第八十七話 開戦と違和感
ノーウェルを将軍とした公国軍、その数三万。
彼らは街を包囲しているアンデッドの大群を、小高い丘の上から見下ろしていた。
公国の軍は五人一組を班として、隊伍を組んで戦う方式を取っていたのだが。
体制に嵌まらない遊撃隊がいくつかある。
その小隊長としてノーウェルが抜擢したのは、己の弟子たちだった。
「テッドとシトリー、それからジャネットは出陣だ。それぞれ班員を率いて、劣勢な箇所があれば援護に向かえ。マーシュとパーシヴァルは後軍で留守番を頼むぞ」
ノーウェルが直接稽古を付けている五人の中から、三人にそれぞれ二十人ずつの兵をつけた。
今回求められるのは、大勢の敵と正面からぶつかるための戦力なので。使いどころが限られるマーシュとパーシヴァルは留守番という形になったのだが。
「師匠、俺も戦えます!」
「私もです。遅れは取りません!」
一年以上もこの老人にしごき倒されたのだから、彼らはいくらか熱血になっていた。刑務期間が明けても修行を継続するくらいには、武人になっていたらしい。
今ではC級の魔物など簡単に打ち倒せるし。マーシュの場合、戦闘が短時間であればA級冒険者にも引けを取らなくなっている。
目覚まし過ぎる進化を遂げた彼らは、既にB級くらいのパーティになっていたのだが。心身共に成長した弟子たちを満足気に見ながら、ノーウェルは鷹揚に頷く。
「うむ。ならば中軍の本陣で待機だ。もしもの時は儂と共に
「はい! 師匠!」
「お任せください!」
単純な思考回路をしている二人は、情熱に燃えていたのだが。
一方で他の三名は、それを少し引いたところから見ている。
「変われば変わるもんだねぇ」
「飲んだくれてるよりは、まあ。いいんじゃない?」
「はは……どうしてこうなったんだろう」
仲間たちの様子を見てから、改めて敵の様子を見たテッドだが。
街の周辺を取り囲むようにして、地を埋め尽くすような亡者が蠢いていた。
「僕たち、今からアレと戦うんだよね……」
「うーん、味方も多いから大丈夫でしょ。何とかなるって」
「シトリー。今日ばかりは、アンタの能天気さが羨ましいわ」
確かに味方は大軍だ。
城塞都市と化した街にも、いくらかの兵がいるだろう。
それに、日時を合わながら行軍してきたので。少し遅れて、西国の援軍六万も布陣を終わらせようとしていた。
街を挟んだ反対側に友軍がいるため、味方は約十万人。
丘の上に布陣できた時点で地の利は確保できたし。やや変則的ではあるが、挟み撃ちの形になっている点でも有利だ。
「それにさぁ。敵は二十万って聞いたけど、むしろこっちの方が多いんじゃない?」
「まあ、それは確かに」
聞いていた話では連合軍の倍、二十万の敵を相手にする予定だったが。
現地に着いてみれば数は互角どころか、むしろ勝っているくらいだった。
監視役がパニックになって計数を間違ったのか。
とにかく援軍が欲しくて大袈裟に伝えていたのかは別として。
この戦場だけで言えば、勝利は確実と言える。
「だが、別動隊がいるかもしれん。気を引き締めていけ」
楽観的な見方をしている弟子たちを
アンデッドは生前のルーティンに従って行動する個体が多いはずだ。
少し気の利く将軍が敵を指揮していれば、戦闘が始まった直後に伏兵が現れたり、後方を襲撃したりといった戦略行動も取るかもしれない。
そんな懸念を抱きつつ戦場を
それから幾らもしないうちに、西の友軍が、開戦の合図となる楽器を打ち鳴らした。
「全軍! 足並みを揃えて、前へ!」
ノーウェルが号令をかければ、同じく自陣からも楽器の音が鳴り響き。
総勢二十万を超える軍勢が、平野で激突した。
◇
「……おかしい」
「何がです? 師匠」
「敵が、弱すぎる」
指揮する個体がいなかったのか。
開戦から半日も経たないうちに、アンデッドの軍勢は崩れ始めていた。
味方には大きな損害も出ないままに敵を圧倒して、ジリジリと戦線を押し上げているのだが。
「この程度であれば、わざわざ援軍を呼ぶこともなかったはずだ。西国だけでカタが着きそうなものだが」
「向こうさんの軍が、思ったよりも弱い――ってことでも、なさそうですね」
「そうだな。騎馬隊はよく訓練されているし、野戦ならば圧倒できたはずだが」
街を挟んだ西側ではモルゴン王国軍が怒涛の攻撃を仕掛けており、殲滅の速度だけで言えば公国よりも数段速い。
その分被害も出ているようだが。
と、分析していれば。斥候に放ったパーシヴァルとその部下が本陣に戻って来た。
「周囲を探索しましたが。敵影、見当たりませんでした」
「後方に潜むわけでもなく、待ち構えているわけでもなく……か。よし、前線に撤退の合図を出せ」
どう見ても優勢なのに、何故。
疑問に耐えかねたマーシュがそんな口を挟む前に、続々と早馬が飛び込んできた。
「狼煙台から救難信号です! 公国の南部から、アンデッド十万が接近!」
「同じく、西部からの伝書ワイバーンが到着! およそ三十万の敵が進軍している模様です!」
「国内の各領地でも、敵影、多数出現!」
公国の全国各地からアンデッドが湧き出し、国外からも首都の方角を目指している軍勢が現れたという報せが入ってきた。
「そら来たぞ。どうせこんなことだろうと思ったわ」
そう言いながらノーウェルが撤兵の指示を出していく中で。その後も入れ替わり立ち代わりに、敵の出現報告が飛び込んでくる。
中には西国の使者も混じっており、そちらも本国が急襲されて浮足立っている様子だったのだが。
「よし、連合軍はここで解散だ。前線部隊を一気に引かせたら、そのまま公国に向けて走らせろ」
この戦場は勝利も間近なので、後は任せてもいいだろう。
そう判断したノーウェルは各部隊に伝令を出して終えてから。拳を鳴らしつつ一歩前に出て、吠えた。
「これより敵を迎え撃つ! 抜かれれば味方が背中を刺されるぞ。遅れを取るな!」
撤退する味方部隊を守ろうと陣形を組んだ一行の前に。
危急の報せが届いたのは、この直後だった。
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