第六十三話 建国



「取れる手は三つだ」


 会議室に戻って早々。

 ライナーはまず黒板に、二つの案を殴り書きした。

 書くことまで早いライナーだが――出てきた案は、もちろんぶっ飛んでいる。


「一つ。青龍協力の元で山脈をブチ抜き、北に続く道を作る」

「で、何をするの?」

「帝国領に編入してもらう」


 彼らの領地北側にある険しい山々を挟んだ先には、軍事大国がある。


 行き来が難しいので、王国に対して領土的な野心を持っていないようだが。そこに道ができるなら、喜んでやって来るだろう。


 帝国は王国など比べ物にならないほどの兵を抱えているのだから、帝国領になってしまえば手は出せない。

 ララを無理やり奪還したとして、後ろ盾があれば安心できる。


 という第一案。


「ライナー様。それは内乱罪か、外患誘致罪にあたります。死刑がスタートラインになりますが」

「成功すれば帝国貴族として返り咲きだ。王国貴族よりも地位は高いぞ」


 確かにリリーアは言った。貴族の身分と領地を守ってほしいと。帝国貴族・・になれば確かに身分は守れているだろう。


「あ、あの。ライナーさん。第一案は置いておき、二つ目は?」


 だが、その作戦には当然の如く。

 いともたやすく、全員の命が皿に載っていた。

 第一案からいきなり死刑を叩きつけられ、現実逃避気味にリリーアは聞く。


「二つ。王子の一派が公爵家を粛清した件。そして今回の婚約者強奪の不義について、全国民に、大々的に宣伝する」


 冒険者や商人を雇い、今回の件を全国各地で喋り回ってもらうのもいいし、王都でビラをバラ撒いてやってもいい。


 これは、北に手を出せない状況を作る案だ。


 そもそも今回の状況を整理すると。

 正統な王になるには、公爵家の姫と結婚しなければいけないのに。

 その家を親戚ごと滅ぼした後、やって・・・しまった・・・ことに気づき。

 姫が生きていることを知ったから、他の男と婚約が決まっていたけど強奪した。


 という流れになる。


 隠し子騒動から一切残らず暴露してやれば、外聞が悪いというレベルではない。

 国家機密を盛大にバラ撒いて、国中を大混乱に叩き落とす。

 これが第二案だ。


「……こっちも、全員死罪になるんじゃない?」

「国家騒乱罪。ええ、共謀者まで全員が死刑です」

「出る杭は打たれるが、出過ぎれば打たれない。世論を人質に取って敵を縛るんだ」


 先代の国王を決める時には、内乱寸前までいった。

 その関係で公爵家が粛清されたのも、ほんの数年前だ。


 今も不満はあちこちにくすぶっているし、扇動してやれば瞬く間に燃え上がるだろう。


 最悪の場合は反乱まで起きるかもしれない――というより、反乱したい貴族家などいくらでもある。

 少しあおれば、いつでも起こせる段階にまで進むはずだ。


 混乱のどさくさに紛れてララを奪還したとして。

 王国が彼女を取り返しに来れば、バッシングの嵐に襲われるよう仕込む作戦である。


「まあ、流言を封じ込めてから速攻で討伐隊を送るという手もあるが。それならそれで対処のしようがある」

「どっちに転んでも死刑か……」


 レパードは頭を抱えたが。

 その二択で考えた時、第一案は青龍頼みだ。


 彼女の力なしでは成立し得ない案だったので、絶世の美女である人間の姿のまま。ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていた。


「我が手を貸す義理はないと思うが?」

「君への貸しは、まだ一つ残っている」

「……チッ、覚えていたか」


 青龍と勝負をした時に、「賭けた命の数だけ願いを聞け」と言って、彼女も承諾した。

 その貸しは、あと一つ残っているのだ。


 領地で働いているのは給料のためなので、貸し借りの問題ではない。

 むしろ仕事を紹介したのだから、貸しにカウントできるレベルだろう。


「ということで、この二案を軸に考えるぞ」


 青龍が黙ったことを確認してから、ライナーは計画を詰めにかかった。


「第一案は山を切り崩すのでしょう? そんなすぐにできるものでしょうか」


 さて。話はまず、帝国の傘下に入ることが焦点となったのだが。


「手当たり次第にブレスを撃てばいける。……その程度ならできるよな?」

「誰に物を言っている。あんな山脈、二日で消してくれるわ」


 リリーアの疑問には即答だ。

 とりあえず通れればいいのだから、全てを破壊するだけで用は足りる。

 整備など後でやればいい。


 青龍もできると言っているので、少なくとも実行可能ではあるのだろう。

 だとすれば、次は現実的な話になる。


「いきなり領土に編入って言ってもなぁ。そんなすぐに話が通るもんかね?」

「帝国の拡大速度を見ろ。獲れる領地があるならすぐ獲りにくるはずだ。山を越えて俺が直接交渉に行くし、三日以内には話をまとめてみせる」


 セリアの疑問にも即答だ。

 今の待遇と同じくらいの扱いなら、交渉で勝ち取れる自信はあった。


 なりふり構わないライナーは全力だ。

 だからこそ、余計に第二案が異彩を放っていた。


 第二案を選べばもれなく反乱だが。

 第一案なら、帝国領に編入することをチラつかせての交渉は可能かもしれない。


 しかし道を作った段階で帝国との行き来が可能になるので、王国に残れたとしても強力な外敵を抱えることになる。


「ふむ。どこかの領地で反乱を起こして、王都が混乱しているうちにララの嬢ちゃんをかっさらい。それから帝国を引き入れるのはどうだ?」

「流石はノーウェル師匠。アリですね」


 唐突に、ノーウェルが両方・・という選択肢を作った。

 しかも最初から反乱まで突き抜ける気満々だ。

 

 国内を混乱させてからであれば、王国など一瞬で帝国の版図に加わるだろう。最も高値で恩を売れそうな案に、ライナーも乗り気なのだが。


 ――絶対にナシだ。と、この二人以外の人間はそう思ったらしい。


「ま、待てライナー。ララを救うだけなら、もっと穏便な方法があるはずだろ?」

「そうね、あまり血を見るやり方は、ちょっと……」

「も、もっと穏やかにいこうぜ。な?」


 もうセリアとルーシェ、そしてレパードはドン引きしているのだが。

 目の前のモンスターを生んでしまったのは自分たちだ。


 何とか軌道を修正しなくては、と思い口を挟んだところ。


 即座にライナーは、「平和なやり方なら」と、黒板に第三案を書き込んだ。



「そこで三つ目だ。王国から独立して、俺たちで国を作る」


 建国。予想よりも遥かにスケールが大きい話になり、一瞬空気が停滞した。


 しかしライナーは平常運転だ。

 もう前しか見ていない。


「ララが持つ公爵家の身分を借りる。公国を立ち上げるんだ」


 王国からすれば。田舎の領地を損切りして、領有を認めれば全てが片付く。


 公爵家の血筋が国内からいなくなれば、少なくとも王位継承の争いに発展することはない。

 厄介払いをするだけで反乱は防げるし、国もまとまるじゃないか。


 そんな裏取引が提案できる。


 北方は未開拓の土地ばかりで、領土だけはいくらでもあるのだ。

 それこそ王国とは不干渉を貫き、森の開拓を進めて行ってもいい。


 ララの奪還作戦は別に計画する必要があるが。作戦の方向性として、三案の中からどれかを選ぶことになるだろう。


「とは言え、第三案は単独だと成立しない。少し考える必要があるな」


 ライナーがそんなことを呟いた直後。

 第三案をベースにして、怒涛の如くアイデアが出された。


 建国した後に帝国へ編入を申し出て、高値で買わせる説。

 建国のついでに道も開拓して、経済圏だけ帝国に入る半属国説。

 建国するにせよ、時間を稼ぐために宣伝工作をする説。


 他にも色々だ。



 ベアトリーゼとアーヴィンは、楽し気だ。

 最大の利が得られる提案はどれかと、仲良く議論を交わしているのだが。


 しかし知力が低めなリリーアとセリア、そしてレパードは、もう話には全くついていけていない。

 ルーシェとノーウェルも怪しいし、青龍などもう寝ている。


「さて、案はこんなところだ。そろそろ多数決を採ろう」


 そして唐突に、ライナーが提案を決めに入った。


 ――細かいことは、主要な道を決めてから話した方が早い。


 そんな最速理論に基づいて。

 話し合いの開始から一時間も経たないうちに、命運が決まろうとしていた。


「え? も、もう少し話あってからにしない?」

「そうですわ、そんな見切り発車のような」

「時間との勝負なんだ。三分後に決を採る」


 タイムリミットは三分。

 その間に。人生と家族と友人と領民を、丸ごと全部巻き込んだ決断をすることになる。


 蒼い薔薇の全員が当主だし、ノーウェルとレパードは開拓の責任者だ。


 一度持ち帰って相談などと悠長に言っている時間は無い。

 だから責任を持つ人間が、この場で決めなければいけない。



 状況は全員が理解ができたのだが。


 第一案、第二案、第三案。どれも修羅の道だ。


 特にルーシェは目を回しながら一、二、三、三、二、一と目線を往復させていた。



「時間だ。答えを聞こう」



 そして、無情にも締め切りが来て。全員が手を挙げた結果が出た。










「第一案に三票、第三案に五票。よし、国を作るぞ」


 多数決の結果、公国を立ち上げる。という選択になった。 


 無茶な計画ではあるが、他の二案も無茶だ。

 本音を言えば、誰もが何も選びたくなかったのだが。もう勢いでしかなかった。


「……多数決で決まるものなのか、これ?」

「……こんな流れで建国される国は、史上初だと思いますわ」

「ララが女王でライナーが王配なら、私たちの扱いってどうなるんだろうね?」


 もう滅茶苦茶だった。

 状況も、考えも、やり方も、何もかも。


 ルーシェはとうとう目を回してダウンしてしまったのだが、それでも会議は進む。


「よし、では次にララをどのタイミングで攫うかだが。これも案が三つある。決を採ろうか」

「ま、まだやるんですの!?」

「当たり前だ。ララの奪還に失敗すれば、こんなものは絵に描いた餅だぞ?」


 周りが振り落とされそうになる中でも、ライナーは最高速度で突き進む。


 最速を目指す男は、未来に向けて全力で突っ走っていた。


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