第6章‐1 連行
「このままだとしほちゃんはアイドルやめることになっちゃいます」
その言葉が昨日から俺の頭の中をぐるぐるぐるぐる回っていた。
結局、桜玖良はあのあとすぐに帰っていった。一人残された俺は一体どうすることもできず、ただ今日が来るのを待つしかなかった。
そして今俺はどこにいるかというと、
「ごめん、待ったー?」
昨日桜玖良に指定された駅の駅前広場にいた。向こうから小走りで駆けてきたのはこの場所を指定しておきながらすでに待ち合わせ時刻をゆうに10分は過ぎている、そう桜玖良であった。
「ああ、結構待った」
「ちょっと! そこは「大丈夫さ、僕も今来たトコ」って言うとこじゃんよ!」
「いや、実際待ったし」
ちなみに実は自分も待ち合わせ時間を数分過ぎてしまったのであんまり大きな顔はできないのだが、それ言っちゃうと向こうが余計につけあがるだろうことは明白だったので、ここは大きな顔をしておくことに決めた。
「ノンノン。ダメですよ、女の子は色々と準備が必要なんです。早速大減点ですね」
「はぁ? 何でだよ! 遅れてきた側に怒られるとか何その謎理論?」
「デートの時に女の子をいたわる社交辞令も言えないようでは先が思いやられます」
「はぁっ!? でデート? な何言ってんだよ?」
デート? デーと? Date? どちらかと言えばdateは日付の意味であり、俗に言うデートはgo on a date とかもっと普通にgo out とか言う感じである。そして俺の辞書にデートなんてものは存在するだろうか、いやしない。少なくとも俺の相手はコイツではない。この強制招集を待ち合わせとは決して認めないぞ俺は! そう初めてのデートの相手はそう例えばえーとそのし、しほりんとかがいいななーんて、ゴニョゴニョ……
「お兄さん、女の子と休日に待ち合わせ♪ なーんて初めてでしょ? だからきっと緊張して心臓バクバクしてんじゃないかなーと」
「おい、俺にだってそれくらい……」
脳内HDDで必死に検索をかける。えーと待ち合わせ待ち合わせ……
「ちなみにお母様と亜季乃はノーカンですよ」
うぐっ……いや、俺の記憶にない深層心理にまでフィルターをかければあるいはきっと……
「……」
「ごめんなさい。お兄さんの傷をえぐっちゃいましたねw てへぺろ」
「いや勝手に傷を捏造してんな!」
「あっれぇー? でもデートと勘違いしてウキウキしてたでしょ? 昨日から今日のことが楽しみ過ぎて寝れてないんじゃないかなーと思ってたんですケド」
自分で勘違いって言ってるよ、オイ。
「いやデートじゃねえから。一方的に呼び出されただけだから」
昨日帰り際に一方的に時間と場所を伝えられただけなのだ。
「でも言いましたよ。来るか来ないかはお兄さんの意志ですからって」
「そんなの……来るだろ。あんな言い方されちゃ……」
それにしほりんのことが気にならないわけがない。そして恐らくそれを十分わかったうえでコイツは俺を試すようなことをしているのだ。
「で、なんだよ。朝っぱらから駅前になんて呼び出して」
「そうです! あんまり時間がないんで、とりあえず急ぎましょう。早く切符買わないと!」
「ちょ、おい! 時間ないの誰のせいだと……」
「え? デートで緊張しておめかしに時間がかかった……お兄さんの、せい?」
「それお前だろぉ!!」
俺は桜玖良に引っ張られるように走って、なぜか二人分の切符を買わされ丁度ホームに入ってきた電車に慌てて飛び乗ったのだった。
「で、どうゆうことなんだよ? 早くちゃんと説明してくれ」
流れていく車窓を見ながら、行先も伝えられずに連行され電車に乗せられている我が身を案じているところだった。俺は昨日からずっと気になっていた本題に切り込んだ。
「お兄さんって体力ないですよね」
「はあ、こちとら文科系よ。脳筋の遺伝子は全部亜季乃が持ってったからな! ガハハ」
「まあ確かに亜季乃はすごいですけど。でも私だってそこまで運動得意じゃないのにその私に置いて行かれてぜーはーぜーはー言ってて、もう情けなさすぎます。そんなんじゃモテませんよ」
「いらんお世話だ」
「いや、券売機のとこからちょっとの距離ですよ? そして息が落ち着くまでもうすでに何分経ってるのか……」
「それはどーでもいいんだよ! で、さっきの質問!」
「あ、お兄さん! 鳥がいますよ」
「おい……」
今日ずっとこんな感じのテンションの桜玖良。まあいつもはっちゃけてるけど、今日はいつもより幾分はしゃいでるっていうか、でもそれは、若干カラ元気って感じなんだよ。俺が窓の外を指さして笑ってる桜玖良の横顔を覗いていたのがばれたのか、ふとこっちを向いて、そして一つ息をついて桜玖良は俺の目を見てくる。
「なんで今回しほちゃんがあれほど勉強頑張ってたか知ってますか?」
「え、そりゃー勉強できるようになりたかったから……じゃないの?」
「やっぱりおめでたい人ですね。しほちゃんの頑張ってる姿見てて何も思わなかったんですか?」
「そりゃあ、すごく頑張ってるなあって感心してた……けど」
俺がそう言うと盛大にため息をつかれてしまった。
「あのねお兄さん。今回しほちゃんにはどうしてもいい点を取らなくてはならない理由があったんです。だからあれほどまでに真剣に勉強してたんです」
「理由?」
「約束があったんです。お父さんとの」
桜玖良は再び窓の方を向いた。景色があっという間に流れていく。
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