第一章 最速を目指す男

第二話 無限の可能性



「さて、これからどうしたものか」


 そう言いながら、ライナーはナイトの駒を敵陣へ進める。


「はぁ……頼めば残留できそうなものを」

「一度クビを撤回させても、そのうちまたそんな話が出てくるよ。何度も繰り返すなら一度で止めるのが最効率で一番早い」


 彼は冒険者ギルドでやることを済ませて帰ってきて、隣の家のご隠居さんとチェスを打っているところだった。


「そりゃあそうかもしれんが。世渡りが下手なのは相変わらずか」


 いつもより早い帰りをいぶかしんだご隠居にも、事情を説明したのだが、彼から返ってきた返事にも、大いに呆れが含まれていた。


「終わりが見えたから、可能な限り早く終わらせて次に行く。それが一番話が早い」

「若いうちは、もっと無駄を楽しんでもいいと思うがね」


 ご隠居はそう言うが、ライナーは無駄を楽しいとは思わない。

 むしろ無駄なく、最速最短で目標を達成できた方が楽しいだろう。


 などと、考えを散らせたのがマズかった。

 気づけばご隠居がいい所に打ち返してきたので、戦況が一気に傾いてしまった。


「何にせよ、人は一人では生きていけん。だからこそ謙虚さを持ち、不得意分野では誰かに頼――」

「投了します」

「……見切るのが早すぎんか?」


 不利な戦いで長丁場の泥仕合になるくらいならば、いっそ負けを認めて仕切り直した方が早い。

 その方が合理的だ。

 勝敗を競ってはいないのだからそれでいいと、彼は本気でそう思っている。


「もう一手、といきたいところだけど。そろそろいい時間か」


 そして上着を掴むと、いつものルーティン通りに走り込みへ出かけようとしていた。


 彼は毎日同じ時間に、同じペースで淡々とランニングをする。

 トレーニング面でも無駄を極限まで削り、最高効率で、限りなく効果的な鍛錬を続けている男でもあった。


 ただし鍛えるものは脚力のみ。

 走り込みで身に付く体力は、足の速さのついでだ。


「本当にお前は、素早さ以外を鍛えんなぁ」

「それが得意分野・・・・だから」

「意趣返しのつもりか……まったく」


 実際にこの言葉も嘘ではない。

 斥候偵察、妨害工作はお手の物だ。戦うための下準備は任せておけ。


 ただし俺には戦闘能力が無い。だから戦いは他のメンバーに任せる。


 それが彼のスタンスである。

 安全で快適に戦うためのを作るまでが仕事だ。


 さて、話を切り上げて日課の走り込みに向かおうかと、席を立ったライナーに向けてご隠居はボヤく。


「そんなに素早さを極めたいなら、もっとスキル・・・を取ればいいだろうに」

「斥候職もスカウトも、ほとんどのスキルを習得済みだよ。これ以上は非効率だ」


 何かの経験に熟練してくると、スキルというものを覚えるのだが、これを習得すると各種の技能が目に見えて上達する。


 例えば斥候は《隠密》や《暗視》など、索敵に有利なスキルが揃っているし、素早さの底上げスキルもいくつか獲得できる。


 スカウトは斥候と似ているものの、少し攻撃的だ。投擲や弓の攻撃スキルも身に着くのだが、攻撃力を全く鍛えていない彼にとっては死にスキルが多かった。


 それでも速さに関連するものは軒並み習得したはずだと、ライナーは一人頷く。


「まあ、スキルがあれば効果的なのは間違い無いとして。もう有用なものは無さそうだからね」

「そうか?」

「そうだと思うけど」


 鍛錬の方向性や就いている職業によって能力の成長も変わってくるのだが、ライナーは素早さだけを見れば超A級。国内屈指の実力者になっている。


 ただし攻撃力はゼロに等しく、新米冒険者と腕相撲をしても負けるレベルだ。

 魔法の腕前などもお察しである。


 そんなことは分かっているとばかりに、淡々と告げたライナーだが、続くご隠居の言葉で目を見開くことになった。


「いやな。郵便屋とか運び屋とか……後は飛脚とか。郵送関係の職業で獲れるスキルも、素早さに直結するんじゃないのかと」

「……はっ!?」


 それらは冒険に関係が無いからと、ライナーが初めから選択肢から外して考えた職業だ。


 しかし、言われてみればそうである。


 運搬に使うためのスキルでも、物によっては素早さに繋がるものはあるだろうと、彼は驚愕した。


「他にも軽業師とかとび職とか。探せば色々あるんじゃないのか。暇なら一つや二つ覚えてみても良さそうなもんだが」

「そう言えば……そうだ」


 冒険者として活動を始めるのが早いほど、信頼と実績を積み重ねるのも早くなる。


 そう考え、十歳でこの世界に飛び込んでから五年ほど。今話題に上がったアイデアは、一度として出てこなかった発想だった。


「俺が間違っていたよ、ご隠居」


 冒険に関係が無いスキルでも、素早さが上がるなら有用だ。

 全く手を付けていなかった分野だけに、可能性は無限大にも感じられた。


「分かってくれたなら何よりだ。そうともお前は視野が狭い。もっと広い視野で――」

「俺、今日から鳶職人になる」

ぬしの人生、それでいいのか!?」


 切り替えが早い・・というのは一つの才能だ。

 彼は持ち前の早さを活かして、早速考えを改めた。


「こうしちゃいられない。早速三丁目の親方のところで修行をしないと!」

「ま、待てライナー、もっとよく調べてから――!」


 ご隠居の話もそこそこに、既にライナーは走り出していた。


 《鳶職》や《軽業師》のような職業にありつければ、不安定な足場でも安定した速さが出せるようになるかもしれない。

 ダイレクトに素早さが上がるスキルだってあるかもしれない。


「おじいちゃーん、ライナー。そろそろご飯を……あれ? ライナーは?」

「行ったよ。いつもの発作だ」

「ああ……なんかもう、分かったわ」

「あいつは話を聞かないからなぁ……」


 呆れる孫と爺さんも何のその。

 新しい可能性に胸を躍らせた彼は、最高速で夕暮れの街を走り抜けていった。


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