執事の苦労と芸術の波



 サプライズ大作戦の結果がどうなったのかと言えば、大筋で大成功を収めた。

 まず、問題の縁談は成立。

 ルーシェとマティアスはもちろん結婚するし。両家の家族も大歓迎している。


 公爵家側からすれば、一族全員の命を救ったライナーからの頼みな上に。侯爵家当主かつ宰相という地位にいる人間との良縁。

 しかも娘の国の重鎮と結婚するので、家族で支え合えるのはいいことだと。断る理由が無い状態だった。


 ルーシェと家族から見れば、元公爵家という雲上人との縁談になる。

 威光のようなものすら感じていたので、むしろ婿入りの体裁では恐れ多いといった態度を取っていた。


 では全部丸く収まったのかと言えば、そういうわけでもなく。


「ふう、最後の展開は予想外だったな」

「陛下が調子に乗られると、いつもこの結末ですね」

「アーヴィン、少しは同情してくれてもいいんだぞ」


 ライナーはルーシェを除くメンバーからフルボッコにされていた。

 仲間たち曰く、「そんな大事な話を何故黙っていたのか」という理由でだ。


「明かすタイミングはできうる限りで最速の日程を選んだし、全部上手くいったというのに」

「こればかりは感情論かと」


 ララからすれば、死んだはずの親族が全員生きていた。それはもちろん嬉しい。

 しかし、絶望に打ちひしがれながら生きた期間は何だったのだろうと遠い目をしていた。


 彼女が遠い目をして、切なそうにしているのを見たリリーア、ベアトリーゼ、セリアの三名から、怒涛の如き詰問が始まり。


 結果としてお仕置きのフルコースが見舞われたが、しかし。

 ライナーはけろっとした顔をしている。


「まあ、俺からすれば軽い罰だった。彼女たちもまだまだ甘いな」


 ゴミ拾いのボランティア、公園の真ん中で何もせずに六時間棒立ち。

 一週間は家に出入り禁止、二週間は夜のスキンシップなし。


 その他色々。

 今までに食らった制裁を、全部搔き集めたような有様だった。


 それに加えて、ご祝儀代わりにルーシェの領地である公国北西部。アンデッドと戦いになった付近の未開発地を開拓するように命じられたり。

 伯爵家長男であるマティアスの引き抜きについて、帝国と話をつけにいったり。


 その他色々。

 国内外に溜まっていた問題を一掃する勢いで仕事を押し付けられた。


 しかし時間を停止させたり飛ばしたり、色々な手段を講じた結果。この男は一秒・・で全てを片付けた。

 はたから見れば、三週間で内政と開拓と外交を全て終わらせた格好だ。


 王都からルーシェの領地の端までは、馬と船を使っても往復で一週間ほどかかる。

 帝国までは往復で二ヵ月ほど必要なので、本来ならば作業時間抜きで数か月かかる計算だ。


 何をどうして三週間で全ての処理が終了したのかは分からないが。

 数々の制裁がノーダメージな主君を見て、執事のアーヴィンは浅い溜息を吐いた。


「少しは効いている素振りを見せた方がよろしいかと存じます。追加制裁が発動してしまいますので」

「それもそうか。気を付けよう」


 時を加速させて、公園での棒立ち時間をスキップしたり。

 開拓地の木々を範囲限定の光速攻撃で焼野原にしてから、時間を加速させていい感じに再生させたり。

 その後二週間ほど時間を飛ばして、早速嫁に手を出してみたり。


 つまりは精霊神の力をフルに使い、全ての面倒事を力技で押し切ったのだ。

 風の大精霊は呆れて物も言えない様子だったが、ある物は全て使うのが最効率なのである。


 そんな日々が終わり、執務室に戻ってきたライナーが何を言うかと思えば。


「しかし、今回の件で学んだ。俺には演技力。そして構成力が足りないと痛感したよ」

「…………左様でございますか」


 学んだものがそれか。と、アーヴィンはもう何も言えない状態だったのだが。

 きちんと受け答えはする。彼は大人だからだ。


「もっと感動的なプロデュースをすれば彼女たちも拍手喝采だったかもしれないし。やはり劇場と劇団を作るべきだな」

「育てた人材から、演技指導を受けるおつもりでしょうか?」

「そうだ。次は・・もっと上手くやりたいからな」


 ライナーは大道芸人根性を見せて、演出へのインパクトだけを重視したのが敗因だと分析していた。


 大きな感情の揺さぶりがあれば、それは喜怒哀楽どれにでも振れるのだ。

 今回は不満な点があったからに振れてしまった。


 もっと感動的に、だけに向かうようなセッティングをすればハッピーに終われたのではないか。

 と、ライナーは思っている。


「そのお考えですが。奥様方とセリアの前では、絶対に言わぬようにお願い申し上げます」

「……ダメか?」

「はい、かなり」


 呆れるアーヴィンの様子を見れば、本音を少しは隠した方がいいのかなと思う一方で。劇場の建設と劇団の設立はライナーの中で確定事項だ。


 彼は寿命から解き放たれているので、百年かけて地道に戯曲を書けば世紀の超大作も作れるだろう。

 しかし一人では発想の限界がある。


 農業や工業は力技で何とかできても、芸術や文化は生きている人が育むものだ。

 だからこそ。この地に芸術の都を作るぞと、彼は野望を燃やしていた。


「まあいい。倉庫に金貨を100万枚ほど用意したから、それで計画を進めてくれ」

「……ライナー様。恐れながら、その資金はどこから?」

「帝国で暴れる魔物の群れを討伐してきた。生態系に影響が無いレベルで」


 折角だからと帝国で冒険者デビューして、全土で塩漬け依頼を受けまくり。

 登録から二日でA級冒険者に昇格するほど荒稼ぎしたライナーだが、その稼ぎは金貨20万枚ほどだ。


 残りの資金は青龍が王城を破壊する寸前まで時間を巻き戻して、焼失する前に剥ぎ取ってきたものである。


 平行世界から金貨を運ぶことができるものの、それは流石に禁じ手としていた。

 市場へ金貨を過剰投与すれば、物価が上がって経済が崩壊する。


 それを避けるための線引きとして。

 敢えて、過去に存在したものだけを引っ張ってきたのだ。


 そうして用意した大金、日本円にして三百億。

 その金で何をするかと言えば。


「この際だから街を一つ作る。絵画、演劇、工芸、音楽、服飾、全てが集まる芸術の発信地だ」

「……承知致しました」


 国として文化活動を保護していけば、格もそれなりに上がるだろうか。


「しかしそれだけの資金があれば、農業政策や治水も一気に進みそうですが」


 新興国家でしかない公国の箔付けにはいい案かと思うアーヴィンではある。

 しかしこれが国王の個人的な趣味であることを考慮して、わずかに口元が強張っていた。


「自分で稼いだポケットマネーだ。投資先は選ばせてくれ」

「それはもちろんですが、反発は避けられません。念のため議会にかけるか、女王陛下の御判断も仰いだ方がよろしいかと存じます」


 つい先日未開拓地をライナーが根こそぎ開発したので、その予算が浮いた分は国庫に余裕がある。

 しかし開拓地などいくらでも残っているし。建国して間もない国が、芸術一点に大金を賭けるのもどうか。

 国民や貴族たちの理解が得られるのか。それは未知数だった。


 何とか軌道修正を図ろうとしたアーヴィンは、ララをストッパーにしている間に他の王族、重臣たちから説得してもらうか。

 会議の席で国王からの投資金を、他の分野にも分ける方向に持ちこむか。いずれにせよまずは時間を稼ごうとしたのだが。


「ララの許可なら取ってある。何なら陶芸と工芸には彼女も出資したいそうだ」


 ついでとばかりに、ベアトリーゼが画家を招集する計画を立てていること。

 衣服のデザイナーを、リリーアが呼び寄せようとしていること。

 ルーシェも芸術系の専門学校を設立する計画を立て始めたこと。


 そんな話がライナーの口から追加で出てきて。話の早い国王が、根回しを終わらせていることは確定した。


「…………では、私から臣下一同に話を回しておきます。お好きにご計画を」

「話が早くて助かるよ」


 国王が先手を打ち、既に王族と宰相を抱き込んでいると知り。彼は全てを受け流した。

 これはあらゆる大人社会で使われている「黙認」という技術である。

 このメンバーが合意して決めたものを覆すのは難しいだろうという、合理的な判断からの撤退だ。


「詳しい話を詰めてから、再度ご報告致します」

「よろしく頼むよ。……さて、昼食の時間だな。俺は皆と食べてくるから、アーヴィンもセリアと食べてくるといい」


 そもそもララの趣味が古物収集であり、公爵家のお嬢様として芸術の保護には理解があったのだが。

 リリーアは見栄えのいい服装が大好きだし、ルーシェもデザインには前々から興味を持っていた。

 先手を打たれた時点で防ぐ手段はなかったのだ。


 撤退の判断は間違っていなかったと確信した反面、どうやって家臣団を説得していこうか頭を悩ませるハメになったアーヴィンだが。


「…………はぁ」


 そんな彼はライナーの執務室から出てすぐ、深い溜息を吐く。

 王族総出でオシャレ方向に突き進もうとしている様を見て、家臣団が反発するだけならまだいい。

 むしろその計画に便乗しようとする者が増えた方が問題だ。


「禍根を残さないように説得をしつつ、加熱しないように手心を加えつつ。ですか」


 熱弁を振るい過ぎて芸術ブームになれば、国の産業が嗜好品しこうひんや贅沢品に偏る。

 説得相手は味方なので、下手に叩き潰すこともできない。


 ライナーたちを弁護し過ぎても別な問題が起きるので、許されるギリギリのところで納得させるという、匙加減が難しい交渉を抱えてしまった。


「開拓事業などに影響が出なければいいのだが……身を持ち崩す者が出ないかも見ておかなければ」


 急に決まった一大事業についての様々な調整。それは彼の仕事だ。

 とんでもなく高い給料で雇われているので、その分は働かなければと思う反面。彼に先行きの不安は尽きない。


 暗い気持ちで昼食に向かえば――廊下の向こうから、妻のセリアが歩いてきた。


「あ、アーヴィン。ねえねえ知ってる? 芸術の街ってのができるらしいんだけど」

「セリア。貴女のところにも話が?」


 ライナーの計画に待ったをかける人間がいるとすればアーヴィンかルーシェくらいのものだろうが、既には射られていたらしい。

 王族組だけでなく、宰相にも根回しは終わっていると聞いたばかりだ。


 しかし先ほどはセリアの話は出てこなかったなと気づき、目の前の妻を見れば――手には彫刻刀のセットが握られていた。



「うん。アタシも何か作ってみようと思うんだけどさ、一緒にやらない?」



 次いで出てきた、妻からの無邪気な誘いに。彼は珍しく天を仰いでしまった。


 動きが大規模でないから話題に上がらなかっただけで、モノ作りそのものには賛成しているようだ。

 アーヴィンが反対した時のために、セリアにも根回しは終わらせていたらしい。


 今回に限って穴が全く見当たらないのだ。

 国王はどれだけ情熱を燃やしていたのだろうか。


「……趣味程度、なら」

「オッケー。コレ試作品なんだけど、道具も本格的に領地で作らせてみる! いやぁ、楽しみだなー」


 家臣団をまとめるのも仕事だし、主の無茶を通すのも仕事なのだが。

 ついでに言うと、領地経営についてズブの素人であるセリアの脳筋一族に代わり、彼は侯爵家の領地も差配しなければいけない。


 仕事は山積みだとして、家族サービスもおろそかにできない。だからアーヴィンも時間を見つけて彫刻を始めてみることにした。


 しかし芸術へうとい彼は、全くの不器用だった。


 彼は工房で石を相手にも苦戦することになるのだが、それは少し先の話になる。

 アーヴィンの苦労は、まだまだ始まったばかりなのだ。






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 アーヴィンの能力値(信長の野〇風)

 武力64 知力95 政治82 魅力75 芸術6

 教養なら50台後半くらいですが、元平民に芸術は難しいのです。


 それはさておき。次回、芸術業界に迫る魔の手。

 ベアトさんのお金儲けが始まります。


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