第百七話 冒険者としての原点



「どうしたどうした、もう手品は品切れか!」

「悪いけど。タネ明かしはしない主義なんだ」


 地上にいる相手を一方的に攻撃する。

 その前提で戦法を組み上げてきたので、ここにきて一気にプランが崩れた。


 攻撃を避けて銃撃を繰り返してはいるが、六発に一発も命中しない。

 そして当たったとして致命傷には程遠い。

 劣勢の中での空中戦だった。


「空を飛べるってのは、意外といいもんだな!」

「……もう牽制にはお構いなしか」


 体内で銃弾を破裂させても、一定以上のダメージを蓄積させると再生が始まる。


 再生するごとに皮膚が硬くなっていくようで、しっかりと急所を狙った一撃以外は弾かれるようになっていた。

 だが、それでもライナーは慌てない。

 彼は勝利に向かう最短の道を行くため、冷静に現状を分析している。


「アンデッドのくせに、再生するんだよな」

「ああ、俺は特別製みたいでな」


 痛覚がなく、恐れもなく。多少の攻撃では止まってくれないアンデッドは文字通りの死兵だ。

 厄介な敵ではあるが。しかし、まともな肉体を持たないのが彼らの弱点でもある。


 破損の再生が極端に遅いか、下級個体ならば再生できないか。

 とにかく、一度身体を破壊してしまえば終わりというのが救いだったのだが。


「その欠点すら埋まっている。難敵だな」

「余裕だなぁ。それがいつまで続くか、楽しみだ」


 空中でドッグファイトをしながら、ライガーは接近戦を仕掛けて。ライナーは遠距離戦に持ち込もうとしている。


 最高速度なら間違い無くライナーの圧勝とはいえ。

 体力が無限とも思える相手を前にしているので、巡航速度を落として戦っていた。


 時間と共にライガーの飛行速度が上がり、それに合わせてライナーの動きも速くなっていくのだが。

 六度目の接近をした時。ライガーは思い出したかのように、ライナーに語る。


「なぁライナー。実はな、母さんの気配も感じるんだ。俺たちの故郷の方に」

「……それで?」


 喋りながらも手は止まらない。

 ライナーは一秒間に八発の射撃を繰り返している。


 もうまともに攻撃が通らなくなってきているので、攻撃よりも回避が主体になっているのだが。撃ち続けることはやめていない。


 しかし。いきなり死んだ母の話題を出してどうしたのか。

 そんな疑問も、すぐに解消された。


「お前が死ねば、家族で、また、一緒二」

「俺にも家族がいるんだ。まだ死ぬわけにはいかない」


 そう言いながら、ライナーは追撃を回避する。


 父親は全員がアンデッドになっての一家団欒を望んでいるようだが。息子は一瞬でそれを拒否した。


「お前ガ、死ねば。母さんモ……きっと、喜ぶぞ」

「……」


 もちろんライガーの身体能力は、今も天井知らずで向上しているのだが。

 幸いなことに、攻撃は大雑把になってきている。


 彼本人の判断が混ざらないようになり、一定の行動パターンを繰り返すだけの機械になりつつあった。


 ライナーが持つ手札へ、対処する必要が無くなってきたことも大きいのだろう。

 あとは力でゴリ押せると考えたのか、思考能力を犠牲にして力が増しているような印象だ。


「俺ノ、家族。ライナーを、守る。ために、殺ス。みんなで……一緒に」


 確かにライナーも、父が言っていることは分からないでもない。

 死ねば亡者の仲間入りをするはずなので、こんな強敵から狙われることは無くなるだろう。


 亡者の集団で頂点を獲り。

 父と共に世界制覇をしてアンデッドの楽園を築き上げ。妻や仲間たちもアンデッドにして、永遠に幸せな生活を送れるかもしれない。


 が、ライナーはそんなことを毛頭望んでいない。


「発想が狂っているな」

「俺が、守る。俺の……家族ヲ!」


 そもそも、自分を殺そうとしている相手のセリフではない。まともな思考回路は既に失われたのだろう。

 そう判断して。ライナーは出揃った材料を組み合わせていく。


 不死。一定以上のダメージで再生。

 他のアンデッド同様に皮膚感覚はなくとも、身体は特別製。

 生前を超える肉体がある。

 そして際限なく強化される身体。

 力と引き換えで失われていく思考能力。


「イチかバチか。非効率なことは嫌いなんだが……今回ばかりは、賭けてみるのが一番早いな」


 王都の屋敷を飛び立つ時、ライナーはいつもの装備にライフルを加えた。

 しかしこの戦いが、己の冒険者人生。その集大成だとするならば。


 ――ここからは新しく加えた力だけではなく、手に入れた全てで戦おう。


 そう決めてからの動きは早かった。



「風の舞二式|風声鶴唳《ふうせいかくれい》! そして――」

「俺が、オレが、オレ、ガ――!」


 精霊術を展開しながら、うわ言を繰り返す父の姿を正面から見返して。

 ライナーは、あるスキルを発動した。


「《物真似》――ライガー・バレット!」


 ライガーの意思は既に消え去り。

 その身に染みついた戦いの記憶と、執念がその身体を突き動かしている。

 言い換えれば、彼は最適な動きを繰り返すだけだ。


 だからライナーは、レパードから伝授された物真似の技を使い。ライガーにとっての最適解を読み取っていく。


「ガァァアアアア!!」

「上下、回転、斬撃、掌底――」


 ただ読み取るだけで、動きは真似しない。

 相手が何をしようとするか。

 ただ先の行動を予測して、回避性能を大幅に上昇させた。


 ――実はライナーにとって。この技は、テイム以上に使い慣れている。



「避けきれないものは――四手先に来る三連閃だ。二発目を、蹴りで流す」


 ノーウェルの技を覚える時。

 精霊の技を覚える時。

 全てはこの技で真似るところから始まっている。


 特に、風の精霊術五式習得のために。

 数年間、毎日、一日の大半でこの技を使い続けていたのだ。


 今では本家のレパードを超えて。対面する相手の動きと思考のトレースを、高速戦闘中にも行えるようになっていた。


「切り上げ、切り下――キャンセル、回し蹴り」


 ライナーが攻撃に対応すれば。当然、その後の最適な動きも変わる。


 あらゆる攻撃、態勢、位置、戦術。

 それを高速でシミュレートしながら。ライナーはノーウェルから学んだ武術の動きで、更に回避力を上昇させていく。


 最小の動きで攻撃を受け流し。最短の動作で回避する。

 荒れ狂う嵐のような攻撃を、凪の如く冷静な対処――明鏡止水で受け流していく。


「ゴアアァアアアアア!!!」

「……まだか」


 徐々に攻撃の間隔が短くなり、ライガーの攻撃は加速し続ける。


「もう牽制するだけ無駄だ。全賭けするくらいでちょうどいい」


 言うと同時にライフルを操作することを止めて、八本の筒が地上へ落下していった。

 素手になったライナーは。一秒間に十数発は訪れる必殺の一撃を、全て回避する。



「はは……色々、回ったけど。結局、俺の原点はここ、か」



 敵を挑発しながら。

 至近距離で。

 ひたすら攻撃を回避し続ける。


 防御力は紙装甲で、一撃でも貰えば死という頭の狂ったやり方だ。


 敵を罠に嵌めて。

 きっちりと時間を計りながら。

 仲間たちの元にまで誘導する。


 ライナー・バレットという冒険者が斥候をする時。

 長い間それが、基本戦術になっていた。


 今、基本と違うところがあるとすれば。

 仲間の力を足りずに、単独で戦闘をしているという点だけだろう。


「ア……ガッ!? こ、これ、ハ……?」

「――来たか! ようやくだ。今度はこちらの番だな」


 戦闘をする時、時間を計るのは何故か。


 それは、敵に毒が回・・・り切る・・・時間を計算して、移動速度をコントロールするためだ。


 ライナーが接近戦の初手で選んだ《風声鶴唳ふうせいかくれい》。それは生前と変・・・・わらな・・・い肉体・・・を持つ敵に、毒で巻き上げた粉を浴びせるためのものだった。


 ライガーの様子を見る限り、出鱈目にバラ撒いた毒のほとんどは有効だったようだ。


「アンデッドを相手にゾンビ系毒が効くとは、皮肉なものだが」


 身体に再生能力を持たせるため、ライガーは受肉させられている。

 そのことで通常のアンデッドが持つ利点の一つ。

 肉体を持たない――毒が効かない――という特性までも捨ててしまったのだ。


 性質がアンデッドのままであれば不発に終わった作戦だが、賭けには勝った。


「それなら、あとは仕上げだけだ」


 次の一手で全てを終わらせる。

 そう決意して、ライナーは正面から特攻を仕掛けた。


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