第五十七話 間違いではなかったかな



「あ、あのバカ息子がぁ……!」

「先代! お気を確かに!」


 ボンクラの長男に跡を譲ったのは間違いだったか。


 と、先代フィリッポ子爵は怒りで頭を掻きむしっていた。


 辺境の方で新しく数名の領主が着任したという話は聞いていたし、協力体制を取り急速に栄え始めたという話も聞いてはいた。

 しかしそこの領主がリリーアだとは、思ってもみなかったことだ。


 息子の方は悪知恵が働くというか何というか。


 今まで世話をかけたからと慰安旅行を提案されて、旅行先から帰ってくれば、既に戦へ出かけていた。

 しかもその理由が、一昨年に縁談を断られた腹いせだというのだから、彼は開いた口が塞がらなかった。


「しかもなんだ、このザマは!」

「あ、相手がドラゴンスレイヤーでは致し方のないことかと」


 脱走兵が相次ぎ、向こうの領地に着いた頃には兵士が半分になっていたり。


 あまつさえ脱走兵が全員寝返り、脱走兵に逆襲された士気の低いフィリッポ二世軍が数十分で壊滅していたり。


 挙句の果てには真っ先に敗走したフィリッポ自身が、食料が無いから敵に投降したというオチまで付くのだ。

 ちなみに後からやって来た、食料や武具を運ぶ荷駄も全て奪われている。


 先代が怒りのあまり、卒倒してもおかしくはない内容であった。


「ぐぬぬ……敵の指揮官はライナー殿か」

「左様でございます。リリーア様とご婚約なされたとか」

「むぅ……まあ、どんな男かは知らんが。うちの息子よりはいい相手なのだろうな」


 フィリッポ二世は四十代半ばを過ぎて嫁が見つからず、未だにわがまま放題をやっているのだ。


 領地持ちの子爵という、かなりの権力を以ってすら相手が見つからないのだから、本人の性格は推して知るべきだろう。


 年齢だけを見ても、当時十六歳だったリリーアが縁談を断るのは無理もない。

 ましてやドラゴンスレイヤーなどと、比べるまでもない。


 そう諦めて、先代フィリッポ子爵はリリーアから届いた書状に目を落とす。



「捕虜はほぼ全軍の千八百人で、身代金・・・は一人頭金貨3枚か……」


 本来なら人質に取られた家族の分だけを払えばいいのだが。

 流石にこの状況で民に支払わせれば、フィリッポ家に対して反乱が起きかねない。


 そもそも働き盛りの男が千八百人も失われれば多大な損失だし。最悪の場合は反乱が起きずとも、そのまま領地の経営が傾いてしまう。


 領民は何としても返してもらわなければいけないのだ。

 一人当たり金貨3枚で領民を解放してもらえるなら、十分に良心的な価格だろう。


 それは傍で報告している側近も、同じ考えのようだった。


「奇襲戦争でこれなら格安でございましょう。ここは王宮の沙汰を待つよりも、示談をされた方がよろしいかと」

「こんな早さで、王宮の許可は降りないか。しかも理由がこれでは、当然無断だろうな……はぁ」


 戦争にもルールがある。

 今回は違法な戦いを吹っ掛けているのだから、生殺与奪はリリーアのものだ。

 本来なら全員が処刑された上で、王宮に訴えられてもおかしくはない。


 しかしリリーアから出された条件と言えば、賠償金の支払いは今月中・・・で、全額一括・・・・での支払いというくらいだ。


 人数が多くて少々苦しいが、子爵家の財力なら払える金額。

 支払いまでの期日が少し短いが、そこを考えても十分に安い。


「負けた上に、情けをかけられたか」

「……そのようです」


 しょうもない理由で奇襲戦争を仕掛けた相手に対して、完全勝利した後に出てきた要求がこれだ。

 先代フィリッポ子爵としては、むしろ追い打ちをかけられた気分なのだが。

 更に悪いニュースは続く。


「あの、加えまして、領主様の身代金が、金貨1000枚です」

「そのまま処刑してもらいたいくらいだが。先方にこれ以上の迷惑はかけられんな」


 次男もいるので、彼の脳裏には「もう長男は損切りしてもいいか」というドライな考えが浮かんだ。

 しかし捕まえた相手を処刑したとなれば向こうの評判に関わるだろうし、これ以上の関係悪化を避けるための必要経費だろう。


 と、先代も了承する旨の手紙を書き上げていく。


「どうせ婚約祝いの使者も送っておらんのだろう。……送るわけがないわな、嫉妬で派兵しているくらいなら」

「左様でございますね。如何しますか?」

「……賠償金に少し上乗せして払おう。すぐに倉庫を開け」

「……はっ」


 そう言った事情で、来月までには捕虜の引き渡しを終えることと、賠償金を支払うことが約束された。






     ◇






 和睦の使者が到着してから、二週間後のことである。


 先代フィリッポ子爵の側近が責任者となり、賠償金と婚約祝いを積んだ馬車を引き連れてリリーアの屋敷に乗り付けてきた。


「き、金貨ですわ」

「金貨だな。銀貨と宝石もあるぞ」


 何個かのグループに分けて捕虜を送り返していったのだが、引き換えに渡されたのは金貨やら宝石がぎっしりと詰まった木箱である。


「これだけあれば、領地の再建が……あふぅ」

「おっと、大丈夫か」


 馬車で続々と運び込まれてくる金銀財宝を前に、リリーアは腰を抜かした。


 見栄っ張りで金遣いも荒い方だが。

 貧乏気質のため、大金を見ると緊張してしまうらしい。


 ドラゴン撃退による報酬金の大半は直接領地の金庫に運び込まれていたので、実際には見ていない。

 生まれて初めて目にした金貨7000枚相当のお宝を前にして、彼女の精神が持たなかったようだ。


 ふらりと倒れそうになったリリーアをライナーが支えて、そうこうしているうちに彼女も気を取り直したようだ。


「あ、ありがとうございます。本当に私は、いい夫を持ちましたわ」

「……この間まで、結婚はまだ先とか言っていたくせにな」

「も、もうすぐ式を挙げるのですから、そこは言いっこなしですわ」


 何はともあれこれで領民や冒険者への支払いも安心だ。

 そう安心して、リリーアは呟く。


「まあまあ、これだけのお金が手に入ったのですから、当分安泰ですし。細かいことはいいではありませんか」

「そうでもないんだよなぁ……」

「……え?」


 リリーアはきょとんとした顔をしているが、当たり前だ。


 彼女が領地に来た段階で、支度金の残金は4500枚ほど。

 それを一年で使い切った。


 現状のままであれば、手に入れた資金も一年半で底を着く。

 支出の削減が急務なら、根本的に収益を上げる体制を作らなければいけない。


 さもなくば。一年後には今と同じ状況になっているはずだと、ライナーは語る。


「とは言え多少無茶をして人を呼んだ分、発展は速くなったからな。ここからは安定した運営も視野に入れなければ」


 来年も都合よく戦争を吹っかけて来るような勢力はいるだろうか。

 普通に考えればいない。今回のケースがイレギュラー過ぎたのだ。


 だから今後は内政を安定化させる。

 その意見は正しいとして、リリーアとしては意外だったらしい。


「あら。ライナーさんのことですから、世界一になるまで発展させるのかと思っていましたわ」

「バカを言え。そこまでやるなら戦争で領土を拡大――アリかもしれないな」

「え?」


 リリーアが冗談で言えば、ライナーは真顔で返したのだが。


 落ち着いた表情のライナーに対し、リリーアは目を丸くしている。


「いやな、近場には領地をロクに発展させずにくすぶっている領主が大勢いるんだ。そんな奴らから領地を巻き上げて、全部俺が管理すれば……」

「わーっ! ダメ、ダメですわライナーさん! 思い直して!」



 いい加減リリーアも慣れていい頃だとは思うが、これもライナーなりの冗談だ。


 強引な力技ではあったが、領地の経営資金に余裕はできた。

 街づくりは順調だったので、必要なものは時間だけだったのだ。


 後は資金が尽きる前に収益を上げるようにすれば、北方の大領地として不動の地位を手に入れられるだろう。

 そう思いつつライナーは、涙目で縋りついてくるリリーアから目を逸らす。


「そうだなぁ。結婚したら俺とリリーア、それからベアトリーゼとララの領地も合併させよう」

「あ、あの、ライナーさん」

「子どもの世代でセリアとルーシェの領地もくっ付けて……世界制覇はそれからだな」

「世界制覇!? ちょ、止めて! ライナーさん、止まってー!」



 この荒波に乗った結果として、当初の目標以上に人口が増えていれば、領地も発展している。

 彼女は抜けているところが多いが、そんなものは自分が何とかすればいい。


 何にせよ、己が想定した以上の速さで物事が進んでいるのだ。


 彼女と婚約した方が人生が楽しそうだという直感に従い、速攻で囲い込んだのは間違いではなかったかなと、ライナーは思う。


 しかし、それはそれだ。



「それはさておき、リリーア」

「え? な、何ですの?」

「今回の件で分かったが。君にもご両親にも、少し領地経営を勉強してもらう必要がある」


 問題ばかりで遠回りするのも主義に反する。

 彼女も両親にも、少し教育が必要だ。


 そう考えたライナーの瞳に、暗い炎が灯る。


「明日から君の領地で勉強会だ。一ヵ月は缶詰してもらおう」

「え、あのぉ。私、そういった勉強ものは遠慮させていただきたいと――」

「いや、早速今から始めよう。領地に着くまでの馬車でも、みっちり講習だ」


 目の前にいる婚約者とは、共に人生を歩むことになるだろう。


 一緒にいる時間が最も長くなるであろう伴侶が相手なら、成長してもらうに越したことはない。


 結局のところ、人を育てることが一番の効率化であり。

 そこにかける時間は無駄ではなく、先行投資と呼ぶのだ。


 などと考えながら、彼はリリーアを引きずって行った。





― ― ― ― ― ― ― ― ― 


 中世レベルでの稼ぎ方と言えば、やっぱり捕虜の身代金ですよね!


 ちなみに相場は、平均年収の三ヵ月分だそうです。貴族なら爵位と応相談。


 一人金貨3枚(9万円)で済んだ上に、示談の価格も込みですから非常に良心的リーズナブルです(白目)

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