第6章‐2 約束
は? 俺は慌てて桜玖良の顔を見た。
「何だよ? お父さんとの約束って」
「今度のテストの結果が悪かったら、アイドルやめるっていう約束です」
は?
「今度の中間テストで50位以内に入れなかったら、アイドル活動はやめさせる。ってしほちゃんのお父さんに言われてたんです」
なんだよそれ……
そんな旧時代的な約束が令和になった今まだ存在するのか? 冗談だろって言いたかったが桜玖良の目を見ると、とても冗談なんかではなさそうという事はわかった。
「ほ、本当なのか? それ」
「ええ、嘘ついてどうするのよ」
「だってしほりん、そんなこと一言も言ってなかっ……」
「お兄さんに余計な心配かけたくなかったんでしょ?」
俺は思い出そうとした、彼女との一週間を。すごく頑張ってた、健気な姿ばかりが目に浮かんでくる。ただ頑張ってるのだと思ってたけど、もしそんな約束があったのなら……しほりんの必死すぎる様子に確かに説明がつく。
「お前は知ってたのか?」
「うん」
「だったらこっそり教えてくれてもよかったんじゃ……」
「絶対に言わないでって釘刺されてたから。これは自分の問題だから、そんな部分ま
でお兄様に頼るわけにはいかないって」
「しほりん……」
あの輝く笑顔と真剣な眼差しが俺の中でぐるぐると回っている。しほりんがそんな想いを抱えていたことに全然気づいてあげられなかった。ライブで見せた涙は……最後のライブってのは……決して比喩なんかじゃなかったんだ。どうして俺はわからなかったんだ?
そのことが悔しくて、そして情けない。と、そこで俺は何かがおかしいことに気付いた。
「あれ? お前さあ、しほりんの今回のテストすごくよかったって言ってなかったか?」
「そうよ、過去最高だった。本人も驚いてた」
え?
「過去最高の成績でも、その……だめだったのか? 50位以内ってのは……?」
「いや、余裕だったの。28位だったから」
へ? 俺はもっかい頭の中で状況を整理して、
「28位ぃ? 余裕で条件クリアしてるじゃん?」
それなんかおかしくね? 28位だったら余裕のよっちゃんでOKじゃないか?
「そうよね。さっすがしほちゃん」
「だったら何が問題なんだよ!?」
「それよそれ。本当に……」
その時、車内チャイムが響いた。
「次は~●●、●●~」
「あら、でももう着いたわね。降りるわよ。あとは社長に直接話を聞いた方がいいかも」
「社長!?」
「うん」
「って誰だよおい?」
「私たちのプロデュースをしてくれてるプロダクションの社長よ。今日お兄さんを連れてくるように言ってきたのもその社長。一発二発殴られる覚悟しとかないとダメかもよ、お兄さん?」
「で、なんで俺が殴られるんだよ!?」
駅からの道を早歩きで桜玖良の後を急いで追う。
「今回こうなったのは多分にお兄さんのせいだからじゃない?」
「ちょっ!? は? なんで俺?」
「胸に手を当てて考えてみたら?」
「いや、いくら考えても思い当たる節がないぞ!」
「しほちゃんたぶらかすわ、ハグしようとするわ、胸をガン見するわ……」
「ちょっと待て! 冤罪だ冤罪!」
「どうだか~?」
こっちを白い目で覗き込んでくる桜玖良。しかし、すぐに彼女の声色が変わった。
「正直に言うとね、お兄さんは全然悪くない。でもこうなってるのは半分くらいはアンタのせい」
「いや、もっとわけがわからなくなったよ?」
わけがわカラバイヨ。しかも半分? 残りの半分は? やさしさでできているのか?
「だからちゃんと誤解を解いて、弁解するチャンスをあげてるんじゃない?」
「その何を弁解すればいいのか全く分かってない状態で大丈夫なのか?」
「まあ聞かれたことに素直な気持ちで答えれば大丈夫よ」
全然大丈夫な気がしないんだが……
少し前を歩いていた桜玖良の足が止まる。
「着いたわ、ここよ」
そこは、ガラス張りの巨大な高層ビル……ではなく、どこにでも普通にありそうなちょっと古い感じの小さいビルだった。
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