第7章‐18 Q.E.D 交渉終了

「君は何を言ってるんだ……? そんなはずはない。君はうちのしほりにアイドルを辞めさせたくないからここまで頑張っているのではないのか? でないとおかしいだろう?」


「……僕も、基本的にはお父さんと同じなんですよ」


「……何の話だ?」


「しほりさんが心配だってことです。おちおち外も歩けない今の状況は決してよくないと思います。今の時代いいファンばかりではないですからね。それに今でさえあの美貌、今後さらにもっと綺麗になっていくでしょう……そうなると、もう色々なメディアが、世界が、放っておかない。きっと目をつけられてしまう。そうなると、もう彼女は僕の手の届かないところに行ってしまう……」


「まさか、君は自分自身のために……だと?」


「恥ずかしながら正直に言うとそうなりますかね。今でこそ、幼馴染の友達の兄特権で勉強を教えてあげているという、傍から見れば羨ましすぎるポジションにいますが、彼女の人気など考えれば本来あり得なかったことです。そして奇跡的に彼女は今まで僕のことを勉強ですごく頼りにしてくれていました。このままずっと彼女の勉強を見てあげることができれば、そうですね、もっと彼女とお近づきになれるかもしれない……」


「……うちの娘はやらんぞ?」


「まさか……まだ、そんなつもりはないですよ。でも、今後もアイドルメインの人生になるとますます勉強の比重は下がっていく。つまり僕との縁も切れてしまっていく。それに芸能界には僕なんか足元にも及ばないよりもっと魅力的な人間がゴロゴロいる、そいつらと比べられたらたまったもんじゃない。まず勝ち目はゼロです」


「だが、もし今なら……ということかい?」


「はい。ここでしほりさんをアイドルの世界、芸能界から切り離してしまうことができれば、あとは女子高、そしてお父さんの目の届く世界で、さほど社交的ではなさそうなしほりさんのことです、お見合いとかまで特に男子と積極的に関わる機会は少ないはずだ。じゃあその中で一番仲のいい男子は誰? ということになれば……」


「それに、君がなる、ということだな」


「まあそううまくいくとも思ってませんがね。少なくともこのままアイドル続けられるよりは可能性ワンチャンあるかな? 0%が0.1%になるかな? くらいには思ってますよ」


「0.1%ねえ……謙虚なのか傲慢なのかわからんな」


「ははは……」


「ただ、そんな正直に話してしまって大丈夫なのかい? 私はその娘の”父親”なんだぞ? 私に嫌われたら元も子もないのではないかい?」


「もうここまでしている時点で嫌われる覚悟はありますよw ただ、そうでもしないといけない状況ではないですか? お互いに」


 しほりんはもうずっと勉強していない。そして今の低下したモチベーションのままではアイドル引退後も勉強するとは思えない。少なくとも一生懸命に勉強に打ち込むことはないだろう。しほりん父の立場としてはそれではまったく意味がない。自分が嫌われ役を負って愛する娘の信頼を裏切ってまで頑張ったのに、それで勉強しないのではまったくもって意味がない。この状況はしほりん父が想定していなかった、そしてその中でも最悪に近い状況だと言えるだろう。


「そうだったな……私もそうだが、君も……。確かもうしばらくしほりと会ってないんだったな」


「はい、以前のように家庭教師ができなければ、もしこのまま勉強見てあげる習慣が途切れてしまっては、さっきの話はただの夢物語になってしまう。ただ大昔にちょっとお世話になっただけの他人どまりだ。それでは困ります。だから」


 だから、しほりん父は必ずこの誘いに乗ってくる! いや乗らざるを得ない。


「私に、条件を出せ……ということだな」


「……はい」


 しほりん父はここで大きく息をついてテーブルの上に突っ伏してしまった。え、え?


「……条件がある」


 肩を揉め……かな? しかしそんなわけはなかった。


「絶対に基準のラインはクリアさせないこと、それが条件だ」


「はい」


「君には、一生懸命勉強を教えては貰うが、目標ラインは決して届かない程度に頑張って教えてほしい。どうだ、難しいか?」


「いえ、そんなのどうとでもなりますよ。ここまでのことを考えればお安い御用です」


「君の目から見て、今度の条件はどうすればいいと思うかい?」


「現実的には前回の順位を越えるのは難しいでしょうし、30位、いや20位以内とかにしとけばいいのではないでしょうか?」


「ふむ」


 そう言って少し顎に手をやる仕草。


「そうだな。念のため10位以内にしておこうか」


「……そうですね」


「では私は早速今晩しほりに話をする。君は明日にでも連絡を取ってくれたまえ」


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