第6章‐17 選ばれし者
「しほりにはね……才能がないんだよ」
しほりん父は自分の娘についてあっさりと言い放った。
才能がない。ここまで容易に努力を否定できる言葉が他にあるだろうか……その一言で片づけてはいけないものがたくさんあるはずなのに、実際にはそれで容赦なく片づけられてしまう、努力も苦労も葛藤も何もかも。
「そんな……っ」
さすがにそれは言い過ぎだ、俺もそう思う。のに……
「あれほどまで無理しないとそこにいられないんだ。本来引っ込み思案で弱気な娘なんだ。適性がないというか、正直なところ向いていないと思う。残念だけどね、到底アイドルの器ではない。はっきり言って才能がないんだよ、いや、スターの適正とでも言おうか。放っておいても勝手に輝いている隠し切れない才能、本当のスターとはそういう存在だと私は思うのだがね」
「そんなの……わかんないじゃないですかっ! なんでしほちゃんの頑張りを無駄だっていうような、そんなひどいこと言えるんですかっ!」
「別に無駄だとは言ってるつもりはないのだけどね……ただ才能が欠けているという事実はちょっと冷静になれば痛感できる。あれほどまでに無理して頑張って、それでようやく輝けるかどうか……本物の才能の前ではそんなちっぽけなもの吹っ飛んでしまうよ。私は娘の努力する痛々しい姿をこれ以上見ているのが辛い。だがそれ以上に、いつか圧倒的才能を前に絶望するかもしれない姿なんて絶対に見たくないんだ」
「…しほちゃんは、才能あります。すごいんです……」
桜玖良の口から小さく絞り出される声
「しほちゃんに比べたら私なんか……しほちゃんがダメって言うのなら、私は、私たちはどうすればいいんですか?」
「……それは私にはわからない。別に君たちのことをどうこう思っているわけではないし、そんな権利は私にはない。ただ、娘が君たちの前では相当無理していることだけは家族である私たちにはわかる。しほりに才能があるように思えるならば、それは全てあの子の努力の賜物だよ。決してその努力を否定はしない。だが、しほりに才能がないことだけははっきり言える」
お茶を濁すことのない、はっきりとした断定。
少し沈黙の時間が流れた。桜玖良が喋らなくなったからだと気づき、そこで自分の思考が止まっていたことを知った。だが、ここで押し切られたら終わりだ。攻め返さなくては。しかし口が開かない。ここまで娘のことを悪く言える、いや、悪くというか、彼女のこれまでの努力も苦労をも躊躇なく冷静に断罪できる、そんな父親を前に何を言えばいいのか……俺にはわからない。
「さて……そろそろいいかな?」
しほりん父が腰を上げようとする。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
桜玖良も慌てて立ち上がる。
「私はもう十分に説明したと思うし、君たちの意見も十分に聞いたと思うのだけどね……そろそろしほりが帰ってくる頃だ。私はこの場面を娘に見せたくはないし、君たちもしほりの留守を狙ってやって来たのだろう? ここでしほりと出くわすのは本意ではないのではないかね?」
痛いところを突かれたと思った。正直、今しほりんと会っても、何を言っていいのかわからない。
「これ以上ここで議論しても何も変わらない。どんなに強い思いも夢も、しほり自身の身の安全より優先させるべき、いや、優先させていいものなど何一つないはずだ。私はこれがしほりのために一番いい選択だと信じている、たとえ娘に一生恨まれることになっても、世界中の私以外のすべての人に非難されたとしても、私はこの決断を変えるつもりは毛頭ない。これがしほりの父親としての覚悟、一人の親としての責任であり義務である、私はそう信じている」
しほりん父は僕たちの目を見てこう言い切った。
「そんな……」
「君達には本当にすまないと思っている。せっかくしほりのことを思ってここまで来てくれて……なのに私は君たちの思いにこたえることもできない。それでもどうだろう。しほりのことを大事にしてくれる友達がいて、本当にあの子は幸せだよ、本当にありがとう。そしてすまない……」
お父さん……
「どうかこれからもしほりと仲良くしてやってほしい。父親からのささやかなお願いだ」
そのあとのことはあまり覚えていない。部屋から出て、リビング的な部屋でしほりんママとお茶とか用意してくれて少し話をして、そして、しほりんが帰ってくる前にはお暇した方がいいという感じになって、家を出た。最後までしほりんママは柔らかな笑顔で、でも申し訳なさそうに何度も謝ってくれた。自分の夫が頑固で聞かない人で本当に申し訳ないと。そしてそれと同じ回数位感謝してくれた。ありがとうと。
しほりん父の頑なで悲壮感さえ漂わせる悲痛な表情
そしてしほりんママの優し気なでもどこか悲しそうに達観したようなすべてを包み込んでくれるような優しい笑顔
対照的でありながらどこか似たものも感じる二人の表情が、頭の片隅にこびりついてしまった。
隣に立つ彼女がぼそっと言った。
「帰ろっか……」
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