第7章‐8 ヒナちゃんは無口
前と同じく電車に乗って駅からの道を桜玖良と少し歩くと、例の建物に辿り着いた。
「はぁ~結局ここかよ」
「何言ってんのよ。お兄さんが出した案じゃないですか」
「確かにそうだけど……」
例の古びた雑居ビルの急な階段を再び上がることになろうとは……。それに女社長にも何と言ってよいかわからない。せっかく期待して送り出してもらったのに結局しほりん父の説得には失敗したのだから。正直気まずいというか、あんまり会いたくないなあ……でも会わないことには始まらない。
桜玖良が先にドアを開けた、俺もすぐ後に続いて中へ。おそるおそる小声でこんにちは……と言っておく。多分相手には聞こえてはいない。
「すみません! 急いで今から向かいますので」
女社長の声だった。慌てた声とともに受話器をガチャと置く音。そして、俺たちに気づいた。
「あっ、桜玖良……南方君! いらっしゃい」
「こ、こんにちは……」
「小島さん、どうかしたんですか?」
「そうなのよ……スタジオの方でトラブルがあってすぐに行かなくちゃいけなくて……せっかく南方君が来てくれたのに、どうしましょう」
「私たちのことはお気になさらず。お兄さんはいつでも召喚できますので」
「召喚って俺はナニモンだよ」
「あらあら今日も仲よくて結構。それじゃばたばたしててごめんなさいね南方君。この埋め合わせは必ず……」
「いえそんな……」
喋りながら慌てて鞄をとって服を羽織って急いで出ていく女社長。
「あ、ヒナちゃん? 悪いんだけどお客さんにお茶お願い!」
「ヒナちゃん?」
「南方君、ごめんなさい、ありがとう」
え?
女社長は一言だけ告げて俺の横を通って外へと出て行った。
女社長がいなくなった事務所、微妙な空気が流れる。
「タイミング悪かったな……」
「ええと、俺たちどうすんのこれから……?」
「ですよね……」
俺たちは顔を見合わせて、
「まあとりあえず座っといてください」
桜玖良に促され例の、人をダメにする?ソファに座る。あ、腰が沈む……遠のいていく意識w
「いいよヒナ。コイツはお茶出すような対象じゃないから」
は?
何を無礼な! と思って顔を上げると、そこには見たことのない女の子が立っていた。桜玖良よりは背の小さいショートヘアの眼鏡女子。
「(ごにょごにょ)」
「大丈夫だって。気にしないでいいよ。今だって作業してるとこだったんでしょ?」
「(ごにょごにょ)」
「だから、さっきのは小島さんの冗談ってやつ。こんなのにお茶出すわけないでしょっていう高度なギャグなんだって」
「(ごにょごにょ)」
「まあそこまで言うなら……ウチがやっとくからいいって。ヒナは作業に戻ってていいよ」
「(ごにょごにょ)」
「うんうん大丈夫。全然オッケー」
いや、全然何言ってるのか聞こえないんだが!
俺の目の前で桜玖良とそのヒナちゃんなる子が至近距離で喋ってるのだがはっきり言って桜玖良の声しか聴きとれない。だからこそ余計に桜玖良の無礼なセリフが鼻につく。
ふとそのヒナちゃんとやらがこっちを見た。いや、俺がじっと見てたのに気づいたという感じだ。その瞬間にびくっとして桜玖良の後ろに慌てて隠れてしまった。うんこれは現在放送中の頭おかしい100股アニメの3人目の文学少女並みにひどい(誉め言葉 機械使ってないだけましか)
「ちょっとお兄さん? ヒナ怖がらせないでください」
「え、ええ? お俺が悪いん?」
「今ヒナのコトじっと見てたじゃないですか。しらばっくれる気ですか?」
「い、いや確かに見てたけど……」
それを聞いたヒナちゃんはますます桜玖良の後ろに隠れてこちらからほぼ見えなくなってしまった。
「もっと怖がらせてどうするんですか! ああやだやだ。これだからデリカシーのない人間は困りまちゅねー。よちよち……もう怖くないでちゅよー」
言いながらそのヒナちゃんを抱きしめてよしよしと赤ん坊にするかのようにあやす桜玖良。ちょっとその赤ちゃん言葉きもいんですけど……
「え、ええと……」
「この子は若干人見知りなんで、変に刺激しないでください。特にお兄さんみたいないやらしい男性の視線は恐怖でしかないんですから」
ヒエッ……という擬音が空気を震わせてこちらに伝わってきた(気がする)
「ええ? その誤解を招く表現やめてくれない……?」
ヒナちゃんさっきよりもさらに見えなくなっちゃったんですけど。あと、この人見知りは絶対に「若干」のレベルではないだろ。
「まあ今のは半分冗談なんで気にしないでいいでちゅよ。お兄さんはヘタレだから実際のところ何もしてきませんし。てゆーかできませんからねー」
「おい、半分の方も冗談だろ。そうゆうこと言うからさらに怖がらせる羽目になるんだろ……」
「(ごにょごにょ)」
「うん、まあ普通に大丈夫な人だから、ごめんね」
「(ごにょごにょ)」
桜玖良の陰から一瞬だけこちらを覗いてきたヒナちゃんと一瞬だけ目が合ったが、すぐに目をそらされてしまった。そしてタタタっと向こうの方へ小走りで駆けて行ったのだった。
「残念でしたねお兄さん?」
「なんでそんな満面の笑みなんだよ」
そろそろキレてもいいですかね?
「まああの子誰に対してもあんなだから、あんまり気にしないでいいと思いますよ? お兄さん」
「さっきまで散々煽ってきた奴の台詞じゃないんだよなあ……」
「まあ打ち解けるにはこーゆーのがいいんです……かね?」
「なぜに疑問形?」
そうこうしてるうちに桜玖良がキッチン?からお茶を運んできた。ちゃんと俺の分があって普通にびっくりした。
「お客様、大したものではありませんが、どうぞ」
「……変なもの入ってたりしないよな?」
「あーそーゆーとこよくないよーお兄さん。人の好意は素直に受け取らないと」
「大丈夫だ。お前以外の好意はちゃんと受け取る」
「ひっどーい。そんなんだからモテないんですよ?」
「ほっとけ」
いや違うな。亜季乃も、あとみきしゃまとかもちょっと信用できないかなあ……
「ヒナもいる?」
「(ごにょごにょ)」
「じゃあ置いとくから適当にね」
「(ごにょごにょ)」
ちょっと離れた机で何やらパソコンをカタカタしてるヒナちゃんのとこにお茶を置いてきた桜玖良は、そのままテーブルをはさんだ向かい側の椅子にどっかと腰掛けた。俺はとりあえず出されたお茶をすする。普通に美味かった。
「でさあ……その……誰なんだ?」
俺は向こうの席に聞こえないように小声で尋ねた。
「ああ、ヒナちゃんは……私たちのPです」
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