第3章-1 家の前に美少女が立っていたらどうしますか?

 いつもなら憂鬱で仕方のないはずの月曜日、週末いろいろありすぎたおかげかどうかはわからないが、むしろすっきりとしている自分がいた。いつもより授業も集中して聞けている。体のほうは疲れ切っていてすぐにでも突っ伏して寝られそうな気がするのに。新しい境地だ。


「なあ、昨日はどうだったでござるか?」


 隣で焼きそばパンを貪りながら聞いてくる太洋。


「別に……疲れたよ、その一言に尽きるな」

「妹とデートだったってのに面白くない返しでござる」

「とにかくずっと立たされてたってのがまずアウトだったな。おかげで帰った途端に爆睡できたぜ」

 ただ立ってるだけでも筋トレになるという真実。オネガイマッソー

「で、肝心の中身の方はどうだったでござるか?」

「中身?」

「えーと、あれだ。何とかってアイドルのライブだったんでござろう?」

 太洋からにしては意外な話題だったため、まったく思い至らなかった。

「ああ。まあ悪くはないとは思ったが、到底二次元には勝てんな。稟cと同じ生き物とは思えない」

「そ、そうでござるよ。比べたら稟cに失礼でござる」

「その通りだ。あんなの足元にも及ばない」

「ござるござる」

 言いながら俺は違和感を感じた。いつもなら余裕でがつがついってるはずの太洋の食の進みが遅い。


「お前パンが進んでねえぞ。どうした腹痛か?」


 ぽろっと焼きそばパンが太洋の口からこぼれる。


「いやいや。いつもこんなもんでやんす」

 

 おいおい語尾までおかしいぞ? それにいつものお前だったらその程度の量ならとっくに喰い終わってる頃だから。やはりおかしい。

「大丈夫か? 調子悪いなら保健室に」

「は、全然大丈夫だし?」

 やっぱりどっか様子がおかしい。俺はその時ぴーんと思いついた。お前さては……


「馬鹿だなあ太洋、俺が三次元アイドルを好きになるとでも思ったか? そんなわけないだろ」


 俺がそう言ってやると、太洋は目を丸くしてこっちを見る。


「お主……」


 俺は自分の胸を指さして、にっこりと太洋に向かって微笑んだ。。

「あ、ああ。そうだよな。そんなわけないよな。安心したっけねー」

「ふざけんなよ。三次元なんて腐ったリアルなんて糞くらえだ」

「そうでござるよ。はははのは……」

 その後通常運転になった太洋と二次元談義に花を咲かせてから、淀んだ空気の教室にとぼとぼ戻った。



 

「兄貴ちょっと遅いっ! 早く帰って来いって送ったじゃん!?」

 

 家に帰るなり亜希乃の罵声が飛んできた。妹よ、学校では携帯は使っちゃダメなんだぞ?

「すまん見てなかった。で、何の用だ?」

 昨日の今日で、と小さく呟いてやった。妹はどういうわけかリビングの荷物を廊下のほうに押し出している。

「そこ、全部掃除機かけて。念入りに」

「は?」

 いやいや意味わかんないんすけど。


「説明はあと! とにかく急いで! 一世一代の大勝負なのよ!」


 は? 一世一代って……お前、お前ま、まままさか?


「か、かか彼氏でも、くく来るのか?」


「はぁ?」


 亜希乃がものすごくくだらないものでも見るような目(as usual)で、

「そんなんだったらここまでやんないわよ。くだらないこと言ってないで早く!」

 俺は昨日の今日で、帰ってくるなり妹にこき使われている現状に決して納得はしてはいなかったが、これ以上妹を怒らせるのは得策ではないと判断した。それに彼氏じゃないと聞いてなぜかホッとしてむしろいい旅夢気分? 俺は掃除機をコンセントに差し込みがぁがぁと床を掃除する。

「あ、ソファのほこりもブラシつけて吸っといてね」

 へえへえ。こんなことになるなら普段から掃除しとけよと思うが、普段からそこそこ掃除してるはずなんだ、俺たちは。共働きの両親の代わりに、家事は分担でちゃんとやってる。このリビングも別に掃除しなくちゃっていうほど汚れてないと思うのだが。

「お前さぁ。そもそも自分の部屋にあげればいいんじゃねえの?」

「あんな部屋に人呼べるわけないでしょ? 足の踏み場がまずないわよ」

 そうだった。妹の部屋は重度のオタク部屋だったわ。それでも前に見たときはまだ足の踏み場程度はあった気がしたのだが、さらによからぬ方向にメガ進化してしまったようだ。

「一応言っとくけど兄貴の部屋のほうがひどいからね? 自覚ないと思うけど」

 それは本当に失礼だなオイ。


 一通りリビングの掃除をし終わって掃除機を片すと今度は台所から亜希乃の悲鳴が聞こえた。

「ちょっと兄貴、なんでジュース全部飲んじゃってるのよっ? もうないじゃん!」

 妹のヒステリックな声、もう聞き慣れた。

「俺じゃねえよ、お前だろ?」

「嘘、昨日の晩はまだいっぱいあった」

 そのあと亜希乃が風呂上がりにどばどば飲んでただろ? 俺が後で飲もうとしたときにはもうほとんどなかったぞ。まあそのあとでとどめを刺したのは確かに俺だけど、言わないけど。

「仕方ない、急いで買ってきて!」

「はぁなんで俺が!?」

「今日の買い物当番は兄貴でしょ?」

「じゃああとでついでに買ってきてやるよ」

「それじゃ遅いのよっ! 先に飲み物だけ買ってきて!」

「だったら買い物当番関係なくね?」

 それただのぱしりじゃん!

「急いでっ!」

「へえへえ」

 どうやら俺に拒否権はない。

「あ、いつものオレンジジュースと、あと紅茶! できるだけ高級そうなやつ! お金はあとで出すからっ」

 多分、いや絶対に金は返って来ないな……


 

 理不尽な買い物から帰ってくると、家の前の道のところに誰かがいる。遠目にはよくわからなかったが、女子中、いや女子高生だ。しかもこの辺の学校じゃない制服、とってもお嬢様学校ぽい。ガン見してしまいそうな気持ちを抑えて平常心のまま気づかないふりのまま通り過ぎる。ほっ。家の門を開けたところで


「あのう、すみません」


「はいぃっ!?」 


 さっきの女子高生に声をかけられてしまった。思わず声が裏返ってしまった。平常心平常心。振り返ってみて驚いた。整った顔立ちにこちらを覗きこむ優しそうなキラキラな瞳、真っ白な素肌にほんのり赤く染まる頬、肩まですーっと伸びる少し茶色がかった黒髪、まっすぐ伸びた背筋に、ロングのスカートからほんの少しだけちらっと見えるすらっとした両脚。めっちゃ美人じゃん! どうしよう! 心臓が! 平常心平常心!


「ここ……南方亜希乃さんのお家でよろしいでしょうか?」


 へ? 誰のことだ一体? どっかで聞いたことあるような名前。そうだ、それは俺の妹の名前だった。

「はははあ、そそうですが」

「亜希乃さん、いらっしゃいますか?」

「ええーと、たた多分いらっ、いらっしゃると思いますが、ちょっちょっと待ってください、今呼んできますから!」

「あ、ありがとうございますっ!」

 彼女はそう言って深々と頭を下げた。随分礼儀正しい子だなあ。うちの亜希乃とは大違いだ、見習ってほしい。この子が妹の友達? タイプが違いすぎてちょっと接点が見えないんだが。


「おい亜希乃―、お客さんだぞー」


 結構な大声で叫んだが返事がない。玄関には来客用のスリッパが出ていて、いつもは置いてない花まで飾ってある。いつの間にやったんだこれ? あきのー? さっきまでいたリビングにもいない。階段から叫んでみても上にもいないようだ。鍵開けっ放しだったぞ、どこに行ったんだうちの妹は。

 俺はとりあえず玄関の戸を開けて、そこにはさっきの女子高生が律儀にもあの姿勢のまま立っていた。これ以上お待たせするのも悪い気がして、いや悪い気しかしない。


「もしかして、亜季乃のお友達とかですか?」


「は、はいっ! そうですっ!」


 一瞬にしてぱぁっと花開く笑顔。そんなに嬉しそうな顔を見せられると、妹が帰るまでここで待っててくださいなどとはとても言えない。しかしまあ、不審者ってことはないだろう、いや、これで新手の詐欺かなんかであとでこわーいお兄さんあたりが一緒に入ってきて……みたいなことは、ないだろうないにちがいないないはずだ多分。

「ちょっとどこに行ってるかわからないんですがすぐに帰ってくると思うので、もしよかったら中で待ってますか?」

「え、いいんですか?」

「はい」

「あ、でもあとからもう一人来ることになってて……」

 マジか! やっぱり美人局なのかっ! こわーいお兄さんとセットなのかっ! あとでいろいろ難癖つけられて金せびられるパターンなのかっ! 弱肉強食言いたいことも言えないこんな世の中なのかっ!


「ちょっとそこのっ、しほちゃんから離れてっ!」


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