サプライズ大作戦-Ⅳ



「ラファエラ、ここから外に逃げなさい!」


 時は、何者かがメモリア公爵家を襲撃した日にまで遡る。


 組織的な襲撃だと判断した先代メモリア公爵は、秘密の通路から家族を逃がそうとしたのだが。敵は戦いに慣れた騎士崩れのようで、既に屋敷の中にまで侵入されて火を放たれていた。


「おじい様たちも一緒に――」

「儂らの死体が挙がらなければ、奴らは追手を差し向けるだろう。マティアスだけでも一緒に逃がしてやりたいが……もう無理だ」


 親族は応戦している者や、裏口から抜け出そうとしている者など様々だが。敵は屋敷の周囲をがっちりと固めているため、この隠し通路以外から逃げるのは難しいだろう。


 そう判断して、跡取りの二人をここから送り出そうとした先代公爵だが、マティアスは親族を守るために武器を持って大部屋に立て籠もっている。

 もう助け出すのは不可能だと判断して、ララだけをここに引っ張ってきたのだ。


「いいか、誰も恨んではならん。復讐も考えるな」

「で、でも……」

「お前だけでも生きてほしいんだ。約束してくれ」

「おじい様、私も――」


 最後まで皆と一緒にいたい。

 本来・・ならそう言うララを通路に押し込んで、先代公爵は蓋をしてしまうのだが。

 彼女が言い終わる前に、後光を伴った精霊神が降臨した。――タイミングを間違えて登場してしまった。


「え?」

「ぬあっ!?」

「む、少し早かったか」


 眩い光と共に現世へ降臨したライナーがそう呟くと、早速そのシーンは無かったことになり。

 場面は数秒前・・・から再開される。


「お前だけでも生きてほしいんだ。約束してくれ」

「おじい様、私も残る。最後まで、みんなと一緒にいたい!」

「駄目だ! こんなことで死ぬのは、儂らだけで十分だ!」


 そう言うと、先代公爵はララを突き飛ばし、隠し通路に蓋をする。


「お前だけでも生きろ! 何としてでも、生き延びて……幸せになってくれ!」


 老人の叫びと共に、脱出用の隠し通路はただの壁に戻り。

 ――今度こそライナーが降臨した。


「ふう……今度は良さそうだな」

「ぬあっ!? な、なんだ貴様は!」


 突然空中に現れた見知らぬ男を見て、先代公爵は愛用の剣を抜いたのだが。

 一方のライナーはマイペースに演説を始める。


「俺は……んんっ、我は光の精霊だ。ゆえあって、貴殿らを救いに来た」

「せ、精霊、様?」


 今のライナーは宙に浮いているし、きちんと後光も差している。

 服装もそれらしいものを選んだし、言葉遣いを修正したついでに威厳があるような声を作っている。


 この国で精霊の名を騙る者はいないだろうし、何より、放っておけば暗殺者から皆殺しにされる場面だ。

 少なくとも敵ではあるまいと思った先代公爵は、礼をしてからライナーに問う。


「助けて、いただけるのですか?」

「ああ、もちろんだ。未来で君たちは、私の親戚になるのだからな」

「親戚……?」

「そうだ。ラファエラは俺――我の伴侶となる」


 俺、私、我。一人称が色々とブレてしまい、慌てて修正したライナーではあるが。

 状況の変化に驚いている先代公爵は、そこまで頭が回らなかったようだ。


 しかし、冷静になられたら不都合も出てくるだろう。

 そう判断したライナーは速攻で決めることを決意して、虚空から無数の死体を出現させる。


「こ、これは……!?」

「別な時間軸から持ってきた貴方たちの死体だ。見ていて気分がいいものではないからな、すぐに終わらせよう」


 そう言った一秒後には、親族全員をこの場に集合させた。

 暗殺者たちも集合しているが、彼らの時間だけは停めてある状態だ。


 直前まで敵と切り結んでいたマティアスたちは目を点にしていたのだが。ライナーは「非効率だったか」と呟きながら、再度説明に入り。

 今しがたの説明と同じような話を終えてから、今後の方針を語る。


「身代わりは用意した。これから君たちは、時が来るまで王国と公国の歴史から関係のない場所で過ごしてもらいたい」

「公国?」

「ああ。私とラファエラが結婚して、新たな国を興すんだ。……八年後の話だな」


 ライナーが過去や未来を自由に行き来できると簡単には説明したが。親族たちは、別な世界から連れてきたという自分たち・・・・の死体を見ているのだ。

 突飛も無い話でも、論より証拠というか。インパクトが口を挟ませなかった。


 そしてライナーは、これまた何も無い空間から、大量の木箱と宝箱を取り出す。


「帝国では献金で貴族の地位を買える。これを使い、伯爵位でも買うといい」

「……あの、この金は?」

「王家の宝物庫から拝借した。慰謝料代わりとして貰っていけ」


 王家やメモリア公爵家にある先祖伝来の品などを持っていけば、足が着くかもしれない。だから王国が国庫の奥に保管していた金貨だけを大量に持ち去り、それで地位を購入するという話だ。


 その国庫は数年後に青龍のブレスで爆裂四散してしまうので、中身も全て消失するのだが。それでは勿体ないから有効活用してやろうという意図もあった。


「あの、ラファエラがいないのですが……」

「む、娘を助けていただくことは、できないのですか?」

「すまない。彼女には辛い思いをさせるが、今は助けることができない」


 悲壮な顔をしたララの両親、現公爵夫妻は恐る恐る申し出たものの。それはライナーでもどうしようもなかった。


 数千、数万パターンの歴史を試したライナーだが。

 今日の襲撃を無かったことにした場合、ララが幸せに暮らせる一方で――冒険者になる未来は訪れない。


 もちろん公爵家令嬢という身分のまま冒険者になる未来は、平行世界を探していけば見つかった。

 しかし兄のマティアスと遊び程度にやるだけで、蒼い薔薇のメンバーとは出会わないことがほとんどだった。


「色々検討したんだが、これ以外の手はないんだ。分かってくれ」


 無理矢理色々な場面を調整して、蒼い薔薇+マティアスでパーティを組むパターンも試してみたが、それも上手くいかない。


 メモリア公爵家が無事だと、今度は家が没落せずに済んだベアトリーゼがパーティに入らなかったり。

 リリーアとルーシェが二人だけで冒険を続けて、コンビの冒険者としてC級で活動していたり。


 アーヴィンを始めとした何人かの仲間と出会えなかったり、王国のお家騒動に巻き込まれたり。

 ライナーが精霊術を覚える機会がなく、未来との整合性が取れなかったりと。

 どう調整しても上手くはいかなかったのだ。


「せめて衣食住には困らないように、先回りで手を打っておいた。彼女をイジメる先輩冒険者には別の街に移動してもらったし、暗殺者も追手も片付けた」

「え? あの、それはどういう……」

「まあこちらの話だ」


 このまま時が流れればララは逃亡生活の途中で、とあるご隠居から救われて冒険者になるだろう。

 一人立ちをした直後は色々と辛い目に遭うし、暗殺者や追手とも戦うことになる。が、歴史に影響が無いレベルで、既に未来での困難は取り除いてあった。


 その辺りは説明も難しいので流すことに決めて、ライナーは続きを話す。


「情勢が落ち着いた頃に迎えに行く。王国の北西にローズ・ガーデン公国という国ができて、ララという女王が生まれたら……それが彼女だと思ってくれ」

「……承知致しました。それが精霊様のお導きならば」


 信仰心の篤いメモリア公爵家とその親戚たちは、誰もがライナーの説得に応じてくれたようだ。

 帝国への亡命も了承は取れたので、ライナーは仕上げにかかる。


「それとマティアスには、帝国貴族になってから十六回ほど縁談の話が来るはずだが――見合いの話は全部断ってほしい」

「……え?」

「公国の女宰相はラファエラも信頼を置く人物なんだ。しかしどうにも、ひどく男運が悪くてね。マティアス以外では幸せにできないという結論に達した」


 周りがあれこれ世話を焼くが、どれもこれも玉砕や爆砕を繰り返し。結局生涯を仕事に生きたルーシェは、後世で「鉄血の宰相」と呼ばれる女傑になるのだが。


 彼女が結婚するなら、相手はライナーとマティアスの二択しかないレベルで良縁に恵まれない運命だった。


 だからライナーは、貴公子の存在に全てを賭けた。

 彼もざっとしか未来を見ていないが、彼女たちの相性は抜群だ。


 どの未来でも、引き合わせた瞬間から恋に落ちることが多かったのだ。

 互いに一目惚れに近い印象を抱いているのは確認した後なので、上手くいくことが分かった上での縁談である。


「我が名はライナー・バレット。帝国の冒険者ギルドにバレットという名前で報せを出すから、その時はすぐに来てほしい。……いいね?」

「はい、承知しました。精霊様」

「呼び方はライナーでいい。私が義理の弟になるのだから、敬語もいらない」


 現時点の見た目はライナーが二十歳、マティアスが十四歳なので、少し違和感があるものの。聡明なマティアスは何も言わず、素直に頷いて見せた。


 何はともあれ。

 これで、未来に向かう道筋は整ったことになる。


 蒼い薔薇の五人とライナーが出会い、建国し、関係者の全員が幸せになる道はこれで完成した。

 王国の国庫から彼らの亡命費用が消えたわけだが、それは消滅する予定の金貨なので損をする者は一切出ない。


「まあ、いずれにせよ、この暗殺計画を命令した人間はボコボコにしておくから」

「え? は、はい」


 そして王国の騎士団長は殴る。

 それはどの世界線、どの時間軸でも変わらない。

 というよりも、わざわざその運命を変える意味が無い。


 精霊の口からボコボコなどという単語が出て驚く一同だが、これ以上話せばボロが出ると思ったライナーはここで話を打ち切ることにした。


「では全員を帝国まで送ろう。暫しの別れだが、ラファエラとはまた会える」

「……娘を、よろしくお願いします」

「もちろん。と、言いたいが。そのセリフは八年後に聞かせてくれ」


 話を終わらせてから、ライナーは彼らを帝都まで送り届けて。

 十分な支度金を持って亡命した彼らは、帝国貴族としての生活を始めた。


 貴族位を継がないことが決まり、将来結婚する相手も決まったマティアスは自由に生きて。

 冒険者としての才覚を発揮した結果、七年でA級まで到達することになった。




 こうして、実はルーシェは。

 「貴族に返り咲いて、自由に結婚相手を選べる立場になるぞ」と決意した段階で、許嫁いいなずけが決まっていたことになる。


 ルーシェの一族は全く知らないが、公爵家の御曹司であるマティアスのことを八年もキープしておいたのだ。

 それこそ、彼女が没落準男爵家の令嬢であった頃から。


 以上がライナーから、仲間たち全員へのサプライズ大作戦だった。


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