第5章-14 ぱん〇チラって地固まる


「あ、あれ。さくらちゃん?」


 通路にある窓のほうを見てしほりんが先に気付いた。図書館の建物が囲むようにして中庭があって、そしてさっきのガキたちと、桜玖良がいた。えっと……何をしているのだ? 窓を開けると、


「きゃああっ」

「へーん、遅い遅いっ」

「ぎゃあっぁああっ。来んなぁっ!」


 桜玖良がさっきのガキたちを追いかけて走り回っている。これは一体……


「お、鬼……ごっこ? かなあ?」

「そう、みたいだね……」

 

 桜玖良に追いかけられてぎゃあぎゃあ言いながら逃げ回っているガキどもは、もうみんなすっかり元通り、元気な様子に戻って、いや、より元気になっているみたいだ。桜玖良のほうも髪を振り乱してガキどもを必死で追いかけている。ぱっと見、すっごく楽しそうだった。


「すごいねさくらちゃん……」


 ほおっとした表情で見つめるしほりん。


「ああ。そうだね」


 俺もそう言うしかなかった。何をどうやったかわからないけれど、あの生意気で、そして泣きわめいていた子供たちがすっかり桜玖良になついているようだった。そして一緒に遊んでいる。俺たちのために頑張ってくれたんだろう、しかし俺たちの想像と危惧のはるか斜め上をいく子供たちの様子に、しほりんも俺も面食らっているのであった。


「どうする、そっとしておく?」

「そうですね……」


 どうしたものかと考えていた時、子供たちの一人がこっちに気付いた。


「あ、さく姉! お姉ちゃんたちだ!」

「あ、本当だ。ブスの姉ちゃん達だっ!」


 だだだっと勢いよくこっちの窓に向かって走ってくる。依然ブスよばわりされてるところを見るとどうもまだ反省はしてないらしい。その後ろから息を切らしながら歩いてくる、ちょっとばつの悪そうな顔をした桜玖良。

 俺としほりんは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「さく姉、だってw」

「に、似合ってるw」

「ちょっとっ! 何笑ってるのよっ!」

「だって……さく姉www」

「あああ~しほちゃんまでその名前で呼ぶなぁっ!」


 桜玖良が手をわたわたと振って恥ずかしがっている。


「さく姉照れてやんのー」

「やんのー」

「ちょっと、アンタ達!」

「あ、さく姉が怒ったー」

「逃げろー」

「ちょっと待ちなさーいっ」


 また鬼ごっこが始まってしまった。取り残された俺たちは再び顔を見合わせて、笑った。





「ごめんなさいっ」

「ご、ごめんなさいっ」


 さっきの子供たちが揃って頭を下げて謝っている。後ろでうんうんと満足そうな表情の桜玖良。

「どうしても謝りたかったんだって」

「ああ、別に……大丈夫だよ」


「ほんとう?」


 さっき俺のスカートをめくってきたガキがおずおずとした様子でたずねてくる。


「本当だよ。謝ってくれてありがとう」

「う、うん!」


 俺の言葉に子供たちはほっとしたようにはにかんでいた。なんだ……思ってたよりずっと素直ないい子たちだったのかもしれない。


「ね、ちゃんと許してくれたでしょ?」

「ほんとだ! さく姉の言う通りだったー」

「こん姉ちゃんちょいブスやけど優しいなぁ」

「あんたらまたすぐ調子に乗って!」

 桜玖良が軽くゲンコツをする。

「イデッ」

 大げさに痛がるふりをするガキ大将。叱られながらも若干うれしそうな様子を見ると、この短時間でよくここまで仲良くなったものだと感心させられる。数時間前まで泣きわめいていたガキとは思えない。

 After rain comes fair weather 雨降って地固まる、とはまさにこのことか。まあ、ぱんつチラってゲンコツ食らうって感じだけどな。楽しそうな桜玖良たちの様子を見ていると、今ならさっきの暴挙も許せそうな……そんな気さえする。不思議な感覚だった。




 桜玖良はさっきの子供たちを家まで送って行くと言って出ていった。確かにもうそろそろ帰る時間だろう。日が長くなったなあと実感する。俺たちももう一回勉強に戻った。出そうなところだけもう一度復習する。そのうちに閉館時間を告げる音楽が鳴り始めた。

「そろそろ行こうか? 桜玖良ももうそろそろ戻ってくるだろうし」

「はい、そうですね」



「母ちゃん!」


 カウンターの方で大きな声がした。見るとさっきのガキ大将と、横に桜玖良がいた。係のエプロンを付けた司書さんと話しているようだった。


「母ちゃん、このお姉ちゃんが遊んでくれてたんだ!」

「まあヤスったら、だめでしょう? すみません、どうもご迷惑おかけしたみたいで」

「いえいえ全然大丈夫です。私も暇つぶししたかったので」

「ごめんなさいね。いつもはこの子ずっと本読んでくれてるんですけど」

「今日はカっちゃんたちもいたんだー!」

「え? 他の子達まで? それはそれは本当にありがとうございました」

「いえいえ本当に、こっちも楽しかったです」


「そうだよ。今日めっちゃ楽しかったー! このお姉ちゃんめっちゃおもしろいんだよーなんでも教えてくれるし、ねえねえ明日も来てくれるよね!?」


 つぶらな瞳で桜玖良の方を見つめる少年。桜玖良は少しちらっとこっちを見て少し顔を曇らせた。


「ごめんね、テスト週間は今日までだから、明日からはまた部活とかがあってね」

「うそだーやだやだそんなのやだ!」

「こらこらわがまま言っちゃだめよ」

「いやだよ、明日も来てよさく姉~」

 

 確かにテストは明日で終わる。放課後の図書館での、しほりんとのスペシャルタイムも今日までだった。わかってはいたけど、もう少し続いてくれてもよかったかな、なんて思う。正直あり得ない。今までテストなんてものは早く終わってほしいに決まっていた。まあ自分が受けるわけじゃないからということもあるのかもしれないが、それでもこんな気持ちになるなんて。自分でも本当に驚きだ。


「大丈夫。またすぐテスト週間になるから、また来るよ」

「本当!? 本当だねさく姉!」

「うん。中学生はテストばっかなんだ」

「やったー、約束だよ!」

「うん、約束」


 二人の指切りする姿を遠巻きに見ながら、もう外はすっかり日も暮れ、ほとんど人のいなくなった広々とした図書館の中で、ここだけが何か暖かい光に包まれているような、そんな風に思えた。図書館なんてさして思い入れがあるわけでもない、むしろ嫌な、勉強の記憶しかなかったはずのこの場所が。隣のしほりんがふふっとほほ笑んだ。とても優しい横顔だった。






 あれ、なんかいい話ぽく終わった? オチなし?







 No rain no rainbow

Rainy days never stays

Tomorrow is another day






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