第6章-0 暗転

 夢を見た。


 満員の大きなドーム会場のステージの真ん中に、しほりんが、そして桜玖良が立っている。あまりに遠すぎて豆粒にしか見えなくて、ステージ奥の大画面に大写しになった映像じゃないと表情なんかは全然わからない。けれど、そんなの関係ないってくらいに彼女たちをすぐ目の前に感じる。だって、あのまぶしい笑顔が、凛々しい横顔が、目を瞑っていてもありありと思い出せる。それぐらいに彼女たちのことをすぐそばで見続けてきたのだから。

 すぐ目の前でしほりんが俺一人のためだけに踊って歌っている、かつてのあのライブの時のような臨場感。それとともに、何万人の観衆と一体となってステージの中心にいるただ一人のことだけを見つめて想いをこめて声を揃えて……引きちぎれんばかりに膨れ上がった高揚感の渦の中に俺はいた。

 ステージ上のしほりんは本当に生き生きとしていて、輝いていた。まるでアイドルになるためにこの世に生まれてきたかのような、決して偶像(idol)なんかじゃない、そう。確かな存在として舞台の上で光を放っていた。

 それはもう夢なんかじゃなくて、俺の中では既に決定事項というか、当たり前の光景というか予定調和の未来というか、まるで太洋と今日のランチで食べる焼きそばパンんみたいな、まるで2027年には走ってるだろうリニア新幹線みたいな、確実なものとして存在している映像として俺の中に存在していた。





 だからだろう。目の前の現実には違和感しかなかった。


「なあ、今なんて言ったんだ?」


 ちょっと桜玖良の言葉が聞き取れなかった俺はそう聞き返した。だって、それは明らかにおかしい言葉だったから。


「……しほちゃんが、アイドルやめるっていう話です」


 は?


 はっきり聞こえたその言葉はやはり違和感でしかない、まったく頭の理解が追い付かなくて、


「えっと……ちょっと言ってる意味がよくわかんないんだけど」


「いえ、そのまんまの意味ですけど」


「は? いや、ちょっと、ん? えっと……なに、それは今度のライブお休みするとか、そう言った類の冗談みたいな、感じの……ヤツだよな?」


 まったく……桜玖良はいつもそういう悪い冗談みたいなのを平気でブッコんできてやりたい放題なんだから、まったく困ったもんだよな。


「あっれー? やっぱバレちゃいます? そうそう、そうなんですよー…… って言うとでも思ってます?」


 確かに、こいつはいつもふざけたことばかり言ってこっちを散々振り回して……でも、いつもとは彼女の雰囲気も違っていた。いや絶対演技だろ。言っていい冗談と悪い冗談ってのがあるんだぞ。こいつホント人が悪いよな……一体どんな環境で育ったらこんなクソなマセガキになるのやら。


「いいってそういうの。ちょっと真面目な感じになられると、演技だってわかっててもちょっと焦るからさ、そういうのやめろよな……」


「演技じゃないです。真面目に言ってます」


 桜玖良の目がこっちをまっすぐに見る。いや、やめろってそういうの。マジで心臓に悪いからさ。あとで「ハイ冗談でしたー」って陰からしほりんがでてくるんだろ? わかってるって、そういうの。もう前もあったろ。騙されないぞ俺は。ちょっと一回ガチトーンでキレてやろうか……でも許すよ俺は! 優しいから! むしろそれでいいよ! クソな態度は百歩譲って大目に見てやるからさ、頼むから冗談だって言ってくれよ


「本当……なのか?」


 桜玖良の目に一瞬、怯えのような、哀れみの色が浮かんだように思えた。そして無言のまま頷いた。


「なん……で?」


 これが悪い冗談だとしても、まったくその理由に思い当たらない。いやいや、だって、そんな発想になる要素どこにもなかったじゃん!


「聞くんですね」


「え?」


「この話を聞いたら、もう後戻りはできないですよ」


 は? それってどういうことだよ……?


「しほちゃんにとって、お兄さんには知られたくないことだろうから……聞いたら絶対にしほちゃんに嫌われます」


 え? は? 本当にわけがわからないよなんだけど


「全然いい話じゃないです、それでお兄さんも当事者になっちゃいます。無関係じゃいられなくなりますけど」


 当事者、無関係……? 一体コイツは何を言ってるんだ


 桜玖良がゆっくりと息を吸い込む音がした。



「それでも聞く覚悟はありますか?」

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