第九十二話 秘密兵器
ライナーは風の大精霊を連れて、アンデッドの大群がいる方角へ飛んでいく。
王都を出発してから二日が経ち。日が沈んでから少し経った頃に敵影が見え始めたのだが、予想よりも進軍速度は早いようだ。
当初は湿地帯で敵を迎え撃つ予定だったものの、彼が想定していたポイントは既に突破されている。
そのため両端を崖に挟まれた、長く続く
「敵の数はざっと三十万。報告通りだな」
『マジでやる気かよ……』
正確には二十八万かもしれないし、三十三万かもしれない。
隊列を組んでいるわけではないので、余計に数が分かりにくいところではあるが。とにかく計り知れないほどの大軍勢が、公国に向けて進軍していた。
『ライナー、今からでも逃げた方がいいんじゃないか?』
「問題無い。
『……過信はするなよなー』
ライナーが背負っていた布を取れば。そこには
精霊の図書館で知識を仕入れたはいいが、工場を設置できるような技術力は無い。
だから鍛冶師に頼んで、最低限の見た目だけを模したものになっている。
火薬が製造できないので、もちろん弾は生産できていないし。
加工技術自体が未熟なため、そもそも弾を込める弾倉が無い。
このままではただの筒でしかない。
この欠陥品が、ライナーの秘密兵器だった。
「実戦では初めて使うが。さて、どうなるか」
そう呟きながら、彼は銃身に風を圧縮していく。
使っているのは魔法ではなく精霊の技だ。
普通なら銃身が破裂するほどまで圧縮しても、
「大地の精霊術は不得意だが。やってやれないことはなさそうだな」
魔法が使えるならそれで済んだが、ライナーに魔法的な素養は無い。
初級の魔法で生成した弾丸では強度が足りずに砕けるし、ただの石ころのような形になるため真っ直ぐに飛ばない。
試し打ちの段階でそれが分かったから、大地の大精霊を紹介してもらったわけだ。
極めつつある風の精霊術と、新たに覚えた大地の精霊術。
その二つだけを手に。
絶望的とも言える戦力差の中で、ライナーの攻撃が開始された。
「複合精霊術――《エア・バレット》!」
筒の内部に炸裂弾が生成され、火薬の代わりに圧縮された空気が弾け飛ぶ。
ライナーが手にしたライフルと、宙に浮かぶ七つの砲身から。超高速で弾丸が飛び出して行った。
空中でさらに加速した弾は簡単に敵を貫通していき、着弾と同時に小規模な爆発を生む。一発につき五、六体が吹き飛んで行くほどの威力だ。
「破壊力は、質量と硬度と――速度の掛け算だ」
生前身に着けていた鎧ごと、スケルトンたちが薙ぎ倒されていった様を見て。
ライナーは、この戦法で正しいと確信していた。
「速さを極めれば、威力は劇的に上がる。この速さなら、骨の塊など砕け散る!」
風のチャージが完了する度に弾丸が自動生成されて、第二射、第三射と連続して発射されていく。
一射毎に五十名が倒せるとして、敵が三十万人なら六千回の射撃で終わるだろう。
三秒に一回の間隔で射撃が行われているので、五時間ほどで終わるペースだ。
『この分なら、朝日が出る前には終わりそうだな』
「まあ、そう上手くもいかないんだろうが」
そもそも精霊術の同時発動など、人間に許された領域を遥かに超えている。
持ち前の集中力だけに頼った攻撃なのだから、疲れで戦闘不能になる方が早いかもしれない。
そして後半になるほど敵が減り、一撃に巻き込める数が減る。
きちんと狙う必要も出てくるので、実際に必要な回数は七千回か、八千回か。
そんな考えが頭を掠めていくが、ライナーは視線を敵に戻して撃ち続けた。
「……余計なことを考えず、攻撃し続けるのが一番早いな」
そう考えて、彼は敵を殲滅していく。
◇
攻撃開始から三十分が経った頃。敵にも動きが見え始めた。
気が付けば後続が盾や鎧を捨てて、槍や剣だけを持って進撃してくるようになっている。
これにより――行軍速度が上がった。
「……厄介な」
ライナーは敵が細い道を進み始めるタイミングで攻撃を始めたが、東へ向かう道は何も一つではない。
道なき道を進み始める個体が出ていれば。そちらに対処させないように、小隊単位で投げ槍を放ってくる敵も現れ始めた。
魔法攻撃を放つ小隊もあるので、回避行動をしながらの攻撃をすることになり。それが原因で殲滅速度はがくんと落ちている。
アンデットの中には騎士もいるだろうし、指揮官らしき個体も見られる。
彼らは生前のルーティンに従い、敵であるライナーに対処を始めたようだ。
味方の残骸もお構いなしで進撃を続けるスケルトンたちを前に、防衛ラインも後退を続けていた。
時間が経つ毎に東へ下がっていき。
ライナーはじりじりと、公国側に押し込まれていく。
『ライナー、南西から来るぞ!』
「何? ……そうか。アンデット化するのは、何も人間だけではないか」
もう少し稼ぎたかったが、と呟いてから。
ライナーは南西の空から飛んでくる、ゾンビ化した鳥系の魔物を迎撃し始める。
ワイバーンなどのB級上位クラスとされる魔物が混じっているので、一撃でも攻撃が当たれば戦闘不能になるだろう。
「鳥のくせに銃声を恐れないとは。……本当に、アンデッドは厄介だな」
今度は滞空位置を少し上げての空戦だ。
遠距離射撃で削れるだけ削り、七丁のライフルには適当に撃ち続けさせる。
射線を抜けて接近してきた敵に照準を定めて、自らが手にしたライフルで一羽ずつ撃ち落としてはいくのだが。
「鳥が相手なら、威力は落としていいか。大精霊、敵が道を抜けそうになったら教えてくれ」
『分かったから! まずお前は、自分の心配をしろって!』
片方の羽を失えば飛べなくなるのだから、とにかく当たればいい。
そう考えたライナーは出力を絞って、射撃回数を増やしていくことにした。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
次回、必殺技。
次話「今の俺にできる最速」は16時頃の更新となります。
閑話を挟まず最終章へ入る予定ですので、よろしくお願いします!
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