地点まで到達できそうなので、悪いことばかりでもないのだが。


「そろそろポイントだ」


 テッドが指す先を見れば、上空でワイバーンが待機しているのが見えた。


 敵も鳥や竜のアンデッドで迎撃してくるのかと思いきや。

 ライナーが航空戦力を叩き落としているので、目的地で無事に滞空できたらしい。


「よし、ここからが勝負だ。北上して、一気に叩く!」


 移動する味方に既に釣られて、既に亡者たちが向かってきている。


「前衛、前へ!」


 マーシュが指示を出せば。

 まずはテッドとララが前に出て、敵を受け止めた。


「行かせないよ!」

「……止める」


 バックラーと呼ばれる小盾を装備したテッドは敵の攻撃を受け流してから、反撃に拳を振るったり、盾で殴りつけるなどの応戦をして。


 ララは地面に突き刺すスパイクのついたタワーシールドを構え、不動要塞の如く敵を跳ね返す。


「はっはぁ! 思いっきり斧を振るの、ひっさしぶりだぁ!」

「巻き込まれるのは勘弁ねー」


 二人に態勢を崩された敵へ、セリアが襲い掛かる。

 動きを止めた敵に向けて、思いっきり振り上げた大戦斧を叩きつけ。

 大斧を横薙ぎにフルスイングして、敵を木っ端微塵に粉砕していった。


 横にいるシトリーが牽制に槍を突き出しているが、アンデッドを相手にただの槍を使うのは悪手なので。彼女は陣地から持ってきたハルバードを装備している。


 前衛の二人と共にセリアを守るような動きで立ち回り。

 時折、斧部分で敵にトドメを刺す戦い方だ。


「左側は私が行きますわ!」

「テッドさんの戦い方と、私の戦い方が被っているんだけど……」


 リリーアは一応剣士の部類なのだが、アンデッドに対する有効武器は満足に使えない。だから態勢を低くして敵の足や関節を狙い、遅滞を図っている。


 ルーシェもレイピアで急所を狙う戦い方を得意とするが、レイピアで戦える状況ではない。

 少し幅が広く長い剣を持ち、喉への刺突を繰り返していた。


 首を落とされても活動を止めないアンデッドでも、頭が無くなると視界は無くなるのか。

 フラフラと泳ぐ身体を後続に突き飛ばされて、踏まれた身体はバラバラになる。


 結果として、全体は上手く回っていた。



「くっくっく。見よ。これが王族の財力」

「ええ……いいなぁ」


 敵を薙ぎ倒すセリアを中心にした戦いが繰り広げられているが。


 それは後衛の二人が――特に、ベアトリーゼが大技を発動するための時間稼ぎでしかない。


 蒼い薔薇で一番の火力を持つ女は、いつぞやとは全く逆の。

 大量の触媒を使う様を、横に居るジャネットから羨ましそうな目で見られていた。


「じゃあ、コレあげるから。火属性だけ頼める?」

「え、いいの? ……じゃない。何をする気?」

「見てれば分かると思うよ」


 言うが早いか。早速ベアトリーゼは魔法の準備に入った。


「《アイシクル・レイン》、《バースト・ストーム》」


 魔法を発動しながら、彼女は貧乏だった頃のことを思い浮かべる。


 状態が悪い触媒を格安で買い、四つに分割して、ちまちまと涙ぐましい節約をしていた。

 ――今とは天と地の差だなと思いながら、彼女は用意を続ける。


「《ホーリー・レイ》、《ダークネス・ボルト》」


 魔法一つにつき触媒が一つ。

 しかも最高級品で、一属性につき金貨数十枚から数百枚が吹き飛んで行く。


 高級触媒により増幅された四つの魔法が宙で滞空して、回転を始めた。

 しかしそれでも、まだ終わらない。


「《ガイア・ランス》、《ウォーター・ソード》」

「そういうことね。……どこに入れようかな」


 先に放った魔法が大槍に纏わりつき、その周囲には切れ味の鋭い水が滞留する。


 槍本体を強化することに決めたジャネットは、ベアトリーゼの魔法に自分の魔法も載せることにして。


「《ショック・ウェーブ》」

「《プロミネンス・ノヴァ》」


 八属性が合成された巨大な槍が、虹色の輝きを放ち。

 前方に照準を合わせて発射態勢に入る。


 制御のためにも触媒を大量に消費しており。これ一発を撃つために、金貨3000枚超という法外な値段が付いたのだが。


「おいおいおい、これ、ヤバいんじゃねぇのか?」

「ちょっと待って! 撤退! 皆、退避ーっ!?」


 彼女たちの後ろで警護していたマーシュはドン引きし、パーシヴァルは慌てて周囲に鏑矢かぶらやを乱れ撃つ。

 冒険者たちが甲高い風切り音がする方向を向けば、尋常ではない輝きが見えた。


 しかも、撃とうとしている女は危ない笑顔だ。


 一斉に攻めかかった冒険者たちはもちろん、前衛で戦っていたララたちも含めて。全員が射線から逃れるべく後退を始めた。


 というか、逃げ出した。


 誰もが敵に背を向けて、全力でダッシュだ。


「ちょっと、何ですのそれ!?」

「と、とにかく逃げるわよ!」


 ぎょっとした一行が撤退すれば、当然敵が背後を追いかけて来るのだが。それをにこやかに出迎えてから――ベアトリーゼは無慈悲な一撃を見舞う。


「《エレメンタル・バースト》!!」


 彼女の手元から放たれた槍は、全てを呑み込みながら直進していく。


 溶岩状になったバリスタが敵を根こそぎ吹き飛ばし、周囲で回転する六属性の攻撃魔法が、追撃で敵を消滅させていく。

 それぞれの属性が干渉し合い、膨れ上がった力は既に暴走していた。



「いっけぇぇぇえええええ!!」



 ベアトリーゼの手を離れた数秒後には、全くの制御不能状態に陥り。

 それはいいだけ敵を薙ぎ倒してから、敵陣の中央で大爆発を起こしていく。


「きゃっほーい!」

「うわぁ……」


 過去最大の芸術作品を生み出したベアトリーゼは力尽きながら、歓喜の声を上げていたのだが。横で見ていたマーシュは心底引いている。


 直進で敵を三千ほど削り取り、最後の爆発でも二千近い敵が巻き込まれたのだ。

 詳しい数は分からないが、大打撃である。


 一個人で出せる火力としては、間違い無く最大級の一撃だ。


 確かに戦況は一気に傾いたが。

 周囲に居た誰もが、「あんな技を使うなら先に言え」と言いげな顔をしていた。


「あ、ああ……最高だわ。もう、触媒ナシの生活には戻れ、ない……」


 恍惚とした表情で突っ伏したベアトリーゼは、もう戦闘不能だ。

 しかしこれだけの大戦果を挙げたのだから、役目は十分過ぎるほど果たした。


「いや、でもこの後は……どうすっかな」


 敵陣が滅茶苦茶に引き裂かれたのだから、攻め時ではある。

 しかし、及び腰になった味方は動き出そうとしない。


 どうしたものかと動きを止めたマーシュの横で、誰よりも早く再起動したリリーアは――周囲に向けて適当なことを言い始めた。


「み、皆さん! ベアトリーゼが命を削り、道を切り開きましたわ! 彼女の犠牲を無駄にしてはいけません!」


 実際には財力任せで。金にあかせた大技だ。

 彼女の命には全く影響が無い。


 だが、周囲の人間が進む道を切り開くために王族自らが命を削ったと言われれば。何とか士気は取り戻された。


「ベアトリーゼ様? の、死を無駄にするなー」

「と、弔い合戦だ! 攻めかかれ!」


 シトリーとテッドも適当なことを言い。戦線は復旧された。


 勝手に死んだことにされたベアトリーゼ。

 彼女は人生最高の一瞬を味わったあとなので、特に抗議することもなく。


「うふふ、えへ……ふふっ」

「何とも嬉しそうな顔をして、まあ……」


 とても満ち足りて。満足そうな顔をしながら、地面に這いつくばっている。


 色々と言いたいことがあった仲間たちではあるが。

 何はともあれ、押せ押せで戦いは再開された。


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