第8章‐1 勉強するって、本当ですか 365Days To The Examination
目覚ましが鳴る。なんとか布団から這い出てベルを止める。しかし起き上がれない。うん、眠い。それでもなんとかのそのそと起き出す。
昨日はしほりん父との再決闘だったんだ。疲れがあっても仕方ないんだが、なんだかなあ、精神的な疲労がえぐい。だって相手は、ねえ……
あれを論破できたのかと思うと、頭で考えれば大勝利、祝リベンジ達成!というところだろうが、そんな浮かれた気分にはなれなかった。それもそのはずだ。最後の最後で俺には誤算があったからだ。ただあそこから立て直すのは無理だった。もっと言えば十分すぎるほどに及第点を獲得できたと思っている。もう一度しほりんがアイドルに挑戦するチャンスを得られたのだから。この一点だけでも十分すぎる。もう一度条件を出させる、というのは結構な難易度の大技だった。
ただ……
10位なあ……
俺にもっと交渉術があればよかったのだが。しかし、あそこでごねれば条件を出すこと自体ご破算にされかねなかっただろうから仕方ないことではある。ただ、あの名門お嬢様学校で10位というのはかなりの難題ではある。もともと80~100位だった子が30位まで成績を上げたというのがすでにすごいのだ。それをさらに……ってのは難しいというか、さすがに勉強舐めてないか? 今の勢いならいける!って安易に言ってあげたいところだが、上位のガチ勢ってのは才能も努力もガチだからなあ。ただでさえアイドル活動と両立しなけりゃならんしほりんにとって、いくらしほりんが頑張り屋さんだからってさすがに厳しいだろう。そして、その教師役なんて俺には少々、いや結構に荷が重すぎる。
そしてなんといってもあれからしほりんに会えていない事実。しほりん父から条件をもう一度出されて、それで再びやる気になってくれるか、それが一番問題だ。最後に会った時しほりんの心は完全に折れてしまっていた。それでもう一回頑張ることができるのか?ということ。それにあの時しほりんと言い争い?みたいになってしまってちょっと気まずいというか、あの感じのしほりんにどう接していいかわからないというか、俺って女心・・・じゃないな、人との関わりの経験が乏しいのか、こういう時どうしていいかわからない。もっと積極的に人と関わるようにして来ればよかった。そんな風に思ったことは今までにはなかった。多分俺の中でしほりんや、桜玖良たちとの出会いが、何か影響を与えているんだろうか……
とにかくだ、もう決まったことはどうにもならない。これからのことを考えなくては。
「ねえ兄貴、なんかあったの!?」
台所に顔を出すと、妹が朝っぱらからテンション高く迫ってきた。
「は、どうした亜季乃?」
「しほりんが来るんだって! 今日の放課後! さくらちゃんからメッセもらった!」
キャーって言いながらくるくる回る亜季乃。
「あー何でこんな日に限って今日も部活なの? しほりんに会いたい会いたい会いたい~」
手足をバタバタさせながらおぎゃっている妹を横目に俺は再び思考の海へと潜る。
「ってことで兄貴。大急ぎで学校から帰ってくるように! そしてわしの分までしほりんを愛でてくるんじゃぞ」
「どういうキャラ設定なの?それ」
「わしの屍を越えて行け!」
「まあよくわからんが……」
妹を軽くあしらってはみたが、心の中で俺の感情は荒れだしていた。とりあえずだ、しほりんに会える。しほりんの勉強を見れる。そのことがどんなに有難いことだったか、改めて痛み入る。細かいことはたくさん考えなくてはならないが、それでも今はただ素直に彼女に会えるという事実が嬉しかった。
その日の学校は久しぶりにそわそわというかちょっと浮ついた気持ちで過ごした。昼飯時には大洋に突っ込まれたし。そして慌てて帰り支度をして家までダッシュ。念を入れてリビングの掃除をし飲み物も用意し、うん、いつしほりんが来てもいいように準備は整えた。
少しばかり何もない時間ができてぽーっとしていたが、ふとこんな感情のまましほりんを出迎えていいのだろうかと、思った。最後に会った時のしほりんはいつものそういう感じではなかった。あれからかなりの時間が開いて、それで、その、前のように接してくれるのだろうか、そして逆に、しほりんのそういうところも見てしまった身で、ちゃんと前のようにしほりんに接することができるのか? 急に不安な気持ちが襲ってきたのだった。え、本当に俺大丈夫? このままでいいのか? どんな感じでしほりんと会ってたっけ? え、まずいまずい。急に不安になってきたぞ、そしてそういう時に限って、さ
ピンポーン
もう何も言うまい。そうだ、ちゃんと素直な気持ちでしほりんに接しよう。そうだ素直な素直な心……
「はぁーい、今、あけまーす」
がちゃ
そこにいたのは、ちゃんと、しほりんだった。よかった。そして、後ろには……うん、誰もいないな、よし。
「お、お邪魔します……」
「……ど、どうぞ」
丁寧な口調で少し目を伏せたままお辞儀をしてきたしほりんを、リビングに招き入れる。いつもよりなんか、緊張?しているようなちょっと静かというか、ゆっくりとした動作で靴を脱ぎ、俺の後ろをついて歩いてくる。な、なんか自分でも、ちょっと気まずい? え、これで合ってる?なんか空気が重苦しい感じになってきた。
「え、ええと、じゃあ適当に座って……」
リビングに入ってきたしほりんは後ろ手にドアを閉めて、そして立ったまま動かなくなった。
「え? ど、どうしたの」
最初は、ただなんか緊張してるだけかと思ったけど、そのまま少し下を向いて動かないしほりんを見て、不安が急に押し寄せてきた。や、やっぱりしほりんはまだ……
「なんで……お兄様はいつも……」
え? 今なんて? ぼそぼそ喋るしほりんの言葉がよく聞こえなくて聞き返そうとしたときだった。 しほりんは俺の方へと歩いてきて、そして俺の胸へと頭ごとダイブしてきて……えぇ?
「もうっ……お兄様……」
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