受験生応援SS 共通テスト前夜if亜季乃編
どうしても叶えたい夢がある。その夢は遠すぎて、手を伸ばしても届くはずもなくて、微かな光さえも消えてしまいそうな、そんな夢である。夜空に小さく瞬く星のように、ともすれば見失ってしまいそうな光。そして、もしもその光の先に辿り着けるとして、一体どれほどの距離を、時間を越えていかなければならないのだろう。たどり着ける保障なんてない、いや数多の人が夢見てそして散っていく。まるで、夜空の星に本当にたどり着こうと思えば、幾光年も光の速さですらかかってしまうその距離、あまりに現実的ではない。そんな星の光を掴むような話かもしれない。これならまだ雲をも掴むような話の方が遥かに現実味があるのではないか?
だからと言って、僕たち人間は光を追うことをやめられはしない。まるで外に出ようと窓に向かってぶつかり続ける羽虫のように。僕たち人間はそれを見ながら愚かだと笑う。それは絶対にガラスを越えることなどできないことを知っているから。彼らは光のさす方へとただ愚直に進み続けているだけだ。しかしその先に希望がないことは知っている。そんな羽虫を笑う人間も、実は神の視点から見ると似たような愚かな生き様を晒しているのかもしれない。絶対に越えられないガラスがそこにあっても、それでも光を夢見ることをやめられない。
だめだ。もう無理だ。
時計はもう12時近くになっていた。明日は共通テスト当日。試験のセオリー的には前日は早寝早起きがデフォルトである。当日の試験開始の3時間前までには目覚めておいて、脳が完全に覚醒するのを待たなくてはならない。ただ、今の自分の実力では、このままでは厳しいのは目に見えていた。だから直前ぎりぎりまで少しでも少しでも知識を詰め込まなくてはならない。しかし流石にこれ以上は脳が情報を受け付けなかった。
「あー、馬鹿兄貴まだ起きてたんだ」
水でも飲むかと台所に降りると、まだ亜季乃が起きていた。
「まあな」
「試験明日なんじゃないの? まだ起きてて大丈夫?」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないから」
俺は冷蔵庫のドアを開ける。
すぐ横では沸騰したやかんの’しゅんしゅん’音が聞こえていた。マグカップを持った亜季乃がコンロの火を止めた。
「ココア作ったんだけど、兄貴もいる?」
一瞬思考が止まった。え? あの暴君亜季乃嬢がそんな気遣いを? こりゃ明日は大雪だな。それでなくてもセンター試験の頃は大雪に見舞われやすいのだから。
「いや別に、いらな……」
「は? 可愛い可愛い妹が入れてあげるって言ってんだから、素直に受け取りなさいよ!」
「え、えーっと……はい……」
じゃあ最初から「兄貴いる?」なんて聞くなよって思ったが、まあここは素直に言うことを聞いておいた方が身のためだろう。亜季乃がやかんを傾けると、マグカップからココアの甘い香りが漂ってきた。
「ほい」
「……センキュ」
亜季乃からお揃いの片方のマグカップを手渡される。それを受け取り部屋に戻ろうとしたのだが、無理やり亜季乃にソファーに腰掛けさせられてし上手う羽目になった。
「調子はどう?」
「よくはないな」
「ふうん」
「それだけかよ」
「秀才の兄貴クンでもきついんだね、共通テストって」
「いや、それは……人それぞれだろうから」
「ま、高校入って全然勉強してなかったもんね、しゃあないしゃあない」
「もっと勉強してないお前には言われたくないがな」
「なによー、私だってめっちゃ勉強してたじゃん去年の今頃!」
そうだった。これでも亜季乃は受験勉強頑張って、希望の高校に無事入学することができたのだった。合格発表の時の亜季乃の嬉しそうな顔が思い出される。ま、出来の悪い妹様に勉強教える側の方が頑張った感はあるのだが。
「そして、また勉強しなくなった……」
「うっさい! 今は兄貴に勉強パワーを譲ってあげてんじゃん」
「なんだよその謎理論」
「じゃ、そろそろ行くわ。さすがに勉強しないと」
「ねえ、無理しすぎじゃない?」
「亜季乃の言う通り、ずっとサボってたんだ。これぐらいがんばったって他の受験生に比べたらまだまだ向こうにおつりがくるよ」
「そう、なんだ……」
亜希乃が少し下を向いて、表情はよく見えないけど、なんか調子狂う。普段そんな優しい態度じゃないから。間違っても無理しすぎなんて言葉、亜季乃の口からは出てこない。
「亜季乃も早く寝ろよ、ココアあんがと」
「これっ!」
手を掴まれた。そして亜季乃は俺の手に何かを握らせて
「深い意味はないからっ、スーパーに売ってて目についたから買ってきただけだからっ! じゃあねおやすみっ」
そのままバタバタと出て行ってしまった。
俺は呆然と立ち尽くし……手の中には某お菓子メーカーがこの時期に売り出す名前がYou may winって感じの語呂のゲン担ぎ用受験パッケージのチョコレートであった。
「亜季乃の野郎……」
そしてパッケージに書かれてあるメッセージ。それを見たらなんかさっきまでもやもや考えてたのが急に馬鹿らしくなった。そうだ。今はもう前に進むしかない。受験は一人きりの戦いのようで、いや実際一人なんだけど、きっと誰にも陰で見守ってくれてる人がいるんだ。
パッケージの応援メッセージには絶対に亜希乃が言わなさそうなセリフが手書き風文字で書かれてあった。
”ガンバってるとこ、私、ちゃんと見てるから”
「もういっちょ頑張りますか」
頑張る人みんなに幸あれ、俺はそう思いながらリビングの扉を閉めた。
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