第六十一話 三流作家の殺し文句



「どうもこうも、国を相手に勝てるわけがないだろう」


 ライナーの口から、諦めとも取れる発言が出てきた。

 その言葉を発した瞬間、集まっている人間の反応が真っ二つに割れる。


 まず反発したのが。リリーア、セリア、ノーウェルの三名だ。


「ライナーさん、何を仰っていますの!?」

「ララを見捨てるってのかよ!」


 二人はライナーに向けて、信じられない。という表情を向けたのだが。

 ノーウェルは決断の重大さも理解できるので、不満気な表情をするに留めている。


「でも、ララを奪い返すなんて現実的じゃないよ」

「そうね……私たちの力じゃ、王家に立ち向かうなんて」

「妥当な判断かと」


 反対に理解を示したのが。ベアトリーゼ、ルーシェ、アーヴィンの三名だ。


 レパードは、気持ちの上では助けてあげたい。

 しかし、国に喧嘩を売るなんて無謀が過ぎると、中立寄りの立場。

 青龍は興味がなさそうにしているので、この二人は除く。


 そして渦中のライナーはと言えば。



「国に喧嘩を売って、その後はどうするんだ?」


 極めて冷静に、そう言った。


「今は、ララを助ける方法を考えるのが先じゃないのかよ!」

「状況を考えろ。この状態で、王宮がララを領地に戻すと思うのか? 奪い返した後はどうする」


 セリアも頭では理解していた。

 ララを奪い返したとして、その後どうなるか。


 国が本気になれば、動員できる数が違う。

 王家が抱えている兵だけでなく、周辺の領主たちも加わって攻めてくるだろう。


 その数は五万か、十万か。彼女には予想もつかない。


 辺境に向けてそこまでの大軍を動かすとは思えないが、「やろうと思えばできる」というのが問題だ。

 奪い返したところで。全滅させられた上で、ララをまた奪い返されるかもしれないのだから。


「……冷静になれ、セリア」

「いや、でも」

「相手は王子なんだぞ? 俺と結婚するより、よほど幸せになれるかもしれない」


 諭すように言われれば。セリアにはもう、何も言うことができない。

 それでもリリーアは立ち上がった。


「納得がいきませんわ! ならば正攻法で、抗議の使者を送りましょう!」

「バカな真似はよせ。送ったところでどうにもならないし、要らない不興を買うぞ」


 ライナーは首を横に振るが、リリーアは認めたくなかった。

 こんな形で友人と別れを迎えることも、ライナーの言葉も。


 最後は何とかしてくれると信じていただけに。早々に見切るような、薄情な男だとは思わなかった。

 そんな衝撃で、一瞬彼女の動きが止まった。


「でも、それでも、何もせずに見ているだけだなんて」


 しかし彼女は、尚も言い募る。

 諦めてしまえば、どちらも現実だと認めてしまうからだ。


 両者の温度感は激しく、一方のライナーは呆れたように言う。


「それをやったベアトリーゼの家がどうなったか――いや、何でもない」

「私の家? ちょっと待ってよ、どういうこと?」

「……ベアトリーゼとアーヴィンは執務室に来てくれ。他は解散だ」


 口を滑らせて、別な方面に飛び火したか。

 そんな顔を隠しもせずに、ライナーは会議を打ち切った。


 話は終わりだとばかりに終了を宣言して、すぐに部屋を出て行こうとしたのだが。

 彼の腕を掴んで、リリーアは引き留める。


「お待ちくださいライナーさん、まだ話は終わっていません!」

「終わりだよ」


 そう言ってから、ライナーは目を逸らして呟いて。一言だけ言い残した。



「俺は、ララを助けに行く気はない」






    ◇







 ベアトリーゼの家が没落した原因は、公爵家の暗殺事件に対して抗議をしたからだ。

 公爵家の派閥に入っていたわけでもないのだから、要らない正義感だったな。


 両親が「やらかした」と言うのも当然だ。

 消されなかっただけ感謝するべきだろう。


 そんな話をして、ベアトリーゼからビンタを貰った後。

 肩を震わせた彼女はライナーに背を向けて、足早に部屋を出て行った。


 そしてライナーは、部屋に残った代官に向けて言う。



「アーヴィン、二通の手紙を書きたい。今から言う内容を書面に起こして、法律上で問題がありそうなら、君の方で修正してほしい」

「承知致しました」


 アーヴィンが速記の用意を終わらせたのを見て。

 ライナーは一人、誰も居ない方向に向けて話し始めた。


「俺の有責で婚約を破棄する。婚約破棄の慰謝料として、領地の南半分をリリーアに。北半分をベアトリーゼに渡す」


 実際には地形の問題で、綺麗に真っ二つにはできないのだが。領地の配分で揉める二人ではないだろう。

 そう思いつつ、彼は細かい条件を言い続ける。


 精霊と約束した内容についても、引継ぎは必要だ。

 今後の領地開発計画についても、伝えておかなければ。

 王家から文句を言われない範囲で、金庫の中身も渡していきたい。


「婚約破棄に関わる文章は、こんなところか」


 問題があれば、アーヴィンの修正が入るはずだ。

 などと考えながら、ライナーは一通目の内容を言い終えた。


「次。ライナー・バレットは仲間や領民、婚約者を捨てて構わないと思えるほどの、真実の愛を見つけた。俺はララを愛している。必ず彼女・・・・を取り戻す・・・・・

「……ライナー様、それは」

「どうした? 続けてくれ」


 何か言いたそうにしていたアーヴィンだが。

 少しの間を置いてから、軽口を叩きつつ記入を再開した。


「まるで三流作家の殺し文句ですね」

「……そう言うな。愛情表現は苦手なんだ」

かしこまりました。真実の愛というフレーズは、後ほど修正致します」


 互いに苦笑しながら、ライナーは続く言葉を残していく。


周囲は全員・・・・・反対した・・・・が、アイツらはなんて薄情なんだ。俺一人でも、彼女を取り戻してみせる。――ここまでが二通目だ」


 あくまで自身の独断による行動であり、周囲は反対していた。

 その事実が残ればいい。

 その思いで、彼は適当な内容をつらつらと語った。


 ライナーが、書き記す内容を言い終われば。

 アーヴィンは作業を続けながら、真顔で返す。


「ライナー様。遺言を書かせるのであれば、先にお伝え下さい」

「死ぬつもりはない。万が一の保険だよ」


 自分一人で救出に向かった場合と、皆で協力した場合。

 いずれにせよ、成功率はそれほど変わらないだろう。


 それなら単独で動いて、いざという時は自分が責任を取ればいい。

 それが最効率だ。

 などと、いつも通りの考えをしていたらしい。


 ――ライナーは、一人でララの救出に向かうつもりだった。


 そんな彼を見て、アーヴィンは淡々と言う。



「いいえ、これは遺言です」

「そういう形式になっているのか?」

「違います。生きて帰ってくるつもりがあるのなら、わざわざ嫌われる必要はございませんでした。あの憎まれ口は無駄かと存じます」


 アーヴィンはそう言うが。

 救出作戦が成功しようと失敗しようと。ライナーとララはもう二度と、この地には戻って来られない。

 国外へ逃げるしかないのだから、後のことは完璧にしておきたかったらしい。


「リリーアはすぐ顔に出るから、作戦のことを話すと彼女が危険だし。ベアトリーゼにも早く次の恋を探してもらいたいんだ」

「左様でございますか。……しかし、分かりません」

「何が?」


 ライナーが尋ねれば、アーヴィンは呆れたように言う。


「リリーア様はポンコツですが、見目麗しい方です。ベアトリーゼ様も子どもですが、将来性があります。この二人を捨てて、素顔を見たことも無い鉄仮面の女性を選ぶのは、どういう理由かと」


 随分とざっくばらんな言い方だが、これが彼の本心だった。


 このままララを諦めるだけで、広大な領土で美しい妻たちと暮らすことができる。

 それに準男爵の地位も守れるし、それなりの慰謝料だって貰えるはずだ。


 王家に恩を売れるだろうから、昇格すらあり得るかもしれない。


 そんな未来を敢えて捨てに行く理由が、アーヴィンには分からなかった。



「……まあ、理由は色々あるんだが」


 そう前置きしてから、ライナーは深い息を吐く。


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