第3章-2 アイドル(による)お家訪問
「へ?」
坂の下から声がして誰かが走ってくる。あっという間に近づいてきて、そして後ろからその女子高生を抱え込むようにして前に出ると、俺に向かって
「ちょっとアナタ、今この子を連れこもうとしたわね!」
「? いやいや、違うから!」
「さくらちゃん違うの、ここが亜希乃ちゃんの家なのっ」
「へ?」
急に慌てた様子でこっちを見るその女の子。「あっ」て感じで口を開けて見てくる。なんかどっかで見たこと……さくらちゃん? ってお前……
「おお前、昨日のっ?」
「うげっ」
よく見たら……確かにそうだ。またお前かよ。もうさすがに覚えちまったわ。最初に会った時と同じ制服姿だった。
「あ、やっぱりお兄さんでしたか。まあ念のためと思って走ってきたけど、まあよかったわ。けど、ちょっと、もうちょっと離れて? しほちゃんに近づきすぎ」
「は、はい」
言われたままに俺は一歩後ろに下がったが、なんでこいつはこんなに偉そうなんだ? ここは一応俺の家だぞ。で、なんでお前がここにいる? 俺はいつもの仕返しという意味も込めてじーっと睨み付けてやった。
「なに?」
はい、それ以上の冷気で睨み返されてしまいましたっ。
「で、亜希乃ちゃんは?」
それは俺が聞きたい。
「知らん、俺に買い物押し付けて家を留守にしやがってる」
「じゃあやっぱり私たちを探しに外に出てるのかしら? 近くまで来たら迎えに行くってメッセが来てたのですけれど……」
それで自分ひとり迷子になってんじゃ世話ねえな。
「あ、来た。今本屋だって。もう私たち家に着いてるから早く帰って来てね……と」
「なんでそんなとこまで行ってんだよあいつは……ったく」
「亜希乃ちゃんは気を遣ってくれたんですっ。この家の場所がわかりにくいから迎えに行くって」
「でも君たちちゃんとたどり着いてるじゃない?」
「それは……住所聞いたら大体わかりますし……」
はっ、まったく亜希乃の暴走ってとこか。しかし家の前で美少女二人を立たせたままでは何かとご近所の目が気になる。俺が犯罪者という誤解を招きかねない、いや俺が挙動不審なだけか。
「まあとりあえず中に入って」
「はい、ありがとうございます」
「お兄さん、亜希乃が帰ってくるまで私たちに変なことしたりしないでくださいね」
「はははは、君は想像力が豊かだねえ……」
しねえよ! 一体俺のイメージどんななの? そりゃあ振り返ると、なんとなく俺が悪いような気もしなくもないが……不可抗力だし俺悪くないし! それにその言い方だと亜希乃が帰ってきた後は変なことしてもいいの? って発想になっちゃうよ? あれ、だめだ。俺の思考が病的になってる。
「待ってっ!」
後ろから大きな声。ああ、やっと妹が帰ってきたか。ぜーぜー肩で息をしているということはおそらく全速力で走ってきたのだろう。
「亜希乃、お帰り」
「あ、さくらちゃん、いらっしゃい、はあはあ」
字面だけだとあれだが、その「はあはあ」は純粋に疲れてる時の「はあはあ」だった。本当に良かった。
しかし本当の心配はここからであった。
「はじめまして亜希乃さん。今日はお家に招いていただいて本当にありがとうございます」
「しっ、」
一言妹が奇声を発したっきり動かなくなった。おーい?
「あ、亜希乃、さん?」
「し、ししし……しほり……ん?」
妹が固まって震えている。様子がなんか変だ。しほりん……ってどっかで聞いたことある気がするなあ。ってもしかして? 俺は改めて目の前にいる女の子を見る。綺麗な整った顔立ち、肩よりちょっと先まで伸びた黒髪、この姿からはすぐには思いつかないけれど、妹の反応からしてもしかしてもしかしなくてもこの子はまさかまさかまさか昨日の……
「え、ええと……」
「ほほほ、本物の、しほりんっ! なの……?」
「……は、はい一応……しほ……りん、です」
きゃあああああああああああっ
その刹那、亜希乃の奇声が閑静な住宅街にこだまする。これ以上は隣近所の人が出てきそうだから自制してくれ。
「ほ、本当に来てくれるなんて……感激ですっ! さあこんなところに立たせてしまってごめんなさい。もう汚くて狭いところですがさあ入って入って!」
「え、ええ。お邪魔させていただきます」
「もう。亜季乃テンパりすぎ」
まあ普段からしほりんしほりん言ってる亜希乃からしたら、今日のはまさに信じられない夢のような出来事なのだろう。しかし妹が友達連れてくること自体、最近あまりなかったなあ。二人がリビングに入ると、
「兄貴、ジュースと紅茶それぞれ3人分用意して台所のテーブルのとこ置いといて」
途端理不尽な命令。
「そんなに飲めんのか?」
「好みってものがあるでしょ。とりあえず用意しといて」
へえへえ。ってか3人分用意って、俺はハナから頭数に入っていないのね。結構功労賞級の活躍してると思うんだが。まあいいけど。むしろそのほうがいいけど。これほどの可愛いどころ相手にもったいない気もするが、挙動不審でぼろが出て痛い思いをするくらいなら部屋にこもって嵐をやり過ごす方が賢明だ。しかも相手は年下。年下美人にきょどる姿なんて妹の前で無様に晒したくはないわ。
リビングに入った妹はさっきまで俺と話していた声とは打って変わった明るい声になった。どこの電話口のおかんだよ? みんなの楽しそうな声を聞きながらコップを洗って紅茶を注いでいると、なんか居た堪れない気持ちになってくる。何やってんだか俺w
とりあえず言われた通りのものを放置して階段を上がる。二階の自分の部屋に戻って、とりあえずベッドに寝転んだ。なんかいつものようにゲームしたい気分じゃない、かと言って宿題とか予習する気分でもない、しかしさっさと寝てしまいたい気分でもないんだよなあ。手に取って漫画をぱらぱらとめくる。
やはり落ち着かない。リビングからの笑い声は二階まで響いてくる。うーん。もう本屋にでも出かけてしまおうか。この状況は避難警戒レベル5だ。そうだ避難しなくては! そう思いかけて立ち上がった時、階段をたたたたと上ってくる音がした。おい、まさか! さすがに妹だろうが、これでもしもあの二人のどっちかだったらやばい。この部屋は、一般的には他人様には決して見せられない、もし見られたら俺の社会的地位と豆腐的自我が崩壊してしまう。何の遠慮もお伺いもなくドアが外側に開こうと力がかかってくる。俺は全力でそれを阻止する。生憎この部屋に鍵というものはついていない。負けるな一茶ここにあり!
「ちょっと兄貴! 開けなさいよ」
よかった亜希乃の声だった。いや、まだ油断できない。その後ろに誰がいるかわからないのだ。
「嫌だね。お前こそ俺の部屋、勝手に開ける領分がどこにあるってんだ?」
「家族なんだからいいでしょ?」
「そんなこと言ってあの子たちにこの部屋見せて馬鹿にするつもりだろ?」
「そんなわけないじゃん。こんな部屋見せたら私のほうが大ダメージじゃん。こんな兄貴がいるなんてイメージがた落ち印象最悪じゃん!」
印象最悪な点に関してはそっくりそのままあなたにお返ししたいのですが。
「だったらほっとけよ! 俺はもう一生この部屋から出ない!」
「もうっ、何を勘違いしてんだかわからんけど、違うわよ」
「は? 今度は何買って来いって? お茶かお菓子かそれともピザの宅配かっ!? お断りだね。俺は今日もう充分お前に貢献した」
「違うのよ。し、しほりんが呼んでるのよ兄貴を」
は? 何それ? おいしいの?
一瞬思考が止まる。ん、どうゆうことだ?
「おい? それ何の罠だ?」
「罠って何よ?」
「一種のドッキリか? のこのこ俺が下りていって「はい、ひっかかったー」的な罠だろ?」
「どんだけ卑屈なのよ……違うから。よくわかんないけど、兄貴と話がしたいんだって」
「へ?」
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