受験生応援SS 共通テスト当日朝if桜玖良編

 朝目覚めると、この街には珍しく外には雪が積もっていた。

 これはどう考えても昨夜の妹のらしくない行動が原因……いや、いやきっとそうに違いない。

 車で送っていこうかと言われたがやんわりと断った。ただでさえ会場周辺は渋滞するし、それがこんな天気なら猶更だ。それに会場となる大学は高校よりもむしろ近いくらいだったので、いつも通り自転車で行った方が早そうだった。幸いアスファルトに積もるほどの雪ではなく自転車でも十分行けそうだったし、最悪押せばいいと思っていた。

 それに、できるだけいつもの朝と同じリズムに近づけたかったというのもあった。本試験のためにも、そして足切りにならないためにも、どうしてもいい結果を出したかった。だからこそできるだけのことはしたかった。藁にも縋る思い……とはこのことだろうか。


 いつもとほぼ同じ時間。試験開始時間はもっと後だがかなり余裕を持って家を出る。自転車を引っ張り出していざ乗ろうと思ったら、とある人物が電柱の陰からぱっと出てきて、


「おはようございます」


「は?」


 そこに立っていたのは桜玖良だった。直前までまったく気づけなかった。


「お兄さん、知ってます? 最近ろくに挨拶もできない若者が増えているそうですよ?」

「礼儀についてはお前にだけは言われたくねえよ。いや、突然だったからびっくりしただけだ……まあ、そうだな。おはよう」

「本当に一言多いですよね、お兄さんって」

「それもお前にだけは言われたくねえよ。で、どうしたんだよ。こんな朝っぱらから」

「そんなの決まってるじゃないですか」

「ええと、亜季乃ならまだ絶賛夢の国の住人だぞ」

「違いますよ。お兄さんの大事な日に、一言応援の気持ちを伝えたくて、来ちゃいました」

「へ?」

 コイツ……マジ? そんな殊勝な奴じゃなかっただろ? また何か良からぬことを考えているに違いない。騙されるな騙されるなよ俺!

「……来ちゃっ……た……♡(脳内再生)」

 おいおい。そんなあざと可愛いのやめてくれ、だまされるううう!!! 現実に帰ってこい俺!

「え、ええと、ありがとう……?」

「って言うと思いました? お兄さんちょろいですね。大丈夫ですか?」

 ですよねーーーー!

「どうせそんなところだろうと思ったよw」

「で、そんなチョロインお兄さんは放っといて、と……で、亜季乃まだ寝てるんですか?」

「ああ、昨日も夜更かししてたし、まあいつものことだろ」

「そうなんですか、今日一緒に出掛ける約束してたのに、もうお寝坊さんだなあ」

「出掛ける? こんな朝早くから? さすがに早すぎやろ」

「い、いいじゃん別に! お兄さんには関係ないですぅ」

「そ、そうか……まあどうぞ勝手に上がってくれ。じゃあ俺は行くから」

「ちょっ、ま待って!」

「え、ええと……何で?」

「えーと、そのーあのー、えーと……」

「なんだよ……」



「だからぁ、試験頑張ってって言ってんの!」


 ……


 ……


「いや、言ってなかっただろ」

「うっさい! さっさといい点とってこい!」

「Ouch!!!」


 久しぶりに脛蹴りを食らった。最近は昔に比べて随分まともというか素直になったと思ったのに。

 彼女の顔を見る。その瞳は昔と変わらないようでいて、確かに昔とは違っていた。そうだ。それだけの時間をともに過ごしてきた。決して無為に日々を過ごしてきたわけじゃない、確かに俺は、日々を生きてきたんだ。


 頑張った時間は決して無駄なんかじゃない。必ず自分自身の力になってくれる。ふとそんなことを思った。


「ありがとうな」

「うん。行ってらっしゃい」





 曲がり角で振り返ると、彼女はまだ立っていた。そして声が聞こえた。



「頑張れ、受験生!」


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