第3章-3 お願い、アイドル!
「はい、兄貴連れて参りましたっ」
「亜希乃さんのお兄様、わざわざ下りてきていただいてすみません」
しほりんが眩しい笑顔で挨拶してくる。もうそれだけでどぎまぎしてしまう。
「いやいやいや、ぜえんぜん気にしないで? 歩いてすぐだから」
「ぶふっ」
しほりんの隣で奴が盛大に吹きやがった。
「歩いてすぐって……家の中でしょ? うける~」
コイツ日増しにどんどん失礼になってないか?
「兄貴、なに言ってんの? お願いだからちゃんとしてて、恥かくの私なんだから」
辛辣な妹の物言いに反論する気も起きない。正直、すいません……って感じだ。なんだこのアウェー空間。
「亜希乃さんのお話の通り、お兄様はとてもおもしろい方なのですね」
しほりんまでっ! でもこの子はなんか心底ほめてるっていうか、心がきれいな感じがする。あまり傷つけられてる感じがない。ほかの2人と違って。
「ごごごめんなさい、しほりん様! だから兄貴なんて呼びたくなかったのよ」
「私も同感、わざわざ家の二階から歩いてきて頂かなくてもよかったのに」
だめだこいつら。心がしほりんとは比べ物にならないくらい腐りきっている……でもまあいっか! だって目の前のしほりん可愛いんだもの!
「兄貴、だらしないからデレデレしないでね」
「お兄さん、しほちゃんにまでセクハラしたらゆるしませんからねっ」
「してないよ!? デレデレもセクハラもしてないよっ!!?」
「いいや、今兄貴鼻の下のばしてた。しほりん見て鼻の下びろーって伸ばしてた」
「二度もあんなことしといて忘れたなんて言わないでくださいね。今日は亜希乃に会いに来ただけで、本当はお兄さんには会いたくなかったんですから!」
「え、さくらちゃん、うちの兄貴になんかされたの?」
亜希乃がいぶかしがる目で俺のほうを見てくる。おい妹よ、もっと自分の兄のことを信頼しなさい。しかしこいつは今のセリフで墓穴を掘ったな。俺はしてやったりの顔で奴の顔を覗き込んでみる。ふっ、いい気味だ。
「え、えーと……ほら、昨日ステージで転んじゃった時にさ、正面にお兄さんがいてばっちりスカートの中見られちゃったんだよね」
「はい兄貴死刑!」
「違うだろそれは! 不可抗力だろ! ていうか亜希乃も見たし、もっと言うと前の方の奴みんな見てたじゃねえかっ?」
「お兄さんひどい……ワタシ結構気にしてたのにそんなはっきり言わなくても……グスっT_T」
「はい兄貴無期懲役!」
「いやいやマジで俺悪くないから! ってゆーかスカートの中って言ってもなんか穿いてたじゃん? なんかふわふわしてるやつ。どうせ見られてもいいやつだろ?」
確かに三次元アイドルは見られてもいいパンツを穿いているという。俗に言う見せパンというやつらしい。まったく夢のない話だ。それに引きかえ二次元アイドルたちはどうだ。誰一人としてそんなものは穿いていない。それを見られて顔を真っ赤にして恥ずかしがるところまでセットにしてアイドルの魅力なんだよ。その時点でまず三次元アイドルは二次元アイドルに永久に勝てない勝つるはずがない。以上、QED 証明終了(quod erat demonstrandum )(which was to be proved そのことは証明されるべきことであった)
「そーゆー問題じゃないんですっ!」
「女の子に見られていいパンツなんてありません。はい、兄貴終身刑」
真っ向から全否定されるの図。ってか亜希乃、それ刑が微妙に軽くなったり重くなったりしてるんですけど。ちなみに日本には終身刑がない。極刑が死刑でその次に無期懲役である。しかし無期懲役は場合によっては出所できるので、その二つの間が広いのだ。世界の多くの国では死刑制度は廃止されており極刑は終身刑である(これは何があっても出所できない)冤罪の場合取り返しのつかないという問題や、人道的な観点から、日本でも死刑反対論は存在する。特に先進国の中でいまだに死刑制度を採用しているのは日本・アメリカなど少数である。
「まあ確かに先週会っ……」
言いながら、やべっ、これ言っちゃダメなやつか?って思った瞬間。奴がすごいスピードでテーブル越しにとんできて、その手が俺の口を潰してくる。痛い痛い痛い! ちょっと待て……ってかお前顔が近い近い近い!
「さくらちゃん?」
「先週?」
あまりの突然の行動と言動に、残り二人がさすがに訝しがる。はっ、となったさくらちゃんは慌てて俺から体を離して元に戻る。
「ち違うの。先週食べたパンが美味しかったなあって、思った途端にお兄さんの顔に蚊が止まってて、はい、刺されるところでしたよ、気を付けてくださいね」
怖いぐらいのニッコリ笑顔。どっちかと言うといつか君に刺されそうだわ、背後から。
「なあんだ」
えーっと、しほりんさん? そんなんで信じちゃうの!?
「さくらちゃん? いいのよ。こんな兄貴全身蚊に刺されまくったって問題なんか何もないから」
「でも、一応亜希乃のお兄様だし……」
「さくらたんいい子っ」
「きゃっ……ちょっ、亜希乃ったら……」
妹がさくらたんに抱き付いて二人できゃいきゃいやってる。えーと、俺もう帰っていいデスかね? 別にその光景を見かねたわけではないだろうが、突然しほりんがこっちに向かって立ち上がった。
「お、お兄様っ」
「は、はいいいっ」
いかん。急に呼ばれてきょどってしまった。
「兄貴、おお願いだから、ふふ普通にしてくれる?」
おい妹。そう言うお前も十分しほりん相手にしどろもどろってんぞ?
「あ、あの、あ、亜希乃さんのお兄様に折り入ってご相談があって……」
「ほえっ」
思わず自分でも予想だにしない声が出てしまった。
「なに今の声……うける」盛大に吹きやがったさくらたん。
「お願いだから兄貴、これ以上恥かかせないで……ぶっ」腹を抱える妹。
はい、いろいろとすいません。
「お兄様は、話にお聞きしていた通り本当に面白い方なのですね」
へっ?
思わずまた変な声が出そうになってしまった。すんでのところでくいとめる。
「しほちゃん……これは面白い、じゃなくて、変ってやつよ?」
「しほりん様なんてお優しいっ。こんなうちのばか兄貴を庇ってくれて……」
ほんと口が悪いねキミたちは。
「で、なんでこんな変な人に相談なんか……?」
「その通り、別に折り入っちゃう必要なんかまったくないですよ?」
ほんとしほりんとは対照実験的にひどいやつらだねキミたちは。
「亜希乃さんのお兄様って頭いいんですよね?」
「ほえっ」
「あにきっ!」
亜希乃に怒られた。
「え、いやそんなことは……」
「だってあの一高に通われてるんでしょう?」
「あにきいっ!!」
「なんだよ、ま、まだ何も言ってねえぞ」
「いや、言いそうだったから」
どんだけ信用無いの俺。
「え、ええ。まあ一応。でもどうしてそれを……」
「いえ、さっき外で待ってるときに、自転車のステッカーが目に入って……そうなのかなって」
ああ、確かに貼ってあるな校章入りの赤いやつ。門の横の壁と塀の隙間に押し込んであるのによく気づいたなあ。さすがしほりん。
「しほりん様ごめんなさい。この兄貴、名ばかり形ばかりの一高生なんです。そりゃあもう入ってからはびりのびりのどんけつ落ちこぼれ街道まっしぐらで」
「おい、そこまではひどくねえぞ」
中の下、いや下の上、いやいや下の中……まあだいたい合ってるか。
「亜希乃さん一体何をおっしゃってるのですか!? 一高は名実ともに県下一の進学校。一般人には入ることさえ敵わない超名門校よ!」
急に声のトーンが上がったしほりん。突然のことに一同が面食らった格好。しばらくこの部屋に無言の時間が流れる。その気まずさを打ち消すように慌てて一高の説明をはじめるしほりん(可愛い)・正直に言うと流れるようなその高校説明会は現役生であるはずの俺の知識を遥かに凌駕していたのだった。
「兄貴の高校ってそんなすごかったんだ……まあ兄貴って昔は普通に秀才君だったもんね」
「昔は余計だ」
今だって秀才キャラで通ってるはz……
「ま、まあしほちゃんが言うなら……よかったですね、お・兄・様w」
「あ、ああ、どうも」
なんか棘があるんだよなあコイツの言い方は。
「で、その元・秀才クンで現・変態サンのお兄様に何を相談するのよ?」
おい、さくらたんよ? さっきまでの話聞いてたか? 今の話のどこに俺が秀才だっていう以外の要素があったよ?
「ええと……そのですね……少しばかり申し上げにくいのですが……」
何? そんなもじもじしながら言われるとなんか期待しちゃうんですけど……でも申し上げにくいってことは、ちょっとお顔が醜いとか、存在が許せないとか、同じ空気を吸いたくないとか、そんなことをその美しいお声で言われちゃったりするんですかね? 一部にはご褒美だろうが……いやもうこの際俺にもご褒美だわ!
「お兄様、お願いですっ。私にお勉強を教えていただけませんかっ!?」
「ほへえっ?」(一同)
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